2-9-3.予期せぬ恐怖【陣野卓磨】
「あ、えと、卓磨何? そっちからどーぞ」
声をかけるのが被ってしまい、俺から話し出していいものかと口をモゴモゴさせていると霙月が先に話をする権利を譲ってくれた。
「あ、うん。 そういえば、あの二人が言ってた例の呪いの家ってこの近くだったなと思って……」
兵藤と七瀬が言っていた呪いの家。
先日起きた通り魔殺人の現場なのだが、今歩いている道をあと少し行った所を曲がった場所の細い路地にある。近所なので俺もその場所だけは知っている。
「そうそう、私もそれ思って。通学の時にいつもこの道通るから、ちょっと覗いたらその家が見えるんだけど、なんていうか……ホント不気味な家だよ」
「まぁ、荒れてるしな」
「うん、今は誰も住んでないから閑散としてるっての言うのもあるかもしれないんだけど、家の周りは雑草とかすごいし、壁にも蔦が這い回ってるし。まるで事件があって放置された廃墟って感じがするの。あながちあの家の噂話も本当だったりして……」
何か、高校生になってからあまり絡まなくなったとはいえ、長年遊んできた幼馴染なのにこんな話題しかないと言うのも悲しいものだ。昔は一緒にいた友惟の存在が大きかったのだろうか。
「まぁ、それに加えて一昨日の殺人事件だもんな。ますます噂におひれはひれつきそうだよな」
「だよねぇ。住む人もいないのなら早く取り壊せばいいのに……って思うでしょ?」
「そう言われればそうだよな」
「でも、取り壊しは何回かしようとしてたみたいなんだけど、いつも始まる前に中止になってるんだよね。なんでも取り壊しを引き受けた業者に怪我人や失踪者が続出したりするって」
「そうなの? そういうの聞くと、何かホントに呪いとかがあるのかも知れんな」
そんな話をしていると、例の家の横路地が近づいてきた。
「……もしかして呪いで、取り壊そうとした業者に祟りとか起きてんじゃね? 今日行こうとしてた俺達にも何かしら災いが降りかかってきたりして」
冗談交じりにそう言うと、霙月は本気で怖そうにしている。
「やめてよー……叶ちゃんと七瀬さんは押しが強いからなかなか言えなかったけど、卓磨は私がそう言うの苦手って知ってるでしょ? こんな暗い時にそういう事言うなんて意地悪だなぁ……」
「悪い悪い、忘れてたわ。まだ夜中に一人でトイレに行けない系なんか?」
「もー! そういう事を聞くのは失礼だよ!」
最後に余計な事を言って怒らせてしまった。ちょっと前までは俺の前では怒った所を見た事がないと思っていたのだが……これも時の流れか。しかし失礼だと言われるという事は一人でトイレに行けないのだろうか、等と勘ぐってしまう。
霙月が一人でトイレに行けようが行けまいが、正直どうでもいいのだが。
そんな事を考えつつふと横を見ると、既に呪いの家がある路地の横に辿り着いていた。
うっすらと夜道に見えるその空間は、人が来るのを拒んでいる様にも見えた。しかし同時に、興味をそそられるような不思議な雰囲気を醸し出しており、じっと見ているとまるで向こうもこちらを見つめているのかと思わせる感覚を覚え、自分自身が奪われ吸い込まれていくのではないかと言う奇妙な感覚に捕われた。
そして、その存在に引き寄せられるように思わず立ち止まってしまう。
「どうしたの? 怖い事言ってからこんな場所で意味深な顔して立ち止まるなんて、意地悪しないでよ……早く行こうよ……」
俺が立ち止まったのに気付いて霙月も立ち止まるが、怖そうに先に行く事を促してくる。霙月は俺が感じたような感覚は感じていない様で一刻も早くこの場を離れたそうだ。
だが、そんな霙月を余所に視線を家から下へ落とすと、路地の向こうに何かが見える。街頭に照らされて地面に何かが倒れているのが見えるのだ。
「なぁ、霙月。あそこに何か倒れてないか?」
目を細め、路地の先を凝視して見ると、確か道の上に何かがある。
「え? 何? やめてよ……」
そう言いつつ俺に視線を向けるも、道の先を見る俺につられて怖いもの見たさか霙月もそちらに目を移す。
「何か倒れてるね……動物? ひょっとして人? 酔っ払いかな?」
そうだ。多分人だ。人が倒れている。しかも一人じゃないな……二人?
寝てるのだろうか。ここからではよく分からないが、動いている気配は一切ない。
「人だったら助けた方が……いいよな?」
「え、うん……でもなんか怖いね……近寄ってみる?」
先程まで怖い怖いと怖がっていた霙月が俺よりも足を踏み出した。慌てて俺もそれに付いて行く。
倒れている人らしきものが、近くの外灯の光もあり徐々にはっきりと視認出来るようになってくる。
どうやらそれはやはり人の様で、俺達が近づく間にもピクリとも動かない。まるで服を着せたマネキンが放置されているのかと思う程だ。
だが、近づくにつれその姿、何故に動かないかを強制的に理解させられる。
まさか、だ。いや、そんな〝まさか〟は止めてくれよ。頼むから酔っ払いが寝てるだけとか、その程度のものにしてくれ。
しかし、俺の願いも虚しく、辿り着いた先にあった男女と思われる二人の体は、もはや血が通い命ある人間の姿ではなかった。
仰向けに倒れる二人の体の下には血が溜り、舗装されたアスファルトと色が混じった血の池は、街頭の光を反射し赤黒く輝いている。二人とも首筋には深々と切られた二つの傷があるように見えるにチラリと目に入った。下に溜まっている血の池は傷から流れ出た血であろうか。
血は着ている衣服に不自然な形に付着し、まさに昼に聞いた〝赤いチャンチャンコ〟を着用した様に赤く染め上げられていた。
屍霊……。
頭によぎるその言葉。
考えたくは無かった。目玉狩りの恐怖が突然蘇り、全身から血の気が引いていくのが分かった。




