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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第一章・初めての怨霊
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1-3-1.静寂を破る悲鳴【陣野卓磨】

最終更新日:2025/2/26

 夢……夢を見ている。これは夢だとはっきりと分かる夢。でも、見た事のある光景だ。いつ見た光景だったかは、思い出せない


『大丈夫か? もう心配ない』


 白髪の女性が、泣きじゃくる俺の両肩に手を当てて優しく声をかけてくる。その女性の後ろには父さんが立っている。女性の顔はぼやけて、はっきりと見えない。思い出せない――その顔が、どこか冷たい闇に包まれ、血のような赤い影が浮かぶ錯覚が、俺の心をざわつかせる。


 今まで忘れていた、小さい頃の夢。なぜ突然見たのだろう――その夢が、冬の夜の静寂に溶け込み、かすかな不気味さが漂う。


『……!』


 声をかけるつもりだったが、声が出ない。見ていた景色は次第と遠くなり、真っ白になっていく。


 そして、ぼんやりと目が覚める。瞼を開けると、見上げる先にあるのは、いつもと変わりのない自室の天井。目に入った電灯が眩しく、目を逸らしてしまう。窓を見ると、外は薄暗い――冬の三月も末だというのに、夜の十八時を過ぎ、日はとっくに暮れて、冷たい闇が町を包んでいる。朝方までゲームをしてからベッドに入り、少し休憩するだけのはずが、今の今まで寝てしまっていたのか。誰かが何度か起こしに来たような気もするが、寝ぼけていたせいか、よく覚えていない。


「…………いあああああああああああ!」


 そうしてボーっとしていると、唐突に甲高かんだかい叫び声が聞こえてきた。幻聴や夢ではない。現実に聞こえる叫び声が、窓を突き抜け、俺の耳に飛び込んできたのだ。まるでホラー映画さながらの、現実には聞いた事のないような女の叫び声。俺はその声にビクッと身を震わせ、飛び起きた。背筋に悪寒が走り、自分は何もしていないのに、どこからか不安が押し寄せてきた。その叫び声が、冬の夜の冷たい闇に不気味な響きを残す。


 それにしても、今の叫び声は何だ? 窓の外から聞こえてきたようだから、恐らくウチではない。でも、聞き覚えのある女性の声ではあった。


 誰だ?


「………………」


 少し考える。でも、答えは出なかった。ただ、聞き覚えのある声でも、同じような声の持ち主は大勢いると思うだけだ。寝起きのぼやけた頭で考えても、それ以上は答えが何も出てこない。何にせよ、俺には関係ないか……。変に関わって面倒くさい事になったら嫌だし。仮に何か事件だとしても、誰かが何とかするだろう。そう思い、再びベッドに横になる。


 ………………。

 …………。

 ……。


 何分か経っただろうか。横にはなったものの、眠りに入ることはない。しばらく布団の中で天井を見上げながらボーっとしていると、下の階からドタドタとあわただしい足音が聞こえてきた。


「お爺ちゃん! 電話! 電話!! 救急に電話!! 警察も!」


 妹のつばめが下の階で、何やら叫んでいる。警察? 何か事件でもあったのだろうか。いや、あったのだろう。さっきの叫び声。普通の叫び声ではなかった。恐怖が入り混じり、不安を掻き立てる、嫌な叫び声だった。その声が、冬の夜の闇に赤い気配を帯びる。


「なんじゃ!? さっきの叫び声か?」


 爺さんの声もする。下の階のドタドタという慌しい足音が増える。二階の俺の部屋まで聞こえてくる会話だ。俺の部屋のドアが少し開いているとはいえ、よほどの大きな声だ。


「そう! 買い物から戻ってきたらさ! 隣の御厨みくりやさんが大変なの! とにかく早く電話して! 今日は湯豆腐だから!いや、湯豆腐関係ないから!!」


「なに!? 湯豆腐!? 隣が湯豆腐なのか!? 豆腐が喉にでも詰まったのか!?」


「違うって! だから救急と警察!」


 何やらわけのわからない会話をしている。気が動転しているのか、ふざけているのかわからない。五月蝿くて、とてもじゃないが寝ていられない。というか、これ以上寝たら寝すぎか、と思いつつ仕方なくベッドから這い出る。暖かな布団の中とは違い、三月も末だというのに、まだ冷たい空気が全身にこびりついてくる。寒さを堪えながら起き上がり、階下へ降りていくと、まさにその時、視線の先に燕が目の前に現れた。


