2-3-1.男の叫び声【長原康平】
「あの家には絶対に悪霊が取り付いているわ! 長原君、君にとってはオカ研始めての仕事よ! これで〝呪いの家〟の核心を突き、証拠を掴んで、大金稼いで夏の部員旅行を少しでも豪勢なものにするのよ! 去年みたいに古臭い民宿みたいな旅館に何日も泊まるとか絶対嫌なんだから! 今年は朝食バイキングつきの快適なホテルに泊まりたいの!」
僕にそう言って来たこの人の名前は金田蘭子。一学年上のオカルト研究部の先輩だ。
黒髪のロングヘアーで髪質はいいのだが、そのつり上がったきつい目つきで全てを台無しにしてしまっている。僕のタイプではない。いつもお金の話をしている強欲な人だ。
本来なら女性と二人きりでとなると胸が高鳴るものなのだろうが、この人相手だとそんな感情は一切沸いて来ない。
僕は今年オカルト研究部に入部した一年で、名前は長原康平。入部してからは、部室でお茶汲みをさせられたり事あるごとに連れ出されたり……この人にいいように、こき使われているような気がする。
部長や副部長がいる時は大人しい癖に、いなくなるとこれだ。うんざりする。
今日も半ば無理矢理連れて来られて写真撮影係に任命された。
金田はというと、なにやら大きなサングラスをかけて変装っぽい事をしている。心霊スポットに行くのに、変装などいるのだろうか。見つかりたくないくらいだったら、来なきゃいいのにと思う。
もう少し歩けば、金田の言う〝呪いの家〟である。その家の噂は僕も耳にしている。霧雨学園から少し離れた場所にある横路地にある一軒家の借家。
住む人がことごとくトラブルを抱え込み短期間で引越してしまう家らしく、現在は誰も住んでいない。
昔この家で女子高生の自殺があったなんて噂もある。あくまで噂なので本当かどうか分からない。
ただ、トラブルが起こると言う事に関しては信憑性が高く、何かの呪いなんじゃないかって言う噂もあるので出来れば近づきたくないのが本心だ。
僕はインターネットや本で心霊写真や心霊動画を見たりするのは好きだけど、実際現場に行くのはちょっと怖いし苦手なのだ。間接的に見る物は全て作り物だと思う事が出来る。だが、直接目で見る物はそう思う事が出来ない事もある。だから嫌なのだ。
「金田先輩、あそこ誰かいますよ」
横路地に入る手前、角から呪いの家の方向を覗くと、少し先に見える呪い家の前に一組の男女が立っている。そして、その家を見上げながら何やら話している。
見た感じカップルだろうか。
金田に嫌々連れて来られた僕と違ってイチャついた会話でもしてるんだろうな……。
「チッ、人がいたらやりにくいわね……だからと言って折角来たのに引き下がるのも……。どうせ冷やかしに来たバカップルでしょ。立ち去るまでここに隠れて待つしかないわね」
金田もその二人を見て、眉間にシワを寄せて少しイラついている感じであった。
金田は控えめに言っても見た目がいまいちな上に、性格もこれだから全てが災いしてモテない。その僻みが現れているのだろう。
僕は用事を早く済ませて帰りたいのだが、普段から自己主張をあまりしない僕は先輩のその言葉に逆らえず、曲がり角の影に隠れてカップルの様子を見る事になった。
ああ、他の先輩は優しいし綺麗なのに、僕なはぜコイツに目を付けられてしまったのだろう……。
「アンタ、あいつらも一応写真撮っときなさいよ。不法侵入でもしてSNSか何かで炎上してたら晒してやるわ。イチャイチャしやがって憎らしい!」
「嫌ですよ、スマホじゃシャッター音とかフラッシュで気付かれますって」
「この距離だったら大丈夫でしょー」
「夜って小さな音でも結構響くんですよ? それに見つかったら一目散に僕を捨てて逃げるクセに!」
「フンッ」
そんなやり取りをしながら、じっと二人が去るのを待ち、隠れて覗き見る。
隠れて見守る事、数分経った頃だろうか。女性の方が急に足元から崩れるように地面に倒れた。
薄暗くて良く見えないのだが、何かが女性の首筋辺りから吹き出ているように見える。近くにある電柱についている外灯によって照らされている僅かな部分が目に入る。見える吹き出しているものの色は赤い色である様に見えた。
血? 血ではないのか?
見ているのが怖くなり思わず角に引っ込んでしまう。
金田はというと様子も伺わずにスマホを弄っている。金田に状況の変化を言うべきなのだろうか。
「ふうわあああああああああああああ!!?? はひっ!? 何っ!?」
そして、僕が引っ込んだ瞬間、男性の叫び声が聞こえた。
それは、こちらに気がついて上げた叫び声ではなさそうだ。
恐怖の入り混じる予期しない叫び声。同じ様な声を聞いた事がある。そうだ、夏祭りのお化け屋敷で、前の人が脅かされて上げた叫び声、それに酷似していた。




