1-30-4.胸糞【陣野卓磨】
「昔……だいぶ前だから、アンタも小学生だった頃だし記憶に残ってるか分からないけど、九年位前だったかな、隣の市で児童連続殺害事件あったじゃん」
俺自身はその事件に関して、幼かった事もあってか当事の事は詳しく覚えていなかった。
だが、近辺の市でそう言う事件があったというのは知っている。インターネットの動画サイトでその事件に関してのまとめ動画を見た事があるからだ。
児童ばかりを狙った連続殺人事件。
ある子は胸を一突きされ、ある子は体をバラバラにされ―――殺され方は様々だったようだが、残された証拠品などから犯人は同一人物と断定されていて、警察に追い詰められた犯人が最後は自殺したという事件だった。
自殺とは言うものの、詳しい事は公表されていないので分かっていない。警察の発表だけがその結果を残したのだ。
しかも、その犯人は被害者のうちの一人の父親であったとの報道もあったようだ。インターネット上では日本で起きた凶悪事件の一つとして多くの動画投稿者やブロガーが金稼ぎのネタとしてまとめている。
「その私の幼馴染の子も、その被害にあって殺されちゃってさ。それから私、小学校と……私立の中学に入学してからも、隣の市からの電車通学ってのもあって、なかなか仲のいい友達できなくてさ。ずっと一人だったの。そんな中だったわ、ここの高等部に入って一年の六月頃だったかな。学校の裏サイトの掲示板の存在知って、暇だったのもあったんだけど、興味本位で見に行ったの」
俺も影姫も無言で話しを聞く。
影姫はつい最近に目を覚ました所だから、天正寺の話を聞いても知らない事も多いだろう。だが、チラリと影姫の方を見ると興味深そうに耳を傾けている。
「私が一人、スマホでそのサイト見てたらさ、色々書いてあったわ。みんなの黒い部分。私も寂しい事からの苛立ちを紛らわす為に、あることない事書き込んだりしたの」
いよいよ俺の質問に対しての本題に入ると言った所か。
「嘘を広めるのは良くない行為だな」
影姫がボソッと口を挟む。
「……だって、どうせあんな所に書いてるのってみんな私怨や出鱈目ばっかりでしょ? 私が書き込みをした所で、皆が信じるとは思えなかったし。……でも、そしたら書かれた人や見に来てる皆が反応してくれるの。それが楽しくて、嬉しくて……どこか、私は人と繋がってるんだって気がして……」
「ネットの書き込みに反応があったら嬉しいってのは俺も分かる。でも、そうだったとしてもあんまりあんな所に書き込みはな……中には信じる奴だっているんだ。それで迷惑被る奴もいる」
俺もインターネットの巨大掲示板郡はよく覗く。
喧嘩してたり罵り合っていたり、中には情報を出し合っていて有益なものもあるが、書いてある事が本当かどうかなんてのも分からない。まんまと釣りに引っかかってブラウザクラッシュを踏まされて苦い思いをした経験もある。
だが、俺はいつも見るだけで書き込んだ事はない。
「そしたらさ、緑からいきなり連絡来たの。あの子、その掲示板の管理人で、どうやったか知らないけど私のスマホの情報抜いててさ。……多分、ロックかけてなかったし、私がスマホ置きっぱなしにして席外した時に勝手に見たんだろうけど……それで、緑や美里と付き合い始めたのはその頃からよ」
昔からの知り合い、と言う訳ではなかったのか。気がついたらいつも三人でつるんでいたのでそれも初耳であった。
「で、掲示板に色々書き込んでたのバラされたくなくて、しばらく二人とつるんでたんだけど、やっぱり何か二人ともどこかよそよそしくて。二人とも私を立ててくれるんだけど、なんていうか……私の親がお金持ってるから金づるにされてるみたいな感じがしてさ」
こいつも色々と苦労してるんだな、と少し思った。
俺は貧乏だから金づるにされる気持ちは分からんが、やはり嫌なものなのだろうか。
だが世の中にはやって良い事と悪い事がある。コイツは悪い事をかなりしてきた。同情する余地はない。
