1-36-4.スマホから見えた記憶②【陣野卓磨】
「ほー、親に負担を掛けたくないからそのためにバイトを? 最近の学生にしちゃ見上げたもんだな」
喫茶店のマスターだ。横には以前見た砂河とかいうバイトの人もいる。
バイトの面接であろうか、向かいには伊刈が座っており、今度は高等部の制服を着ている。
「はい、スマホの料金と自分のお小遣いくらいは自分で稼がないといけないと思いまして……あと、こういう喫茶店で働いてみたいって言うのもありまして……その……」
「うーん、しかしウチは人員は間に合っとるしなー。飛び込みでこられて申し訳ないんじゃが……」
「マスター、可哀想ですよ。この年頃の子が飛び込みで面接来るなんて勇気いると思いますよ。折角だからちょっとだけでも働いてみてもらったらどうです? 俺も大学の講義で入れない時もありますし」
申し訳なさそうに断りかけるマスターに、砂河が待ったをかけている。
伊刈もマスターの言葉に少し俯き諦めかけていた様だったが、砂河の言葉に顔を上げた。
「私、中途半端な事はしないつもりです! 迷惑はかけないように頑張りますのでっ」
「うーん……そうかぁ?」
マスターは少し困った風に怒りの顔を見るも、砂河の言葉と伊刈の熱意に考えを改めたのか、一つ溜息をつくと口を開いた。
「んー、よしまぁ、ええじゃろう。理由も理由じゃし、真面目そうな子じゃしな。じゃあ労働契約書とか準備せにゃならんから、また明日このくらいの時間にきてくれるかな? 大丈夫?」
「は、はい、大丈夫です! 私頑張ります! 宜しくお願いします!!」
勢いよく立ち上がり一礼し、顔を紅潮させ喜ぶ伊刈に、マスターも砂河も笑顔になっている。
「よかったね」
採用の言葉を受けて力む伊刈に砂河が優しく微笑みかける。
「ありがとうございます!」
………………。
…………。
……。
「伊刈さん手際良いね。何かやってたの?」
「昔、親が飲食店経営してたの見てたのもあるんですけど……家で家事の手伝いとか結構してますので、このくらいならっ」
「へー、そうなんだ。ちゃんと家事の手伝いしてるとか、今時珍しいね。皆部活とかやってんじゃないの」
「うちはお父さんもお母さんも忙しいから、私も頑張らないといけないんです。頑張って、将来少しでも楽をさせてあげたいなって。今は訳あってあまり裕福ともいえないので……」
「そうなんだ……まぁ、詳しい事情は聞かないけど、早苗ちゃん偉いと思うよ。それに、霧雨学園って私立でランク高めの割りに学費安いらしね。将来いい所を目指すならいい所入らないとだもんなー」
「私の家、その学園の学費の無償化対象に入っているので」
「へぇ、そんな制度あるんだ? あの学園」
「特能枠、だったかな? この学園って中等部からあるんですけど、いわゆるエスカレーター式ではなくて……多少は有利になるのはなるらしいんですけど、高等部に上がるには再受験しないといけないんですけど、入学願書請求した時に学園の方が直接うちに来て……」
「特能枠? 聞いたこと無いなぁ。でも無償だったらいいじゃない。その分しっかり学ばないとね」
「はい。でも、今は特別他の人と変わった事は無いので私もよく分からないんですけど、高等部の三年に上がったら特別なカリキュラムが組まれるらしいんです。何か、この枠の人は次の進学も有利に進めれるとかで……あ、ほんとはこの話は内緒の事なんで誰にも言わないでくださいね」
何だろうか……。
そう言えば俺は高等部に上がる時に試験は受けたが、あまり出来なかったのに進学できた記憶がある。
学園の話は殆ど爺さんがしている為によく分かっていないのだが……。
「まぁ、言わないでほしいなら誰にも言わないけどさ」
「それで、少しでもいい所と思って……中学入る時に頑張りました。幼馴染の子もそこを目指すって言ってたから、頑張って勉強して……高等部に上がってからも……」
そう話す伊刈の顔は、笑顔ではあるものの何処か暗いものを感じる。
特能枠……俺も微かだが聞き覚えがある。
ウチの爺さんも昔、そんな話をしていたような……。
誰と話していたんだったか……女性だった気がする。
長い黒髪の女性……。そんな女性はごまんといるか……誰だったか……。
………………。
…………。
……。
「千登勢ちゃん……!」
「あ、早苗ちゃん……」
桐生と伊刈だ。今度は高等部の制服を着ている。場所も見覚えがある。学園の廊下だ。
呼び止められた桐生はどこかそわそわとしており、今すぐにでもその場を立ち去りたい様子だった。通り過ぎる生徒達もその様子をあまり良くないものを見る目でチラリと見ては通り過ぎていく。
「何で最近、電話とか出てくれないの……?」
「ちょっと、タイミング悪くて出られない時が多くて……。ごめんね」
「たまにはかけ直してくれても……」
「私にも都合があるから……これから部活あるからまたね」
「あっ……待って……明日は千登勢ちゃんの誕生日だから……」
「ごめん、明日は家族で出かける予定だから。もう、ね……」
「だったら、次の日でも……」
「ねぇ、わかってよ、早苗ちゃん……」
桐生はそう言うと踵を返し、そそくさとその場を立ち去ってしまった。
残された伊刈は肩を落とすと、振り返りトボトボと暗い顔で逆の方向へと歩いて行った。
その姿を見ていると、胸に締め付けられるような思いが走りいたたまれなくなった。
………………。
…………。
……。




