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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第一章・初めての怨霊
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1-35-3.バールのようなもの【七瀬厳八】

「影姫! ちょっとの間持ち堪えてくれ! 何とかする! 何とかするから!」


 そう言って陣野は二人の女生徒と共に廊下を走り去っていった。

 警察官である俺ですら足がすくんで何も出来ないと言うのに、この状況で何が出来ると言うのだ。

 もしかして、自分等だけで逃げたのか?

 そんな穿った考えが頭を過ぎってしまう。


 なんてこった……俺は彼等とは目玉狩りを挟んで反対側。背にする廊下の奥は、行き止まりで窓もなく壁しかない。逃げるに逃げれないこの状況。


 ……。


 ふと、最悪の事態が頭を過ぎってしまった。

 おいおいおい、マジかよ勘弁してくれよ、何なんだよこれはっ。

 俺はこの学園に聞き込み調査に来ただけだぞ、おい。まさかドンピシャで目玉狩りに遭遇するなんて思うかよ。元々化物だとは思っていたが、それがこんな異形に変貌するとは思いもしなかった。


 目の前で暴れ狂う化け物。それと何か刀のようなもので応戦する影姫と呼ばれていた白髪の女生徒。

 目にも留まらぬ速さで金属音を鳴らしながら弾きあっている。

 しかし、彼女の刀は腕から生えているようにも見える……動きといいそれといい、あの影姫という女生徒は一体何者なんだ?。

 

 俺は夢を見てるのだろうか。いや、こんなはっきりとした夢があるだろうか。


 勤続二十年弱、小さな仕事はそつなくこなしてきたし解決してきた。部下からも信頼を得ていると俺は思っている。

 今までの仕事や生活が走馬灯のように頭に蘇ってきた。

 ……ちょっと待て! これは俺が無意識に死を覚悟してるってことか!?

 仕事はまじめにしてきた! 家族サービスも忘れてねぇ! しかしなんだこれはよ! この仕打ちってあるか!? 夢であってほしいが夢じゃねぇ!

 腕も痛ぇ、腹も痛ぇ、背中も痛ぇ! 俺はここで死ぬのか!?


 そんな事を考えていると、大きな金属音と共に頭の横を目玉狩りの触手が突き抜け、背後にある壁に突き刺さった。そしてその触手はすぐさま目玉狩りの手元に戻ると影姫への攻撃の手へと戻る。


「おい! ボーっとするな!! 死にたいのか!」


 あれやこれやと考えていて、目の前で起こっている出来事への意識が欠如していた。

 影姫の声で現実に戻される。

 相手は影姫の動きを覚えてきているのか、影姫だけでは防御をしきれずに、化け物の攻撃がこちらにも飛び火してきているのだ。


「ひぇっ!」


 再び弾かれて飛んできた鋭い爪の付いた長い指を、運良く紙一重で交わす俺。俺にこんな反射神経があったのかと驚く反面、自分に突き刺さっていたらと思うと背筋が凍る。


 くっそ、俺もあっち側に吹っ飛ばされてりゃ逃げれたのに……。

 いや、まてまてまて。俺は守る側だろ何を考えてんだ。加勢……加勢せねば。

 スーツの内側にある鉄の塊に手を掛ける。いやいやいや、発砲許可も取らずにこんな化け物に撃ちましたなんて報告できるだろうか。しかもここ学校の校舎内だぞ。学内で発砲なんてしたら世間になんと言われるか。 大体、こいつに拳銃は効くのか? できるわけねぇ! 始末書は嫌なんだよ! いや、そんな事を言っている場合じゃねぇのは分かっているのだが!


 刀と爪がぶつかり合う金属音が、幾度となく廊下に鳴り響く。影姫の刀と目玉狩りの爪が激しく弾き合う。本体へと攻撃をぶつける隙が無い。


「くっ……!」


 見て明らかに、影姫が徐々に押され始めている。よく見ると、きられた触手の指もみるみると再生してキリがないのだ。このままだと非常にヤバイ気がする。


 しかしこれだけでかい音が鳴り響いてるってのに俺達以外の人間が誰一人駆けつけてこない。

 どうなっている、どうなっているのだ。


 恐らくこの化け物に絡んでいるであろう事件の事を思い出してみる。そういえば、御厨みくりやの親も言っていた。ドアに鍵なんてないはずなのに開かなかったと。食事処の事件の時は俺もそれを身をもって体験した。


