1-34-3.アーカイブ【陣野卓磨】
「あ、うん。ゴホン……部長さんが何か言いたげですし、二人とも落ち着いてください」
そんな影姫を見つめる桐生と天正寺。
「お互い言いたい事があるのは分かりますが、それは用事が終わってから後でお二人でゆっくりとやってください。刑事さんも待たせている事ですし」
慌てて咳払いをして取り繕う影姫。その言葉に二人は冷静さを取り戻したのか、黙り込み席に着くと、部長の方に視線を移した。
七瀬刑事も床を見つつウンウンと小さく頷いている。
ひと時の騒音が止んだのを確認すると、パソコンに向かったまま何事も無かったかのように部長が口を開きはじめた。
「天正寺さん……貴方が書いたとか書いてないとか、そう言う問題じゃない……。私はその書き込み自体に関してはそれほど気にしていないけど、こういうサイトがあること自体が問題………………あっ」
部長が何かを思い出した様な声を洩らし、再びキーボードでなにやら入力し始めた。そして続くマウスのクリック音。
「……本家のサイトが無くなって見れなくても……アーカイブサイトという便利なものがあるのよ……グレゴルネットワーク社のアーカイブは優秀ね……掲示板すらも……」
え? アーカイブサイト……?
全てのホームページを時期ごとに保管されてるあの……それってまずいんじゃないか……?
部長の顔に照らし出されるディスプレイの明りが、白く明るいものから黒く暗いものへと変わっていくのがこちらから見ても分かった。
同時に、俺の中に不安が押し寄せてくる。
「映ったわ……これ……」
パソコンのディスプレイをこちらに向ける。四対三比率の旧式のディスプレイである。そこに映し出された黒を基調とした画面は、間違いなくあのサイトの掲示板であった。
見た瞬間、事件に関する様々な記憶が頭に蘇り視界がぐにゃぁっと歪む。
心臓の鼓動がバクバクと早く大きくなってくる。
何も起きないと自分に言い聞かせても、押し寄せる不安が消える事はない。
おい、嘘だろ、折角三島がやってくれたってのに……もう見る事は出来ないと喜んでいたのに……。
アーカイブサイトとか反則だろう……。誰だよこんな過去のホームページを記録するサイトなんて作った奴はよ……。これじゃあいくら消しても意味が無いじゃないか。
三島の努力が……なんてこった。
祈るしかない。本家本元でないと出現しないと祈るしかない。これはあのサイトであってあのサイトじゃないんだ。パチモンだ。偽物、虚像。言うなれば原本ではなくコピーなのだ。
その画面を見て手を震わせ、壁にかけられた時計を見る。しかし、運良く時間は十七時前後にはまだ遠い。大丈夫、大丈夫だ。時間さえずれていれば……。
影姫も何処か怪訝な顔になっている。
「おい、そのサイト……さっき俺のスマホでも見ようとしたんだが映らなかったぞ……やっぱ俺が間違えてたのか……いや、九条に言われて登録してたから間違いなんてあるはずがないんだが……」
見ると七瀬刑事もディスプレイをみて驚いている。
そうだ、もう通常は表示されないはずなんだ。桐生と天正寺はと言うと、俺や七瀬刑事の反応を見て何事かと皆の顔を見回している。
それはそうだろう。アーカイブサイトなんて知っている人間の方が少ないのだから。
再びディスプレイを見ると、表示されているのは学校裏サイトの裏掲示板。
皆がその画面に注目していると、バチバチッと激しい音と共に部室の電灯が点滅する。
部屋に漂う謎の圧迫感。今まで閉じ込められていた苦しみを押し付けてくるような重い圧迫感だ。それがひしひしと伝わってくる。
「な、なに?」
声を上げて驚いているのは天正寺だ。桐生も点滅する電灯を見上げて怯えている。
「チッ……来るぞ……」
影姫が舌打ちをして、ガタッと椅子を動かし立ち上がった瞬間、それは起こった。
建物が一度大きく揺れたかと思うと、徐々にパソコンの画面が波打ちノイズが走る。画面の両端から波のように押し寄せる黒い影、それに続き血痕のような赤い染みが画面に浮かび上がる。
そして、画面に映し出されていた掲示板が歪みきると、画面内の下から這うように現れた肌色の悪い手が、掛けられる。波打つ画面を突き抜けて、数本の指はもう画面の外に出ている。
あの時俺を襲った血の気の無い死んだような指が画面から出てきたのだ。
祈りは届かなかった。それにどういうことだ。時間も憶測をたてていた物とは全然違う。どうして、どうしてなんだ。
やばい。
やばいやばいやばいやばいやばいやばい!
〝皆殺し〟
その言葉が頭をよぎる。
部屋にいるのは俺を含めて六人。殺されるのだろうか。
嫌だ、死にたくない。何でまたこんな目に合わなきゃなんないんだ。
半開きになっていたドアも後ろでガタガタと揺れている。
ま、まさか……ダメだっ。ドアが閉まったら閉じ込められる。俺が部屋で襲われた時の様に!
ガタガタ! ガタッ!
ドアの閉まる音。誰も触っていないし閉めていない。もちろん自動ドアなんかではない。
引き戸のドアが自身を揺らしながら徐々に勝手に閉まっていく。
ドアが閉まるのを阻止するのが先か、ディスプレイを破壊するのが先か。
迷ってる暇は無い……が、迷う以前に、再び訪れた恐怖と混乱で足が震えて動かない。
だが、ここで震えて身動きとれずにいては駄目だ。アイツを認識しているのは俺と影姫だけなのだ。
影姫ならアイツに攻撃を仕掛けてくれるだろう。だとしたら俺のする事は唯一つ。
しかし、俺が決断をして立ち上がろうとしたのも束の間、ドアは震える速度を一気に高めて、僅かに見える廊下の風景を閉ざしていく。
ガタタッ!! ガタンッ!!
扉が閉まろうとする音に続いて、最後に鈍い音が響いた。
「いいいいいっでえええ! あだ! 超いてぇ!!!」
突然の叫び声。そこにはドアに思い切り腕を挟まれた七瀬刑事の姿があった。
俺が駆け出すよりも先に、七瀬刑事がドアに駆け寄り完全に閉まるのを阻止したのだ。




