2-6-4.お互いの秘密【陣野卓磨】
そんな気まずい空気の流れる沈黙の中、部長は気を利かせたのか口を開き始めた。
「改めてだけど、先日は……興味深い体験をさせてもらって、何と言うか……うん、あの時にいた人間だけで話す機会もなかったから……」
興味深い体験といえば目玉狩りの事だろうか。部長は怪我こそしなかったものの、あんな目にあってどう考えているのだろうか。俺は恐怖しか感じなかったし、もう二度とあんな体験はしたくないと思った程だ。
しかし改めて思い返せば、部長はどこかああいう体験が初めてではないのではないかという印象を受けた。
「部長、あの時よく一人だけ無事でしたね。刑事さんも倒れてたし、影姫だって……なぁ?」
影姫は俺の問いかけにお茶を啜るのを止め、無表情に視線だけをこちらに向けた。
栗饅頭の食べかすが口の周りについているが気付いていないようだ。机の上にあったティッシュ箱をそっと前に差し出すと、それを察した様でティッシュを一枚引き抜き口周りを拭う。
「そうだな。卓磨が非力なせいで酷い目に遭った」
耳が痛い言葉だ。不機嫌であると言う雰囲気ではないが、あの惨状を見た俺を責めるには十分な発言である。
非力、弱い、力がない。事あるごとにコレを言われる。返す言葉も無いが、俺だって望んでこういう状況に巻き込まれたわけじゃない。
「前にも言ったけど、私には神様が付いてるの。小さい頃からずっとそれに守られてる。去年それが……いえ、だから私は傷つかない……あ、心は傷つくから丁寧に扱ってね……?」
部長の渾身の冗談なのだろうか。人差し指を立て、無表情にぎこちなくウインクをかました。ウインクと言うか、ただ片目を閉じただけのような感じもするが……もしかして目にゴミでも入ったのかもしれない。もしウインクだったとするならば、慣れない事はするもんじゃないですよと言ってあげたいほどのウインクだった。
「神様? 神様ですか……。はぁ。……そうなの?」
影姫にそれとなく尋ねてみる。影姫ならホントにそんなものが憑いているのか感じ取れるかもしれないと思ったからだ。
俺に振られて影姫も部長の方をチラッと見るも、俺の方に向き直り首を少し傾げる。どうやらそれらしい気配はしない様だ。
「知らん。だが、まぁ……」
こっちに振るなと言いたげな冷めた顔をして俺を見ると、返って来たのはそっけない返事。そして目を細めて部長を見つめる事数秒、興味なさげに再び視線を逸らした。。
「守護霊的な何かは憑いてるのかもしれんな。ごくごく一般的な。私は霊能力者ではないのでそこらへんはよく分からないが」
「へぇ、どんな守護霊……?」
影姫の言葉に興味を持ったのか、部長も話しに乗っかってきた。
「だから私は霊能力者じゃないからよく分からないと……」
そんな影姫の言葉も余所に、部長は興味津々と言った顔で影姫の方を見ている。
珍しく困り顔の影姫。そんな光景に、俺は何処かほっこりとした。
「うーん、まぁ……犬? か何かか?」
「おいおい、犬とか守護霊っつーより背後霊か憑依霊の類だろ。いくらなんでも犬って、ねー、部長。あはは」
ここで話を終えてはまた沈黙が訪れてしまうと思い、無理くり突っ込んで作り笑いをするものの、その場の空気はさして変わらなかった。
「犬、ね。フフ……わんわん」
「霊能力者じゃないから知らんと言っただろ。私は実体化した屍霊は見えるがそう言うのは見えんのだ。適当に勘で言っただけだ。気にするな」
そう言うと影姫は、こそっと俺の栗饅頭にまで手を伸ばしてきた。それをパシッと叩いて撃退するとすごい剣幕で睨まれた。俺は何も悪い事してないだろ……。
「……それはそうと、先日のあれは何なの? ……幽霊だとしたら私も初めて見たのだけど……幽霊と言うか悪霊かしら……にしても物理的な攻撃が効いていたし不思議な存在ね」
「アレは……なんて言ったらいいのかな……」
部長の質問に言葉が詰まる。俺が答えていいものなのだろうか。
影姫の方を見るも、影姫もだんまりである。
「しいて言うならば、幽霊と人の狭間に存在する化物と言った所かしら。オカルト研究部の部長として……というかオカ研部長でなくても、ああいう存在が実在したという事実そのものが気になるわね」
いつになく饒舌になる部長。それは非常に答えづらい質問だ。
影姫の存在に中てられて具現化した怨霊の姿などと言って信じるものだろうか。いや、それ以前にそう言う事を他人に言って大丈夫なんだろうか。普通はこういう話がある場合周りの人間に被害が及ばないよう隠しておくものだ。
だが、目玉狩りだけではなく影姫の刀も見られている。下手な言い訳をしようものなら余計に勘ぐられてしまう事も必至だ。
桐生には俺からある程度話して口止めはしたのだが、天正寺とはあれ以来話す機会もなくそのままである。学校には来ているが、俺とは別のクラスであるし、最近は教室に引き篭っている様で姿を見かける事も少ない。さっき鉢合わせたのも久しぶりの事であった。
部長には話すべきなのだろうか。多分あの中で一番意識がはっきりしていて、色々見た人物だと思うし、記憶にその姿が刻み込まれているのだろう。口数の少ない部長が言いふらすと言うのはあまり考えづらい事ではあるが、万が一下手な言い訳をして誰かに口外でもされたらそれこそ色々と面倒臭い。
「あれは……我々にもわからん。ただ、人を殺す邪な存在である事は確かだな。見つけ次第滅するのが吉だと思い、討伐に心を向けた次第という事で、なんというか、その……」
俺がそんな事を考えている間に影姫が答えた。だが、非常に答えづらそうではある。普通の人だったら無理のある回答だが、部長相手なら卒のない回答……なのだろうか。
「じゃあ、貴方の腕から生えてたあの刃物は……? それに加えてあんな化物と戦えるなんて、貴方普通の人間じゃないわよね」
まずい。やはりそこにもきたか。あんな事が出来るとは、俺としてもあんまり広まってくほしくない。影姫はあまり気にしないとは思うのだが、一緒に暮らしている身として、あれこれ聞かれるのも面倒くさい。
見た感じはそこまで興味を示しているようには見えないが、聞いてくるという事は気になっているのだろう。
「あれは……気のせい……そう、気。気だ。気孔の達人になればその流れる気すら具現化して見えると」
おい、そんな付け焼刃な答えで納得すると思ってんのか。まぁ、説明のしようが無いよなぁ。
「へぇ。だったら、あなたは気孔の達人なのね……?」
「そう思ってくれて構わない。似た様な事はできる。はずなんだがな」
そう言って再び俺を軽く横目で睨む影姫。前に言っていた術の事か。
事あるごとに俺を責めるのはやめて欲しい。何度も言うが俺だって好きでこういう状況に巻き込まれたわけじゃないのだ。
「まぁ、いいわ……他言はしてないから、気が向いたら教えて頂戴……そうしたら、私の神様の秘密も教えてあげる。片方だけが秘密を喋るだなんて不公平だものね。フフ」
いいのか。いや、この目この顔は信じていない。嘘だとばれてはいる様だが、とりあえずはこれ以上聞くことは諦めてくれたようで助かった。
「それと、陣野君も、ね……」
そして俺もなにやら妙な視線を向けられた。




