1-35-1.対決の刻【陣野卓磨】
俺達が部屋から抜け出たすぐ後だった。
影姫と七瀬刑事が凄い勢いで部室から吹っ飛ばされてきた。
「ぐぅ!」
飛び出てきた二人そのまま廊下の壁に激突し、触手の様に伸びた指で押さえ込まれている。だが、その指は今までに見た指の比にはならないほど肥大化しており、大きくなった五指の爪は壁にめり込んでいる。
押し付けているのはウネウネと蠢き巨大な狂気と成り変った目玉狩りの脈打つ腕。
影姫は刀の腹で、伸びる相手の手をガードはしているが、そのまま体ごと吹っ飛ばされたようだ。影姫は七瀬刑事がクッションになって助かったようだが、壁と影姫の間に挟まれ押し付けられる形となった七瀬刑事は顔を苦痛でゆがめている。
「おい! ディスプレイは!? 壊したんじゃないのか!?」
相手の姿は部屋の中で、俺達が今いる位置の廊下からでは見えないが、目玉狩りが消えていないという事はそういう事なのだろう。
一時凌ぎにしかならないかもしれないが、ディスプレイを破壊しないといけない。腕だけしか見えていないという事は、まだ本体は出てきていないかもしれない。以前遭遇したときの事を思い出すと、指や腕はともかく本体のスピードはそんなに速くないはずだ。
しかし、俺にそんな事をする勇気は……。
部室の方へ視線を向けるが、影姫の静止の言葉が入る。
「駄目だ! ヤツの体が完全に外へ出きってしまった! 想定外の速さだ、今の私の力じゃ押し戻せない!」
ギリギリと音を立てる影姫の刃と目玉狩りの巨大な手。
「う、ぐぐががががあああ!」
刃を立て力を込めて、それを何とか押し返し弾き飛ばす。飛ばされ宙を漂う目玉狩りの手からは、切り傷から鮮血が溢れ出した。
「イタイイイイイイイ! イタイヨオオオオオオオオオオオ!?」
そして、それと同時に壁に押さえつけられていた影姫と七瀬刑事の体が廊下へと落下する。
「ゲホッ! ゲホッ! うっがぁ! なんて馬鹿力だよ! 全身が痛ぇ」
七瀬刑事は全身を壁に打ちつけたせいか、身動きがとれなさそうだ。
「ドコオオオオオオオオオオオオオ!? ムカエニキタヨオオオオオオオオオオオオオ? ドコナノオオオオォッォ? ミクリヤサントオオオ スザキサンモオオオオオオ ミンナアアアア イルヨオオオオオオオオ?」
血の滴る手をドアの縁に掛け、のそりと顔を覗かせると、目玉狩りがゆっくりと部屋から姿を現した。
出てきた目玉狩りの姿は以前見たそれとは変貌していた。
頭に詰め込まれた無数の目は触手の様に伸びて辺りを見回し、口は大きく裂けている。裂けた口から覗く歯はまるで五寸釘の様で外に突き出し、今にも飛び出してきそうだ。口から伸びた舌の先にもまた目玉がありその目を見開いている。そして肩や上腕にある妙な突起。
もはやそれは人の形ではなかった。文字通りの化け物。まるでゾンビゲームに出てくるクリーチャーの様な分けのわからない姿となっていた。
「恐らく天正寺を見つけことが引き金となって怒りが増幅されて、恨み辛みが頂点に達しているようだ。とりあえずは部屋に閉じ込められなかっただけでも幸いと思うべきか」
影姫がこちらに飛び下がりこちらに声をかける。
「いや、さっきあいつは〝コイツラ〟って言ってた……。天正寺だけじゃない、多分桐生もだ……自分を助けてくれなかった親友にも相当の恨みがあるんじゃないか……?」
「となると、卓磨も含まれてるかも知れんな」
「勘弁してくれよ……」
部室からは皆脱出したものの、ここは学校の部室棟の最奥である。今は運良く他の部員は一人も来ていなかったが、これから来ないとも限らない。そうなるとこの危険な状況に巻き込まれることになる。
しかし、違和感を感じた。これだけの叫び声や物音がしているにもかかわらず、誰一人として見にも来ないのだ。
どうなっているのかと思い、ふと窓の外を見ると辺りの異変に気が付いた。違和感の正体はこれか。外が真っ暗なのである。日が暮れたから暗いのではない。文字通り真っ暗、漆黒に広がる闇。
まだ沈みきっていないはずの夕日の明りも、遠くに点々と見えるはずの町の明りも、あるはずの外の風景が何も見えない。
「おい、外が!」
影姫も俺の声に気付き、チラッと外を見る。
「部屋から逃げられたから……増した憎悪に加えて領域が部室棟に繋がる校舎全体に広げたんだ。どうあっても逃がさないと言う事か」
影姫を見ると、冷静さの中にもどう対処するかと言う迷いも感じられる。
「ジャマア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」
目玉狩りの口から放たれる先程よりもけたたましいくおぞましい声。空気が振るえ衝撃を放つ。
と、その叫び声の直後、幾つもの物音が聞こえてきた。
バタバタバタバタバタバタバタバタ!!
開いていた近くの廊下の窓が一気に閉まっていく。同時に目玉狩りが放った衝撃波で、皆がそれぞれの方向へぶっ飛ばされた。
分断されてしまった。
目玉狩りの立っているオカ研部室の入り口を中心に、俺の側には桐生と天正寺、目玉狩りを挟んで向こう側には影姫と七瀬刑事と部長があちらにいる。
メンバーを見比べると、どちらかというとこちらがすごく危険である。戦えない上に狙われている人間ばかり。
しかし目玉狩りはというと、何個かの目玉はこちらに視線を向けているものの、まずは邪魔をする影姫を殺ろうとしているのか、本体は廊下の突き当たりに押し込められた影姫達の方を向いている。
「おい!大丈夫か!?」
俺の叫び声とほぼ同時に、目玉狩りの伸びた数本の指が影姫を襲う。
「大丈夫、と言いたい所だがこの状況では……」
俺の問いに目玉狩りの爪を弾きつつ、そう吐き捨てる。
……どういう事だ。勝てる見込みは薄いって事か?
「勝てる勝てないはともかく、前は追っ払ったよな!? 追っ払う事くらい……!」
「今私の着ている服が何か分かるか?」
キィンキィンととび来る爪を弾きながら、俺の言葉をさえぎり問いかけてくる。わかるかって聞かれりゃそりゃ分かる。制服だ。緑色の制服。学校に登校する時は必ず着用している霧雨学園の制服。
「わかるよけど、それがなんだよっ」
何が言いたいのか分からなかった。
制服に何かあるのだろうか。
「鞘がないんだ。鬼蜘蛛の……刀の鞘がないと力が完全に出せない」
俺には影姫が何を言っているのか一瞬分からなかった。




