1-36-1.誰が取りに行く【陣野卓磨】
階段を上がり渡り廊下を走る。
走りながら辺りの様子を伺うと、目玉狩りから離れた場所の窓は幾らか開いている。
恐らくドアや窓が閉まるのは目玉狩りの近くだけの様だ。だからと言って窓から外界へ逃げる事も出来ない。外は闇に包まれていてどうなっているかわからない。この広い本校舎とそれに繋がっている部室棟全部が真っ暗な空間に浮いているような感覚。
そして、俺達以外の人間は誰一人見かけない。完全に何らかの力で別次元に隔離されている様な雰囲気だ。聞こえてくるのは、徐々に遠くなる刃と爪がぶつかり合う金属音と幾つもの叫び声。
「どこだ!? どこの窓だ!?」
俺の方が足が速かったせいか、桐生と天正寺は少し遅れている。振り返る事も無く、大声だけで確認をする。
「そこ! 一番奥から三番目の!」
校舎の突き当たり、奥から三番目の窓を見ると窓は開いている。
よかった、閉まっていない!
急いで半開きの窓を全開にして外を覗くと、それは確かにそこにあった。
窓から見下ろす校舎の外壁、そこにある幅の狭い縁に画面の割れたスマホが落ちている。
電源が入っているようで、画面は煌々と明りを放っている。それは闇に包まれた外の世界を照らす一筋の光にも見えた。ただ、嵌め殺しの窓もある為、スマホまでは少々距離がある。
「あったぞ! 確かにある!」
だが、確かに怖い。普段の明るい世界であったとしても、あれを取りに行くのは怖いだろう。ましてや今は目玉狩りの影響で外が闇に包まれている。普段は見えるグラウンドすら確認できないほどの暗闇に包まれているのだ。頼りになるのは校舎内から洩れる僅かな電灯の明かりと、スマホが放つ小さな光だけ。
「ハァハァ……陣野君、お願い!」
少し遅れて到着した桐生息をつきながら俺にそう言ってきた。
「えっ……あ、俺?」
お願いって言われたって……。勢いで来たものの、マジで怖い。足を滑らせて、落下しようものなら死ぬだけではすまない気がする。地獄の底に引きずり込まれて永遠の苦しみを約束されそうな気がする。
「そうだよ、その為に走って来てくれたんじゃないの!?」
素っ頓狂な声を洩らす俺に、桐生が大きく頷く。その懇願する眼差しに負け、もう一度下を見下ろす。
……。
思わず言葉を失った。
アレをとりあえず回収しないと話が進まないと言うのはわかっているのだが、どうしても外の景色が俺を躊躇させる。
「もういい! 私が……!」
言葉をなくして動揺する俺を見て、焦る桐生が俺を押しのけようとする。だがここで桐生を行かしてしまうと俺が恰好悪すぎる。
「い、いや、行くさ! だが心の準備が……」
「でも、早くしないと!」
俺と桐生が押し問答をしていると、横から思いっきり押し飛ばされた。
「どいて二人とも!! 私が行くから!!」
俺を押し飛ばした人物、それは意外にも天正寺だった。天正寺は窓の外を覗きスマホの方を見つめている。
「アレ、アレだよね、見覚えがある……アレを取ってくればいいのね!?」
「だ、だめだ。ここは男である俺が……」
怖いが俺が行くしかない。
「馬鹿なの? そんな震えた足で行けると思ってんの? それにこんな細い場所、私のスレンダーな体の方が有利でしょ?」
見ると俺の脚は震えている。怖いから震えているのではない。普段の運動不足のせいだろうか、全速力でここまできたものだから筋肉がプルプルと震えているのだ。膝も少し力が抜けた様な感覚がする。
「それに、私も何かしないと……緑や美里に顔向けできないから……なにより、伊刈……伊刈さんを助けてあげないとあのままじゃ……」
そう言いながら制服の上着を脱ぎ、ブラウスの腕を捲り上げる。
「私が殺されるとかそう言うのじゃない。伊刈さんをあのままにしておくと言う事事態が……私は死んでもそれを後悔しそうな気がするから……っ」
「天正寺さん……」
「私は一応運動部だしね。陣野君よりは体力がある自信はあるわ。桐生さん、袖の片方を私の腕に結んで。うんときつく」
脱いだ制服を桐生に渡す天正寺。
「う、うん……」
桐生もおどおどしつつも、天正寺の言う事を聞き袖を手に結んでいく。
「この制服を命綱にして私が取りに行くから、足滑らせたら頼むわよ。その時こそが男のアンタの出番よ」
そう言いつつ、靴とソックスを脱ぎ裸足になる。
窓の外を覗く天正寺。だが、強気な言葉とは裏腹に、表情に滲み出る恐怖は隠せない。
一呼吸つくと、窓を一気に乗り越えて向こう側に着地する。
「あっ!」
くっそ! いきなりかよ!
天正寺が着地した時に足を滑らせてしまった様だ。体勢を崩しフラッと体を揺らせると、見えている天正寺の上半身が少しずつ俺達から離れていく。
ここで落ちられるわけにはいかん!