「それで、しばらくそんな関係が続いて、それから少しして桐生さんと伊刈が幼馴染だって知ったの。二人とも見てたらホント仲良くてさ。凄く羨ましかった。私が失ったものを持ってて。そう考えると同時に、すっごいイラついて。見てたらその関係を壊したくなっちゃって……」
天正寺の言葉が詰まる。話し方からして後悔はしているのかもしれない。
「んで、ああいう事してたわけか」
「はじめはそんな事しちゃいけないって自制は効いてた。でも、私の視線とか表情とか見て二人が『ムカつくならやっちゃえば良いじゃん』って……もちろん、それで箍が外れて行動に移しちゃった私が悪いと思うし、二人だけに全ての責任を押し付けるつもりもない」
理由なんて単純なものなんだな。仲がいいのが羨ましい。嫉妬。ただそれだけ。何かをされたと言う訳でもなく、それ以外の理由は何も無い。そんな単純な理由で一人の人間をあそこまで追い詰めれるものなのか。
「やってる時は全部忘れられたの。緑も美里も、金づるを失いたくないのか言った通りに命令聞いてくれるし、それで、いつの日かそれが癖になっちゃって……」
「考えを改めようとか、どっか途中で思わなかったのかよ」
「それが……今思うと、緑と美里がどこか……私が伊刈さんを虐める様に仕向けてたんじゃないかって……それで私、ちょっと考え直そうって思いはじめても、すぐにそんな考えかき消されちゃって……」
「それで……その、先輩等に犯させたとか言う噂もあったけど……」
この際だ。全部聞いてやる。
知った所でどうなるものでもないとは思うが、この際、洗いざらい吐いて貰おう。
「ホントよ。でも、途中で逃げたみたいだけど……」
「マジかよ」
自分から聞いたことだが、聞いていると段々と胸がムカムカしてきた。
「その先輩なの……日曜日の事件あったでしょ? あそこで殺されたうちの生徒、野球部の四人、あれがその先輩で……緑に美里に小枝に大貫先輩に、野球部の先輩達に……どんどん関わった人が殺されていって……」
「小枝もかよ……大貫って人は知らないけど」
「ええ、死んだ小枝も、理由付けてあいつに伊刈の胸揉ませたりした……大貫先輩は美里の先輩で、この学園の卒業生で……その人が仲介してパパ活まがいの事させたり……」
「そんな事までさせてたのかよ。パパ活って、ようは援助交際だろ」
「私はさすがに、親とかにバレた時が怖くなって、そこまでするのはって言ったんだけど……もう、エスカレートしてて止められなくて……幼馴染の嫉妬とかどうでもよくなってて……でも、それも伊刈逃げたって。私達その後その先輩に怒られたから……」
そこまで話し終えると、少し沈黙の時間が訪れた。
影姫も話を聞いていて相当険しい顔をしている。
しかしマジなのか。虐めどころじゃない。本物の犯罪だ。脅迫強要、援交もマジなら未成年淫行もある。そこまでやられたら誰だって自殺したくなるだろう。俺は本当にこいつに助けの手を差し伸べるべきなのだろうか。
部長だってコイツのやってきた事を知っていたら、連れて行った所で助言なんてしないんじゃないんだろうか。
「その大貫先輩も、つい最近死んだって聞いたの! 緑や美里と同じ様な姿で! 小枝も死んだじゃない! もう、次は私だって思うと怖くて……っ!」
やはり聞くんじゃなかったな。胸糞悪い話だった。
影姫も最後の天正寺の訴えを耳に入れてどこか暗い顔をして目を細めている。前に俺が影姫に話た内容よりも酷い話もある。今の話を聞いていい気分はしないだろう。
俺が返事もせず歩いていると、天正寺もそれ以上語ることはなかった。そして、それから少し歩くとオカ研の部室の前についた。久しぶりの部室だ。ドアについているすりガラスの窓から覗く部屋の中は薄暗く、誰かが部屋の中にいるかはわからない。
随分と長い間部活はサボっていた。
いつぶりだろうか、ここに来るのは。




