2-9-1.送ってやれ【陣野卓磨】
学校からの帰り道、外はもう真っ暗である。
立ち並ぶ建物から洩れる光と電柱に取り付けられた街灯だけが外を照らしている。
そして今日は驚く程に人とすれ違う事が無い。静まり返った街並みは、まるで俺達に「早く帰れ」と促しているようであった。
「卓磨、烏丸さんを送ってやらなくていいのか」
影姫が神妙な面持ちで俺にそう言う。今俺達が立っているのは自宅の前。霙月の家はというと、ここからもう少し歩いていった場所にある。そう言われて霙月が歩いていった方向を見ると、暗がりにまだ一人歩く後姿が見えている。
「大丈夫だろ。そんな距離ないし」
「阿呆。夜道はいついかなる時も危険が付きまとう。たとえ短い距離であっても家まで送ってやるのが男と言うものだろうが。それに……」
影姫の視線は鋭い。最後の方で何か言おうとした様だが、口を噤み最後まで言葉を発する事は無かった。
しかし、女性を家まで送るとかそう言うのはあまり気にした事がなかった。霙月のような気の知れた人物ならなおさらだ。それに、俺の場合は早く帰って遊びたいとか、寝たいとかいう気持ちが強いというのもある。他人の為に割く時間が無駄であると感じてしまう部分が多少なりともあるのだ。
「じゃあ、影姫も一緒に……」
影姫が俺の言葉を聞いて呆れた顔をする。
「お前はつくづく阿呆だな……自分の事ばかり考えていないで、もう少し相手の表情や仕草を観察した方がいいぞ」
そう言って溜息をつく影姫の顔は呆れていた。俺は影姫が何を言いたいのかはよく分からなかったので、その言葉になんと返していいのかもよく分からなかった。
「観察って、あのなぁ。男子が女子をジロジロ見てると変に思われるだろ」
「この木偶の坊が……とにかくだ。卓磨、まだ背中も見えている事だし、今から追いかけてでも送ってやれ」
正直言って面倒臭い。もう自宅は目の前だと言うのに遠ざからねばならないなんて。
「ええ……? うーん……」
「歯切れの悪い奴だな。さっさと行け、ほら。私は仮に暴漢に襲われても、人間なら軽く返り討ちに出来るから心配するな。ほらっ、ほらっ」
「自宅を目の前にして襲われる事なんてあるかよ……大体それだったら影姫が送ってやればいいだろ。明らかにお前の方が強いんだから」
影姫に霙月がいる方角へと背中を押される。だるいという気持ちが頭の大部分を支配しているのだが、押しの強い影姫の言葉と行動に逆らう事が出来ずに、仕方なく言う通りにすることにした。
「ああ? この期に及んでまだ行きたくないと言うのか。さっさと行かんと卓磨が押入れに隠し持っていた書物の数々の事をクラスの女子に……」
「だああああ! わ、分かったよ。行きゃいいんだろ、行きゃぁ!」
流石にあの同人誌やエロ本漫画の数々をばらされるとまずい。まずすぎる。どれくらいまずいかと言うと……隠し持っているエロ本をクラスの女子に全てばらされるくらいまずい。
何処ぞの政治屋の如く例えがそのままだが、語彙力がなくなり例えが思いつかない程にまずいのだ。とにかくまずい。
そうしてしぶしぶ承諾すると、既に遠く離れてしまった霙月の後を追いかける事になってしまった。
せめて荷物だけ家に置いていけばよかった。




