アイドルカツドウ……002
23:47。
『外』から戻ってきたカグヤと共に、ナギは近場の雑居ビルの中にいた。
大鏡のあるレッスン室だ。アイドル時代のカグヤが使っていた部屋なのだろうか? そんなことを考えるナギはジャージ姿だ。ちなみにジャージの色は白。
「じゃ初日だし、とりあえず曲に合わせて踊って見せてもらおうかな」
同じくジャージ姿のカグヤがそんなふうに切り出す。
「えっと……どうしてもやらないと、だめ?」
そう尋ねるナギに、カグヤは虚を突かれたような顔をする。
「……まさかとは思うけど、踊らないアイドルとしてプロデュースしろとか、そんなふざけたオーダーをする?」
神を超える願いは叶えられない、とでも言いたげな雰囲気だ。
ナギは首を振って、
「そっちの自信ない。歌うのは好きだけどさ……」
「……ふぅん」
カグヤはちょっとだけ大人びたような、そんな不思議な表情で頷く。
「いいよ、自信なくても。とりあえず踊って見せてよ」
対するナギは、不満たっぷりのこどもっぽい表情だ。
「えー?」
「きみが自信を持てないなら、それをつけさせるのもおれの仕事だから」
爽やかな顔でそう言い切る。
歯の浮くようなセリフではあるが、ぐうの音も出ない正論だった。
「……まぁ、そんなに言うなら……」
しぶしぶと言う。
拡張視界の中、レッスン室の背景音声を呼び出す。現在は『なし』になっている箇所を選択すると無数の環境音・音声ファイルが出てくる。タブを『パブリック』から『プライベート』に切り替え、自身の〈ナノチップ〉を介して保存してある曲を選択。
すると部屋の中、エイトビートの曲が流れ始める。アイドルの間で振り付けの課題曲のひとつと言われる有名な曲だ。
大鏡の前に立つ。カグヤに向き直る。
「笑ったら、どうにかして、ぶつから」
「〈ルナレイヤー〉下で暴力の宣言とは物騒なアイドルだな……笑わないよ」
苦笑するカグヤから視線を外し、曲に合わせてステップを刻み始める。
ナギはステージに立った経験こそあるが、それはシンガーとしてだ。その時だって踊ることはなかった。そりゃ、曲に合わせて身体を揺らすくらいのことはする。けれど他のアイドルがするような、歌って踊るステージとは程遠い物であった。
ナギは歌うことが好きだ。そこに『踊り』という要素を足してしまったら、少なくとも息切れというノイズは入ることになるし、歌としての完成度を損なうと考えていた。歌が好きな分、『踊り』という表現にはあまりピンと来ないのが正直なところだった。
とは言え、さすがに授業で習うダンスをサボるような真似はしてこなかった。
お手本さえあるなら、曲に合わせて身体を動かすことくらいはできる。
(案外才能あるのかも? さぁわたしの踊りはどうよ、かぐや姫さん?)
その結果――、
「零点な」
「ぎゃぼー!」
ナギはプロデューサーから血も涙もない言葉を賜った。
「大いに意義ありよ! 自信ないって言ったじゃん!」
元トップアイドルだ、レッスンがスパルタ方向になるのは覚悟の内。けれどこの理不尽な評価って如何なものなのだろう? ナギは結構な剣幕でカグヤに詰め寄る。
「普通さ! どこが悪かったとか! そういう指摘をして! いくものじゃないの!」
一方のカグヤはと言えばすました顔で、
「や、だってあまりにも見どころがなかった物だから……」
「みッ!?」
平気で心を折るようなことを言ってくる。
見どころがない。
アプロディースされる少女にこれ以上ショックな評価はなかった。
「……わたし明日学校休むかも」
大鏡に映る白いジャージ姿のナギ。自分の瞳から光が消えてることに気づいてビックリ。アイドル志望の少女に死んだ魚の目をさせるプロデューサーとは一体なんだろう。
「んー、そうだなぁ」
カグヤは顎に手を当てて、少しの間考える素振りを見せて、
「振り付けって、曲に合わせて踊って見せることだよね」
「はぁー?」
なに当たり前のこと言い出すんだこいつ、みたいな顔でナギはカグヤを見る。
「決して授業で習ったことを再現して採点してもらうことじゃないよ」
「意味わかんないんだけど? 習った物以上ができるはずないじゃん? 精神論? 宇宙開拓時代のローティーンに根性とか求めちゃうの? ハッ」
口調まで荒んできてアウトローっぷりに拍車をかける。
カグヤはそんなナギを見て苦笑し、
「……オーケー、少し話そう」
レッスン室の床に腰掛け、目でナギに座ることを促してくる。
(ふんっ……零点で見どころのないわたしに何を話すって言うのよ)
内心で拗ねながらカグヤに向かい合うようにペタンと座り込む。
「はい」
