1-36-3.スマホから見えた記憶①【陣野卓磨】
見えてきたのは見た事のない部屋。
家族で暮らすには少し狭そうなマンションの部屋で、間取りは広くはない。
「ただいまー。早苗ー、今日はいい物を買ってきてやったぞー」
早苗……伊刈と同じ名前だ。伊刈の……スマホの記憶なのだろうか。
ドアから入ってくる男性は、手に小さな紙袋を持っている。
「お帰りー。にやにやして、何買ってきたの?」
不思議そうに男性を見つめる、早苗と呼ばれた少女。面影がある見た事のある顔。間違いない、伊刈早苗だ。
「ほら、これだ!」
男性が袋から箱を一つ取り出す。袋には大手携帯キャリアのロゴが描かれている。恐らく箱の中身はスマートフォンだろう。
「これ、スマホ!?」
「ああ、早苗ももう中学生だしな。いい学校入ってくれたし、今時、中学生にもなってスマホも持ってないと友達と仲良くできないだろ? 入学祝いも兼ねてだ」
「あっ! しかも最新のヤツだ! 高かったんじゃないの!?」
中学生入学、ということは四年程前の映像か。
父親の差し出した袋を受け取り、すごく嬉しそうに中身を取り出している。目を輝かせ、その視線はスマホに釘付けで、もう父親の顔など目に入っていない。
「はっはっは、父さんも今持ってるの水場に落として壊しちゃってさ、家族割でちょっとは安くなってるから心配すんな。それより妬けちゃうなぁ。買って来たのは父さんだぞ? もっと父さんを見てくれよ」
「ありがとう! これで千登勢ちゃんといつでも連絡取れるよ!」
「おいおい、桐生さんのほうが先か。早苗はホントに桐生さんと仲がいいなー。家はWi―Fiがあるからいいけど、外ではあんまり使いすぎるなよ? 通信料結構かかるみたいだからな。あいにく大容量パックとか入る余裕はなかったからな。ははっ」
情けないと言わんばかりの表情で苦笑しつつ頭をかく父親は、それでも娘の喜ぶ姿を見て嬉しそうであった。
伊刈はと言うと、そんな父親の言葉も余所にスマホを起動させている。
「あら、お父さん今日は早いじゃない。スマホ買ってきたの? お母さんも持ってるの古すぎて新しいのほしかったのになぁ。早苗ちゃん羨ましい」
キッチンの方から母親らしき女性が笑顔で現れた。笑顔の絶えない家庭なのだろう。仲がすごく良さそうだ。
「私これ大切にする! お父さんがくれたやつだからずっと使うよ!」
「ずっとか? はははっ。嬉しいけど、ある程度使ったら機種変更しないと置いてかれるぞ? それまでにまた、その為の資金をを貯めとかないとなー」
「そうかなー? でも、機種変更をもしする時は自分でお金貯めて買うからっ。そこまで迷惑かけられないしっ」
「あら、じゃあお父さんは、次は私に買ってよー? いつまでも古い機種じゃねー。 フフッ」
両親が既に亡くなっている俺にとっては、見ていて羨ましい光景であった。
伊刈のこんな晴れやかな顔は見た事がない。学校で見かけた時は、いつも暗く沈んだ表情ばかりしていた。もう、この笑顔を取り戻す事は出来ない。
………………。
…………。
……。
場面が変わる。
「あ! 早苗ちゃんスマホ買って貰ったんだ!?」
伊刈と、隣にいるのは桐生だろうか。
着ているのは霧雨学園高等部の制服ではない中等部の制服だ。
幼馴染とは聞いていたが、見た感じとても仲がよさそうだ。そう言えばそうだった気がする。俺も中学は霧雨学園の中等部であった為、二人の存在は知っていた。
だが、俺はこの頃の二人と会話をした事が無い。
「うん! 昨日お父さんがね!」
他愛のない会話が続く。笑顔が耐えない会話。そうだ、思い出した。二人は仲がよかった。中等部の頃も、高等部の初めの頃も二人が仲よさそうに会話をしているのを見た事がある。
「早速アプリとか入れて登録しようよ!」
「うん、まだ操作慣れてないんだけど、どうやるのかな?」
「えーっと、ここをねー……」
………………。
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