2-6-1.桐生の申し出【陣野卓磨】
暇をもてあまして廊下に立ち尽くす放課後。
暇なら部活に顔を出せと言われそうだが、今日は火曜日。なぜかは知らないが火曜日は他の部員も顔を出さない奴が殆どだ。
他の奴らの部活が終わるのが大体十九時としてあと約三時間半もあるのか……。教室で一人で突っ伏しているのも人に見つかったら寂しいし、やはりオカ研に顔を出して部室で長椅子も借りて寝てるか……。
あわよくば部長と二人きりで何か心ときめく会話が……ないか。あの部長だと。
「で、どうするんだ」
途方にくれる俺の横には影姫がいる。
大方の事情は話をしたのだが、影姫の見解によると「その目撃情報から察するにやはり屍霊の可能性もある。他の者は行かない方が懸命だが、行くのなら自分も付いて行く」との事だった。
ただ、集合時間までの間どうやって時間を潰すか。それが問題だった。
「とりあえず、俺はオカ研の部室で集合時間まで寝てるよ。学校にいても他にする事もないし」
「三時間半もあれば一度帰ってからまた来ても大丈夫なんじゃないか?」
「だったら影姫だけそうしてくれ。一度帰っちまったら、行きたくない気持ちが何倍にも膨れ上がるだろ。行かなかったら行かなかったで後々五月蝿いし、行くとして、どうせ寝ころぶんだったら近場で寝るよ」
「卓磨は学校で寝てばかりだな。授業はちゃんと起きてる様だが、寝ぼけ眼で授業を受けていても頭に入らんぞ」
「そんな事ないだろ。休憩時間は二階堂や三島と喋ったりしてるし……補習がない程度には点数も取ってるぞ。こう見えても中間期末のテストでは赤点を取った事ないんだ
「その口ぶりだと抜き打ちみたいな他のテストでは……」
「今はそんな事どうでもいいだろ、ほっとけっ。それより、影姫はどうするんだよ。行くにしてもまだかなり時間あるぞ。やっぱいったん帰るのか?」
「私も付いていこう。私もオカ研だしな」
「ああ、そうなのか。じゃあ、一緒に……」
……?
「え? いつから?」
さらっと俺の知らない事実を告げてきた。と言うかコイツ部活に入っていたのか。全然気が付かなかった。なぜなら部室で顔を合わせた事もないからだ。部長からも新入部員が入ったなどと言う連絡は一切なかった。
「つい数日前だ。あの部長が教室になにやら紙を持ってきて、サインをくれと言うからそれに名前を書いたらいつの間にか入部していた。まだ一度も顔を出していないが、挨拶がてらに丁度いいだろう」
転校生情報を聞きつけて様子を伺っていたのか……なかなかに鼻が鋭いな。しかし、無闇にサインすると危ないぞ。俺も同じ被害者なんだ。
いや、それより今日は部活に恐らく人がいないので、多分部室には部長以外誰もいないと思うのだが。
まぁいいか。いなけりゃそのままボーっとしてればいい。いれば挨拶すればいいし。
「じゃあ一緒に行くか。場所は知ってるよな。前に散々な目にあったから……」
「まぁ、な」
目玉狩りとの戦いの不甲斐無さを思い出したのか、影姫が不機嫌そうに頷く。それを見て苦笑を返すと、オカ研の部室に足を向けた。
基本出席が自由な為、部室の鍵は二年と三年の部員は全員持っているらしく、俺も先日貰ったから持っている。と言っても、指折り数えるほどしか部員はいないが。
「あ、あの」
俺達が部室に向かう為に足を進めようとした時、不意に声をかけられた。振り返るとそこにいたのは桐生だった。
「おう、桐生さんか。何か用?」
「用っていうか……朝の休憩時間の時の話聞こえてたんだけど」
朝の休憩時間のときの話と言うと、兵藤達の話か。
まぁ、あんなでかい声で喋ってりゃ教室中の人間が聞いてるわな。だからと言って何用なのだろうか。あんなしょうもない話に桐生が興味を持つとも思えないのだが。
「あー、あの話ね。ホント迷惑だわなぁ。正直だるい。なに、桐生さんも行きたいの?」
「行きたいか行きたくないかって言われたらちょっと、まぁ、なんだけど……」
顔を見ると「行きたくない」とはっきりと書いてあるように見える。
そりゃあ夜に呪いの家へ行こうなんて、この春先に肝試しみたいな企画に大手を振って参加したいなんていう奴いないだろう。
ましてや桐生は目玉狩り事件の時の体験がある。俺と同じくそう言う場所には極力行きたくないだろう。
「話の内容聞いてたら、早苗ちゃんの時の件に似てる事があるんじゃないかと思って……それで……」
「桐生さん、やめて置いた方がいいと思います。私もそれは感じていましたが、もしその予想が当たっていたとして、今回は貴方には何も出来ないと思いますし」
桐生の言葉に影姫が割って入る。
「で、でも、早苗ちゃんの時は陣野君にも影姫さんにも手伝ってもらって、そのおかげで私、早苗ちゃんに許してもらえたし……何か、何か出来る事があったら……」
「出来る事があるとしたら今回の件には一切かかわらない事。もし屍霊が絡む事件だとして、下手に関わって貰っては足手まといになりかねない。余計な首は突っ込まないでほしい」
「え……う、うん……」
影姫に少し厳し目そう言われた桐生は俯きシュンとなってしまった。
「おい、影姫、もうちょっと言い方があるだろ。桐生さんだって悪意が合って申し出てるわけじゃないんだ。影姫の刀の事だって誰にも言ってないみたいだし……」
「だからこそだ。私は信用できる友人に傷ついてほしくない。戦う力が無ければ尚更だ。屍霊がいるかもしれないという場所に彼女を連れて行けば危険に晒されるのは必至だ」
言っている事はもっともだ。何より、いつも誰に対しても他人行儀な影姫が、桐生の事を友人として見ているというのが意外であった。
「そう言う訳だ。申し出は嬉しいが私は桐生さんには前の様な危険な目に合ってほしくない。前は屍霊との関係が〝親友で幼馴染〟という立場であったから、運良くああいう結果に収まったが、今回の件にもし屍霊が絡んでいるとなればそうもいかない。何か協力して欲しい事があれば私から連絡するから、今日のところは引き下がってくれ」
「私の事を思って言ってくれてるんだよね……ごめん、出しゃばっちゃって」
「謝る事は無い。その気持ちだけでも私は嬉く思っている。桐生さんはアルバイトがあるんだろ? 仕事をサボるのはよくない」
「え、うん、休もうと思ってたんだけど、やっぱ行かないとね。あはは」
「ああ、余計な心配をしてミスをしないようにな」
そういう影姫の顔には珍しく笑顔が浮かんでいた。口調も本人が意識してか知らずか、敬語から普段の口調に変わっていた。
そして俺達は桐生と分かれ、部室へと足を向けた。