 獲物を隔離する能力でもあるってのだろうか。

 最初の被害者二人は独り暮らしだったからわからんが、そういう事ができる奴なのかもしれない。今までの俺ならばそんな特殊な能力があるなんて思いもしなかったし、例えそう言う考えが頭をよぎったとしても……。

 いやいやいやいや、何を考えているんだ俺は。こんなあり得ない状況を肯定しようってのか。しかし目の前に起こっているこれは事実だ。俺が今まで生きてきた人生観なんて関係ねぇ。


 こめかみに汗が流れ落ちるのがわかる。焦っている、動揺している、恐怖している、俺は相当混乱している。

 だが、そんな事を考えているうちにも、目の前で戦っている影姫が徐々に押され始めている。くっ、俺はどうすりゃいいんだよ。

 撃つか? 撃つのか?

 しかし、俺はお世辞にも射撃がうまいとは言えない。影姫が背を向け俺達を庇っている状況だ。影姫をかわして銃弾を目玉狩りに命中させれる気がしない。

 びびって考えがまとまらねぇ!


「……貴方、刑事でしょ。見ているだけでいいんですか?」


 ふと、隣から声が聞こえてきた。

 部長と呼ばれていた学生が横でぼそぼそと俺に問いかけてきたのだ。


 見てるだけ、そう、見てるだけしか出来ない。あんな化け物と戦えるかよ。俺は特撮のヒーローみたいに強くねぇし、影姫みたいに変な武器も持ってねぇんだ。ちょっとやられりゃ簡単に死んじまうんだよ。


 昔は憧れてたさ。かっこよく人を助けるヒーローに。でも今は……。


「いつも警察は当てになりませんね。特にこういう事案だと」


 何か知ったような口ぶりで、諦めたような冷たい視線が俺に向けられた。


「な、なんだと?」


「言葉どおりです……。役立たずって言ってるんですよ。目の前にいる市民一人も助けられないんですから」


 うっ、ぐ……くそっ。言いたい事を言ってくれやがる……。


「ぐっ……お前……」


 いや……!


「や、やる、助けて見せるぞ。俺はよ……!」


 やるしかねぇ。やるしかねぇんだ。

 このまま見ていても影姫が殺られて、次は俺とこの部長だ。どの道やられるなら当たって砕けろだ。市民を守るのが俺の務め、霧雨警察刑事部捜査第一課警部補・七瀬厳八ななせげんぱちはやる男だという所を化け物に見せ付けてやる。

 何が何でも男の意地と言うものを見せてやる!


 だが拳銃は駄目だ……相手の動きが早い。鍔迫り合い弾きあう二人の間に拳銃の弾なんざ打ち込んだら何処に当たるか分かったもんじゃない。

 俺はそんな頻繁に銃の訓練をしているわけでもないから、化け物に命中させる自信もない。ここにいるのが俺じゃなく九条だったら当てれた確立も高かったものを。戦っている学生に当たっちまったら元も子もねぇ。


 辺りを見回し武器になりそうな物を探す。キョロキョロ辺りを見回していると、部長が廊下の隅に立て掛けられていたバールの様な物をすっと俺に差し出してきた。


「………………………」


 顔を見ると聞き取れないような小声で何やら呟きながらコクリと頷く。

 口元の動きを見るに「男を見せろ」ってか?

 しかしなぜこんな所にこんな物が……いや、今はそんな事どうでもいい。これで助太刀しろってか……。

 

「お、おう。サンキューな」


 バールの様に先の曲がった鉄の棒をを受け取る。ズシリとした重量感。感じるのはその物の重さだけではない。目の前の化物を倒さないといけないと言う責任の重さもある。

 受け取った手が震えている。握る拳の手汗が止まらない。下手に振りかぶれば汗で滑って手元が狂いそうだ。だが、後戻りはできない、したくない。ここで根性見せないでいつ見せる。


 自分に色々と言い聞かせ、バールのようなものを構え、じりじりと近寄っていく。無数の目を持つ相手は、そんな俺の行動にも気がついているようだ。

 女生徒への攻撃の手が少し、ほんの少し緩んで、俺に注意が向いている様にも見える。無数の目玉のうちいくつかがこちらを向いているのが見て取れる。


 見られている。俺がこれを振りかぶればあの爪のいくつかがこちらに向かってくる……。

 だが、俺だってただ震えて見てた訳じゃねぇ。コイツの触手は、動きが早いほど命中精度に欠ける。よく見れば大丈夫なはずだ。多少の怪我は覚悟しろ、俺。


 行くか? 行くぞ? ほら、行くぞ?

 くそぉ!! タイミングがわかんねぇんだよ!


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