1-36-5.スマホから見えた記憶③【陣野卓磨】
「ちょっと伊刈、アンタまだこんな古い機種持ってるわけ? 何年前のよ。ありえないんだけど。原始人かよ。あははは」
伊刈のポケットに手を突っ込み、無理矢理スマホを奪った洲崎が笑い声を上げている。
「あ! だめ! か、返して!!」
「あーっと! ほらー、落としちゃったじゃーん。アンタがすごい剣幕で迫ってくるからさー」
伊刈が手を伸ばすと、洲崎がわざとらしくスマホを落とす。
落とされたスマホは派手な音を立てて地面に叩きつけられた。そして、その衝撃で画面にヒビに入っている。
洲崎は微塵の悪気のない顔で手を広げて伊刈を窘めている。
「……!」
伊刈の顔が悲痛に歪むも、周りにいる三人は笑みを浮かべている。
「あ、ごっめーん。踏んじゃった。こんな所に落ちてるの気付かなかったわー。ごめんねーーーーーーー」
落ちたスマホを拾おうと近寄った伊刈が手を伸ばしたが、天正寺の足がスマホに勢いよく乗せられた。ぐりぐりと揺れる足の下でミシミシと嫌な音を立てるスマホ。
「うう……」
「ホント、古すぎて道端に捨ててあるゴミにしか見えないわね。あ、でもヒビが綺麗に入ったからデザインよくなったかも。まるで蜘蛛の巣みたい。良かったわね、伊刈さん」
御厨がその様子を冷静に見ながら酷い事を言っている。
「あ、ホントだー。緑いいセンスしてるじゃん。このデザイン綺麗だわぁ、羨ましいわー。私はごめんだけどね。プクク」
天正寺は何の興味もなさそうに自分のスマホを弄りながら、伊刈のスマホから足をどけた。
伊刈の目からは涙が溢れている。さっき見た光景、父親にもらった時、あんなに喜んでいたものなのに。こいつら……。
許せない。見てられない。
伊刈があんな状態になったのも理解できる気がしてきた。
………………。
…………。
……。
また場面が変わった。
俺は幾つの場面を見せられるのだろうか。
だが、それだけこのスマホと伊刈が一緒にいた時間が多いと言うことなのだろう。
「伊刈、もう教室に戻りなさい。授業が始まる」
「でも、先生!」
場所は職員室だった。
いるのは伊刈と、当事も俺の担任だった田中だ。
「お前の口から出た言葉だけじゃ証拠がないんだ。直接虐めグループに落書きされた物とかそう言うのないんだろう? そういう筆跡とかが残っていれば確たる証拠にも成り得るが、壊れたものとかを持ってこられても、本当にその生徒達が壊したものかもわからないじゃないか」
「み、見てた生徒は何人もいます……」
「じゃあ、その生徒を連れてくればいいだろう」
「誰も……私には……」
徐々に小さくなる伊刈の声。
そんな伊刈の歯切れの悪い態度に、田中は困ったように溜息をつく。
「第一、可能性としてお前がその子等を嵌めようとしているという事も考えられるんだ。これ以上私を困らせないでくれ」
「だって! 田中先生、あの時も見てましたよね!? 小枝先生の……っ」
「……伊刈、何度も言っているだろう。確かにお前とその生徒等が小枝先生と連れ立って進路指導室に入っていく所は見たが、その先は見ていない。君の家庭の事情は理事長から回ってきた資料で理解はしているつもりだが、一部教科の成績が芳しくないのも事実だ。指導室で何か話をされていても疑問は持たん」
「でも、すりガラスに影が見えた気がして……様子を見に来てくれたんじゃなかったんですか?」
「……しつこいぞ。……ほら、他の先生方も見てるだろ、早く戻るんだ。手間を掛けさせるんじゃない。私も次の授業があるんだ」
「私は……あの……」
「小枝先生にはそれとなく聞いておいてやるから、分かったらさっさと教室へ戻れ」
「うう……」
俺達生徒の大半が知っている事実をコイツが知らないはずも無いのに、あんなに無下に追い返すなんて……。
追い返された伊刈が、暗い顔できょろきょろと職員室を見回している。
職員室の中は授業前なのか教師の数も少ない。残っている教師達も、自分の事で周りが見えていないのか、皆自身の机に視線を向けている。
そんな職員室の様子を伺いつつ、伊刈が入り口付近の壁にかけてある鍵棚に近づいた。鍵だなの戸は開けっぱなしであった。
伊刈は誰も見ていないのを確認して端にある一つの鍵を手にしてポケットに仕舞いこんだ。
小さな鍵だった。どこの鍵だろうか。教室の鍵ではなさそうだ。
これはスマホが見た記憶なのだろうか。これが最後か。だんだんと流れる映像が消え始める。




