2-8-1.笑いとは【柴島絵里】
「柴島先生、お疲れ様です」
「はーい、お疲れ様ですー」
部活の時間も終わり、他の教師や部活の専任監督なども片づけを済ませて帰っていく。私は職員室に残り、数日前に二年の担当クラスで実施した日本史の抜き打ちテストの採点をしていた。
返事をして時計を見てみると、時刻はもう十九時前だ。私もそろそろ帰らないといけない。というか帰りたい。帰ってゴロンしたい。
「……柴ちゃん……」
テストの採点もあと少しで終了という所で、ボーっと時計を見ていると背後から突如声を掛けられた。
「ひぇあ!?」
その暗く低く、まるで幽霊の様な耳に響く女の声に吃驚して思わず変な声が口から洩れてしまう。
慌てて振り返り声の主を見ると、オカ研の部長がいつの間にか背後に立っていた。いつも私の気付かぬ間に後ろに立っている。
「あ、あら部長ちゃんじゃないの、どうしたのこんな時間に。珍しい」
私の問い掛けになにやら口をボソボソと動かしているがよく聞き取れない。
「もーちょっと大きな声で喋ってくれるかな? で、何?」
苦笑交じりに聞き返すと、部長はこちらに向ける視線を強め再び喋り始めた。
「……部室に残っている部員が、まだ若干名いまして……」
「あら、そうなの?」
部長がコクリと頷く。彼女は武道体育以外の成績はいいらしいのだが、どうも協調性が無く大人しすぎてとっつき辛い。
私も耳は悪い方ではないのだが、声の小ささも相まってか、話をしていても聞き取り辛く、会話が続く事がなかなかない。というか、そんな毎日部室に顔を出してやる事などあるのだろうか。他の部員は週に半分行ってればいい方だと聞いているが……私も昔はオカ研だったが、正直部室で遊んだり喋ったりしている事が殆どだった。
「部室に……数名寝ている部員がいますので、後で戸締りの確認をお願いできないかと……」
「あら、そうなの!? てか、部長が起こしてやればよかったんじゃないの?」
「私が声をかけても起きませんでしたので……声もかけたし毛布もかけたっつってね……」
「……」
「駆け足で職員室まで来ただけに……」
「何? 廊下走ったの?」
「いえ……」
なんだろう。変な空気が私達の周りを包み込む。笑ってあげた方が良かったのだろうか。顔は笑顔だったはずだ。だが、今の私には〝笑い〟という言葉の概念が理解できなかった。
「まぁまぁまぁ、あー、そうね。分かる、なんとなく分かるわその光景。わーかったわかった。後で見とくわ。私に任せて安心して帰りなっ」
私がそう言うと部長は再びコクリと頷き、「ありがとうございます。失礼します」と言い残し、足音もなくスススッっと職員室を出て行った。それを見送り、再び時計を見る。
もう少しで終わる事だし、抜き打ちテストの採点が終わってからでいいか。私も帰宅の準備だけしておこう。