「あ! お兄ちゃん! 今頃起きてきたの!? 何時だと思ってんのよ!」


 燕が駆け寄ってくる。爺さんは奥の部屋で電話をしているらしく、説明もよそに、早く来るように電話口の相手をせかしている。


「くっさ! 休みだからって何日風呂入ってないのよ!! クッサ!!」


 開口一番それかよ! とは思うものの、数日間風呂に入っていないのは事実である。でも……。


「ば、馬鹿言え! まだ四月だぞ! 汗もかいてないし、俺は外に出てないんだ! 数日くらいでそんなに臭くなるか!」


 クンクンと自分の臭いを嗅いで見るが、自分の臭いというのは自分ではよく分からない。臭くはない。はず。


「日数は関係ないわよ! 二次元しか興味ない引きこもりクソ陰キャが外出してない自慢とかしてんじゃないわよ! 風呂沸かしてんだから毎日入れよ!! って、そんな事言い合ってる場合じゃなかった! ちょっと一緒に来て!」


「お、おい……! 着替えくらい……!」


「着替えても同じ様な恰好なんだからどっちでも一緒でしょ!」


 何かすごく胸に刺さる言葉を投げられつつ、俺はジャージ姿のまま燕に手を引っ張られて外に引きずり出されてしまった。


 外に出ると、これまた家の中以上に寒い。三月も末だというのに、前の日に雨が降ったせいだろうか、とてもこの時期の気温とは思えない寒気が肌に突き刺さる。その冷たい闇が、冬の夜の静寂に溶け込み、かすかな不気味さが漂う。


 震える体を抑えつつも辺りを見回すと、他にも近所の人が何人か集まっていた。その中心には、隣家の奥さん、御厨緑の母親が、靴も履かずに地面に膝をつき、うずくまっている。青い顔をして体を震わせ、なんかをボソボソと呟く口。口が動いているのは確認できるものの、声が小さくて聞き取れない。その姿が、冬の夜の暗闇に浮かぶ赤い影と重なり、俺の背筋に悪寒が走る。さっきの叫び声が、彼女のものだったのか。強盗か何かか? 何にせよ、とてつもない嫌な予感が、冷たい闇に潜む何かの気配として、俺を包み込む。


 集まっている人たちの顔を見回すと、見知った顔が何人かいた。どうやらさっきの叫び声を聞きつけて集まってきたらしい。そして、その中でも最も話しかけやすい一人の顔を見つけると、声をかけてみることにした。

 

「おい、何かあったのか?」


 話しかけたのは、同級生で幼馴染の烏丸霙月からすまみつきである。近所に住んでいるわけではないので、なぜウチの近くにいたのかはよく分からないが、とりあえず一番話しかけやすかったので声を掛けてみた。


「あ、卓磨たっくんに燕ちゃん……コンビニ行こうと思ってたまたま近く歩いてたら叫び声聞こえてさ。そしたら……あれ、見てよ」


 霙月は俺たちに気が付くと、そう言いながら、ウチの隣家の御厨みくりや宅の二階にある窓に視線を移した。つられるように俺も視線をそちらに移すと、そこにはいつもと違う光景があった。窓は閉まっているが、カーテンは開いている。ここまでは何も違和感がない。


 ただ、その窓に点々と付着しているいくつもの赤い物。もう辺りは真っ暗だが、部屋には電気がついており、照らされた明りで遠目でも色が分かる。恐らく血液だ。中から洩れる電気の明りで、閉まった窓が真っ赤な色で彩られ、冬の夜の冷たい闇に奇妙な雰囲気だけが感じられる。その赤が、かすかな不気味さを帯び、俺の背筋に冷たい不安が走る。


 誰かが中の確認に行ったのかと言うと、誰も確認には行っていないらしい。あの部屋中を見たのは、そこに蹲っている御厨の奥さん一人だけ。皆、あの光景と半狂乱の奥さんに恐怖を覚え、救急や警察の到着を待っている。でも、その真っ赤な窓の奥に、理解を超えた何かが潜んでいるような、不気味な予感が、冬の夜の静寂に浮かぶ。


挿絵(By みてみん)



キャライメージは陣野卓磨

月紅石能力:屍霊達の記憶【ミステリアスメモリー】

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