表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第一章・初めての怨霊
11/613

1-2-1.目玉狩り連続殺人事件【七瀬厳八】

最終更新日:2025/2/25

「こいつはまた酷いな…」


  通報により最初に駆けつけた警官から連絡があり、俺、七瀬厳八ななせげんぱちが後輩の九条春人くじょうはるとと共に現場に駆けつけた。壁や窓に飛び散る血痕、床は一面血まみれだ。文字通り酷い、えぐい、えげつない――頭に浮かぶのは、そう言った言葉ばかりだ。こんな有様を言葉で表現するより、他に言いようがない。


「また〝目玉狩り〟でしょうか? ……いや、間違いないっスね、この遺体の凄惨なる状況。だとしたらこれで三件目ですねぇ。しかもこの一週間っていう短期間によくもまぁ……犯人も元気なもんですね。名だたるシリアルキラー達もビックリだ」


 隣にいる若い刑事が、興奮混じりに話しかけてきた。一緒に駆けつけた刑事で、俺とよく行動を共にする後輩、九条春人だ。九条は目を背けることなく、被害者の遺体を隅から隅まで凝視している――その瞳には、異常なまでの好奇心が宿っている。


「まだ決め付けるのは早いとは思うが……まぁ、状況からして恐らくは同一犯だろうな。前二件は世間にまだ遺体の状況等も公表されとらんし、やり口が全部一緒だ。模倣犯というのも考え難いしな」


俺はため息をつきながら、部屋を見渡す。薄暗い夕暮れの光が窓から差し込み、血まみれの床や壁に赤い影を落としている。その光景に、どこか不気味な気配が漂う――まるで、犯人がまだこの部屋に潜んでいるような、冷たい視線を感じる。


「しかし前の二件より酷いっちゃあ酷いっすね。この部屋に飛び散った血。恐らく状況から見て、被害者の血液でしょうけど、折ってもぎ取った足を振り回したー、的な感じっすかね。女子高生殺して狂喜乱舞でもしてたんすかね。いやー、酷い性癖だ」


 九条がどこか可笑しそうに、そう言いながら部屋の状況を眺める。俺の視線が、ベッドの上に転がる切断された足に吸い寄せられる。いや、断面を見ると、切断されたと言うより、引き千切られたと言った方が正しいだろう。もちろん、コレはマネキンの足じゃない。人間の生足だ――御厨緑みくりやみどり、霧雨学園高等部の女子高生の足だ。


 ここ最近、俺の署の所轄で、悲惨な事件が続いている。被害者の遺体は、今回の事件も含めて、皆同じ状態だ。両目をくり抜かれ、頭をカチ割られ、片足を折られている。その上で、今回の現場には血飛沫ちしぶきが飛び散り、鼻を突く生臭さで部屋が包まれている。異様な雰囲気ふんいきが漂い、俺たち警察の人間しかいないこの部屋に、犯人がまだ潜んでいるんじゃないかという、得体の知れない気配を感じる――この血まみれの空間に、どこか説明のつかない冷たい影が潜んでいるような錯覚が、背筋を凍らせる。


 関連すると思われる事件について振り返る。一人目の被害者は、今回の現場より少し離れた所に住むOL、大貫おおぬきまち。二番目の被害者は、今の現場と程近い場所で病気で自宅療養中の教師、小枝哲夫こえだてつお。そして、これが三人目の被害者、御厨緑だ。皆が同じ状態で亡くなっている。一件目の現場に急行した時、長年刑事をやってきた俺でも少し吐いた。こんな酷い状態の遺体を見たのは初めてだったからだ。でも、三回目ともなると、吐気も最初ほど酷くなかった。慣れというのは、怖いものだ――人の心を、徐々に麻痺させていくような感覚に囚われる。


 九条はというと、そんな素振りも見せず、平然とした顔で遺体や部屋の状況を熱心に調べ続けている。鑑識でもないのにあまり現場を触るのいただけないが、鑑識もあのありさまだ。鑑識を見ると、辛そうに青白い顔をしている――その表情が、血まみれの部屋の不気味さを一層際立たせる。一件目の現場からだ。この男の精神は常人とは違い、至極頑丈らしい。そんな九条を見て、初めてコイツが羨ましいと思ったほどだ――でも、その異常な興奮に、どこか不気味なものを感じる。夕暮れの赤みが、九条の瞳に映り、血のように不気味に輝く。


「先輩、これは怨恨えんこんでしょうかね。ここまで遺体を損壊するなんて常軌を逸してるとしか思えませんよ」


「まぁ、な……」


「それともサイコパス殺人!? 目玉を持ち帰って食べているとか!? 被害者の遺体の損壊が皆同じ箇所って事は何か意味があるんじゃないですかね!? 何かドラマを見ているみたいでワクワクしますよ。日本じゃ滅多にないですからねぇ、こんな凄惨な事件」


 メモ帳を手に取り、ペンを走らせながら、九条が目を輝かせて部屋を見回っている。殺人現場で目を輝かせる奴がいるか。


「アホか。御家族に聞こえたらどうする。それに、他の奴もいるんだ。変な推理立てて現場を惑わすんじゃない。中にはマスコミにいらん情報垂れ流す馬鹿もいるんだ。ったく……そういう発想が頭に浮かぶお前の方がサイコパスだよ。映画とかドラマの見すぎなんだ。プライベートはともかく、仕事中はちったぁ自重しろ」


 俺の言葉を聞き、顔をこちらに向けた九条の肩を押して、少し遠ざける。


「あはー、すいません、ついつい。配属以来、こんな事件はじめてなもので」


「初めてとかそう言う問題じゃないだろ。人としてのモラルがだな……」


「先輩はないんすか? 刑事にあれやこれや憧れて妄想抱いた事。僕はあるんすよねぇ」


 すいません、という九条の顔には反省の色は全く感じられない。それはまぁ、いつもの事だ。どんな遺体を見ても動じないのは刑事として羨ましいが、少々行き過ぎることがたまにある。


 平穏に定年退職まで過ごしたいと思っている俺と違って、こいつは何か大事件の捜査をしたいと日頃から言っているような奴だ。でも、事件など起こらないに越した事ない。町が平和で警察が暇なのが一番だ。俺はそう思う。


 しかし、そんな中この一連の事件は起こってしまった。短い間隔で、判明しているだけでも三人が悲惨な姿で発見されて亡くなっている。しかも俺のいる署の所轄でだ。忙しくなりそうだ。正直言ってだるい――その一言に尽きる。だが、この血まみれの部屋に漂う不気味な気配が、俺の心を冷たく締め付ける。どこか説明のつかない冷たい影が、この惨劇の裏に潜んでいるのではないか――そんな得体の知れない予感が、薄暗い夕暮れの空に浮かぶ。


「あと、先輩っつーなって何度も言ってんだろ。七瀬警部補だ、七瀬警部補! それか七瀬さん、だろっ! いつまでも学生じゃねぇんだから、呼び方くらいちゃんとしろ!」


「ああ、すいません。気をつけます、先輩」


 コイツは配属からもう何年も経ってるが、俺の言う事を聞く気があるのかないのか……。でも、この血まみれの現場に漂う冷たい気配が、俺の心をざわつかせる――この「目玉狩り」の背後に、理解を超えた何かが潜んでいるのではないか、そんな不気味な感覚が、夕暮れの赤みを帯びた血痕に映る。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