1-30-2.呪いなんてものは【陣野卓磨】
影姫から目玉狩りに関して何か言われ、脅されたのかもしれない。
「何だよ急に。影姫に何か言われたのか?」
「えっ……私と影姫さんが話した事、知ってるの?」
「……やっぱりか。だったらもう何もないだろうから、あいつの言った事は心配すんなよ。それと、さっきも言ったけど俺はオカルトとか迷信とか都市伝説とか、そういう眉唾物の話は信じてないから」
口ではそう言ったものの、実際は少し信じ始めている部分もある。
ここ数日で色々体験してしまったからだ。
影姫の存在、目玉狩りの存在。そして前に見た過去の映像。信じ難いが、いざ実際に体験してしまうと、今までの常識が崩されていく。
俺はそう言って手を振り払おうとするも、思いのほか強く手を捕まれていた為に、情けない事に振り払う事が出来ず手を捻ってしまった。
結構な力で掴まれている。捕まれている部分から熱が伝わってくる。女子の手はあったけーなー、なんて思う所もあるものの、何を考えてんだ俺は。
「あんたじゃなくてもいいから。当たり前かもだけど、呪いとかそういうオカルトじみた事に詳しい人が知り合いにいなくて。ちょっと、聞きたい事があるの……」
そう言うと俺の手を開放する。心なし言葉の最後の方、声が震えていた気がする。表情も暗い。一年の時クラスメイトだったということしか接点はないが、こいつのこんな顔は始めて見た気がする。
「じゃあ、金田か紅谷に聞けよ。あいつらもオカ研だし」
「あの二人はちょっと苦手で……ほら、話しかけづらい雰囲気あるじゃん?」
「まぁ……それは否めないけど」
金田と紅谷の姿を頭の中に思い浮かべる。二人は俺と同じくオカ研に所属しているのだが、天正寺が言うとおり絡みづらい人物だ。どういう人物であるかは、今は割愛するが。
「ちょっと色々聞きまわってて、七瀬から聞いたの……。あの子の父親、刑事でしょ? 事件の事を電話で会話してるの聞いたんだって。それにあんたが緑の事件現場目撃したってのも烏丸さんから聞いたの。だったら緑や美里の事件の事、何か知ってるんじゃないかと思って……。二人の遺体、頭が割れてて、足を折られてて、目潰されてたんでしょ? それってさ……まるで……まるで……」
喫茶店で話していた話だ。影姫から何か言われてこいつも自分なりに調べてたって事か。
「伊刈の遺体みたいだったってか?」
「う、うん……」
「自分もそうなるのが怖いってか?」
俺も伊刈がどんな状態だったかは噂で聞いている。コイツの場合は実際に見た可能性も高い。
俺がそう言い返すと天正寺は黙り込んでしまった。
沈黙する天正寺の表情が一層曇っていく。図星だったか。
正直言えば、三島という偉大な男の手によって目玉狩りはネットの海に封印されたのだ。もう出て来る事も無いだろうからこいつが襲われる事も無いだろう。
だが、伊刈が虐められていた恐怖を考えると、コイツにその事を知らせないでしばらく怖がらせるというのも制裁になるかもしれない。
「天正寺さん、呪いなんて本当にあると思ってんの?」
黙りこむ天正寺に質問をぶつけてみる。
この質問の答えは……ある。間違いなくある。俺はそれを見て体験してしまったからそう断言できる。だが、知らない奴は知らないままでいい。無闇やたらに相手を怖がらせる必要はない。
掲示板さえ見なければ何も起こらないし、呪いを体験する事もないだろう。そしてその掲示板ももうない。
しかしコイツは別だ。一度死ぬような恐怖を体験した方がいいだろうと思う。
虐めに関わっていて生き残ったコイツだけがそういう体験をしないというのは不公平だ。
「信じてないし信じたくない。でも、今は安心がほしいの。殺された二人のそんな姿を聞いて……こんなこと、親とか先生とか相談できないでしょ? 誰に相談していいかも分からないし……もとより、私の相談乗ってくれる人なんて今いないから」
そうだろうな。
「回避できる方法があればそれで安心したいの。私は生きていられるって!」
面倒臭い。本当に面倒臭い。
本心ではこれ以上関わりたくない。だが、思わず口から洩れてしまった。
「あのさ……天正寺さんさ。俺はお前とあんまり関わりたくなかったから、あんま言いたくなかったけど……なんつーか、よくそんな事いえるよな。去年一年間、散々伊刈さんの事……なんて言うか、あんなことしててよ」
「それは……」
天正寺が俺の言葉を聞いて口篭る。
「……んで伊刈が死んで、噂通りの姿で御厨さんと洲崎さんも死んでたって分かってさ。でも、次は自分が狙われそう、私だけ生き延びたい、自分だけ許されたいってか? いくらなんでもそれはちょっと虫が良すぎるんじゃないか。こういう事言っちゃあれだが、伊刈を虐めてた主犯格って御厨じゃ洲崎じゃなくてお前なんだろ? 表立っては言う奴いないけど、皆知ってるぞ」
あまり関わりたくないし、早く開放されたい。きつい言葉で付き返そうとする。
これだけ言えば引き下がるだろう。
……俺はこんな奴だったっけか。こんな言葉を放つ奴だったか。言葉を吐いた後に少し後悔する。天正寺に関わっている事で、自分の心も黒く染まっていくような気がする。
「……」
天正寺は俯いて黙り込む。微妙に肩が震えているのが分かる。
泣いているのか? 怖いのか?
俺だって怖い。すごく怖い。もうあんなのと対峙したくない。泣きたいのはこっちの方だ。
しかし、女の涙というのは強いものだ。しかも泣く姿など想像もできない気の強い天正寺が泣いているのだ。床にぽたりと落ちた涙を見ると、俺もさすがにどうしていいか分からず心が折れた。
横を通り過ぎていく他の生徒の視線が気になってしまう。
「……あ、あー、すまん、言いすぎたかも知れん……」
「……ホントの、事だから……私は……」
何とか搾り出した様な小さな声が天正寺の口から漏れてきた。
「……分かったよ、部長に説明して取り次いでやるから。でも、俺はそれで帰るからな。俺がやるのはそこまで。あとはそっちで話してくれ。あと、あんま期待すんなよ。今の部長、ホント他人事には無関心だから」
「ありがとう……」
仕方がない。そこまで。俺がやるのはそこまでだ。
これで俺はもうこの一件から完全に身を引くのだ。
それが終わったら、急いで帰って二次元の世界に飛び込むんだ……!
「話は終わったか。じゃ、行こうか」
背後から唐突に聞こえる声。
「へっ?」
驚きと同時にビクッと肩が震えてしまう。振り返り声がした方を見ると、そこには影姫が立っていた。
「い、いつからいたんだ」
「卓磨が手を振り払えなくて赤くなってる所からだ。私はいつでもお前の背後にいるぞ」
「お前は背後霊か……」
「フヒヒ。あまり女を泣かせるなよ。まぁ、意外とハッキリとモノを言う所には少々感心したがな」
掲示板が消え、今日一日何も無かったこともあってか、影姫も表情が若干緩んでいた。




