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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第一章・初めての怨霊
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1-38-3.謝罪の言葉【陣野卓磨】

「早苗ちゃん、私の電話いつでも出てくれたから、取らなかった事ないから……絶対取ってくれたの……でて、お願い……出て! 私、ずっと電話でなかったの、謝りたいから……!」


 桐生の搾り出したような悲痛な言葉が耳に入ってくる。


「嘘、ウソうそ嘘ウソうそ嘘ウソうそ嘘ぉ! てめぇは私をウラギッタ! チトセチャンハわたしを裏切った! イマサラ何をイッテる! 詫びるならシネ! 謝るなら目玉をツブセ!」


 着信音が鳴ってからだ。伊刈の声のトーンが少しおかしい。先程までのおぞましい部分もあるが、それが抜けて元の声が大きく出ている部分もある。まるで二人の伊刈がお互いを引き剥がそうとしている様だった。


「嘘じゃない、本当、本当だから……! 許してくれなくても言い、謝罪の言葉だけ聞くだけでも聞いてほしいから……っ」


 誰に話しかけるでもなく、涙ぐみながらスマホを持つ桐生の手はガタガタと震えている。自分を殺そうとしている化け物と、ずっと一緒に過ごしてきた親友。それが一つの存在となって目の前にいるのだ。


「ウソオオオオオオオオオオオ! ウソオオオオオオオオオオ! そんなクソアマとイチャイチャしやがってヨオオオオオオオ!」


 会話が、会話が出来ているのか?

 先程までは意味の分からない言葉を叫び狂っていただけなのに、明らかにスマホを鳴らす桐生と会話が成立しているような気がする。


「馬鹿! そんなの出るわけないじゃない! だって……あれ見なさいよ!」


 天正寺も桐生と目玉狩りを交互に見ながらヒステリックに怒鳴りつけている。ジワジワと迫りくる醜い化物が恐怖を駆り立てるのだろう、二人とも立ち上がることも出来ず身を震わせている。


 俺は手にある鳴り続くスマホの画面を見る。虹色の背景に『千登勢ちゃん』と表示されている。だが電話を持っているのは俺。出た所で俺に繋がるだけだ。


 無駄だ。無駄無駄無駄無駄無駄無駄。無駄だったんだ。ここで殺される。

 このままじゃ間違いなく全員殺される。助かるには逃げるしかないが、それも窓の外を見るに無理だ。


 まて、逃げる……。伊刈の標的は後ろの二人なんだ。二人を残して逃げれば……俺だけ……。

 俺だけ逃げるのか? どこに逃げるんだ? どこに!

 それにそんなことをしていいはず無いだろ、馬鹿か俺はっ!


「お願い! 早苗ちゃん、聞いてよぉ!!」


 桐生の叫び声に我を取り戻し、いらぬ葛藤を頭から払拭する。

 そしてふと、手に持つスマホの画面に目を落とすと、不思議な事が目に入った。

 俺は画面に触っていない。なのに、受話ボタンが勝手にスライドしている。それは遅く、遅く、壊れそうなものを触るように、怖いものに近づくように。ゆっくりと動く。


 伊刈に目を向ける。

 伊刈はその身体を小刻みに痙攣させたかと思うと、大きく裂けた口を開け凄まじい顔をしたまま動きが止まってしまった。宙に漂う伸びた腕、肩から生える四つの頭、醜く変貌した伊刈自身の頭。全てが一時停止ボタンを押したかの様にぴたりと動きを止めていた。


「つ、繋がった……? 繋がった、繋がったよ!! ほら、通話中になってる! ほら!」


 桐生が後ろで涙ながらに喜びの声を上げる。


「だからなんなのよ! 陣野が触ったんじゃないの!?」


 繋がった? 何に? この電話にか?

 嘘だろ? 俺は何もしてないぞ。

 なんでだ? 状況が飲み込めない。


「早苗ちゃん! 早苗ちゃん! 聞こえる!?」


 天正寺も横でいぶかしげな顔で桐生を見ている。俺も同じ気分だ。手に持つスマホから桐生の声だけが発信されて辺りに木霊する。

 この状況で気が触れてしまったのではないかと思ってしまう。だが、当の伊刈は動きを止めて固まってしまっている。もしかして、本当に繋がっているのだろうか。


 そして俺の手の内にあるスマホ。確かに受話画面になっている。


「き、桐生さん……」


 後ろの様子を伺い声をかけるが、俺の言葉は耳に入っていない様だ。


「いい、返事しなくても! 聞いて! 聞くだけでもいい!」


 電話に向かって一人で必死に語りかける桐生。


「ごめん! ごめんね! 私、ずっと逃げてた! でも、早苗ちゃんが私の事を庇ってくれてるの知らなくて、飛び降りて死んじゃって、大切な人失って、すごく後悔した! あれから、一緒に遊んだ物見て、一緒に楽しく過ごした場所に行って……私、一人で馬鹿みたいに泣いて……う、うう……それから……」


 桐生の声が、ボロボロと絶え間なく流れ落ちる涙に邪魔をされて震えて途切れる。桐生も苦しんだのだろう、伊刈が死んでしまった事に。自分を責めて辛い日々を送ってきたのだろう。


「ごめん、頭の整理つかなくて、うまく喋れなくて……


 目玉狩りは石造の様に全く動かなくなってしまった。

 今まで誰の言葉も通じなかったのに、今はまるで桐生の言葉に耳を傾けているかの様に、ただただその無数の視線を俺の持つスマホへと向けている。


「それでね、早苗ちゃんがバイトしてた喫茶店にも私行ったんだよ? みんな、優しい人で、早苗ちゃんここでも楽しく笑ってたんだなって……なんで手を差し伸べなかったのかなって、なんで助けなかったのかなって、あれから毎日毎日ずっと後悔して……ずっと謝りたくて、でも、謝れなくて……」


 桐生の目から溢れた涙が、手にするスマホの上にどんどんと流れ落ちる。涙だけではない。鼻水も。

 俺もこういう話には正直弱い。目が潤んできてしまう。


「私ね、優しい早苗ちゃんが好きだった! 笑ってる早苗ちゃんが好きだった……でも、それがもう見れないなんて嫌だよ……だから、だからもうやめて! わたし、こんな早苗ちゃん見ていたくないよ……私が、私がずっと一緒にいてあげるから! ずっとずっと、一緒にいてあげるから! また、早苗ちゃんと楽しい時を過ごしたいよ……だから……もう終わりにして……誰かと一緒にいたいなら、私を殺して、私を最後にして……そしたらずっと一緒に……うう……」


 小刻みに震える桐生の手からスマホが零れ落ち、床に落ちる。そのまま床に手をついた桐生は、もう言葉も発せないほど喚き泣き崩れていた。


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