カグヤはドリンクを差し出してくる。受け取って喉を潤す。癪だが美味だ、お礼なんて言わないが。「ぷは……」口を離すのを見計らったようにカグヤは話す。
「きみはさ、アイドルの一番重要な武器ってなんだと思う?」
また随分とふわっとした抽象的な問いかけだ。訝しみつつも、元トップアイドルの設問にナギは答える。
「……それは、もちろん……歌。心に届くような歌でしょ」
「残念だけど違う」
「え?」
カグヤは人の良さそうな顔の中、大真面目に言う。
「アイドルに一番重要なもの。それは」
「……それは?」
上半身をちょっとだけ乗り出して聞く体勢を取る。
「オーラ」
「わたし明日学校休むわ……」
真剣に聞くつもりだったのにふわっとした回答。水を差された気分だ。
カグヤはそれを「まぁ、まぁ」とたしなめて、
「一応まじめに言ってるよ。聞く気は?」
「話せばぁ?」
「すげぇおざなりな返事だ」
レッスンを受ける立場とは思えない受け答えにカグヤは苦笑する。
「オーラっていうのは、要するに雰囲気のことだよ。ランクの高いアイドルたちってみんな、独特の雰囲気を持ってるって思わない?」
「……………………」
そう言われるとまぁ納得できないでもない。曖昧に頷く。
「じゃ次。その雰囲気を作るのは一体なんだと思う?」
ナギは大鏡を見てみる。白いジャージ姿、ぺたんと女の子座りをした自分。
――要するに、ここに足りない物はなにか。
今回の設問はきっと、そういうことなのだとナギは思う。
白いジャージ。ウェーブがかった髪。面白くなさそうな顔を浮かべた自分……穴が開くくらいに自分と見つめ合って、ピンと来る。
「……笑顔って言いたいの?」
「おっ。意外にすんなり出たね、それがまず第一」
正解だったようだ、ちょっとだけホッとする。
「笑顔に、それから服装を含めた容姿が、アイドルのオーラを作る。見ていて明るくなるような笑顔を浮かべたアイドルでも、姿勢が悪かったり、着てる服がパジャマだったりしたら、ちょっと『えー?』ってなるでしょ?」
これには素直に頷ける。ナギは「……まぁ」と答える。
そういったものをひっくるめて雰囲気、オーラと呼ぶのだとしたら、まぁ納得できる。
「ここからが問題だけど、オーラをまとえてないアイドルの歌を誰が聴こうって思う?」
「う……」
まずアイドルに必要なのは笑顔や容姿を前提とした雰囲気、オーラ。
それが欠けている相手の歌を、ナギ自身は聴きたいと思うだろうか? 死んだ魚の目をした少女に歌とか期待できちゃうだろうか……?
耳の痛い話。
「でも、その。たとえば偶然耳にした歌がよかったら、立ち止まってステージを見るわ」
「ああ、わかるわー、あるある」
「で、でしょ!」
「うん。で、その後がっかりするんだよ。『せっかく歌はいいのにもったいない』って」
「……………………」
ぐうの音も出ないことを言われる。
(……あぁ、たしかに……)
ナギは内心、思うところがある。あまり歌が上手くないけど、不思議とステージを見たいと思えるアイドル。覚えがあるのだ。それってカグヤの言うところの『オーラがあるアイドル』ってことなのだろう。
言われてみればその逆……歌から好きになったアイドルというのは、少なくともナギは経験がない。
「……言いたいことは、わかった」
「わかってくれて嬉しいよ」
「でもわたしの振り付けに見どころがないって言葉、どこに関係があるの?」
「わかってくれてないみたいで悲しいよ……」
カグヤは爽やかな笑みと聞き分けのない子に言い聞かせるような笑みとを交互に作った。
「能面みたいな顔で授業で習ったこと『しか』しない振り付けのアイドルってどう思う?」
「見どころがないんじゃない?」
即答してやる。カグヤは苦笑して、
「どうすれば改善する?」
「どうって……」
そこまで言われてやっと気づく。
はじめ、カグヤはなんて言っていたか。
――振り付けって、曲に合わせて踊って見せることだよね――
――決して授業で習ったことを再現して採点してもらうことじゃないよ――
そう言っていた。
では、歌や振り付けはなんのためにあるだろう?
カグヤのレクチャーを聴いた今、ナギは即答することができる。
ステージのためだ、逆はない。
そしてステージは、見ている人を楽しませるために存在する。
なるほど人を楽しませる気のない振り付けに、見どころなど存在しないだろう。
じゃあどうすれば改善できる? ナギは自問する。
答えはすぐに出た。
「もう一回」
「オーケー、踊ってごらん」
今度はカグヤの心を動かせるように祈りながら、ステップを踏んだ。
違いはたったそれだけ。
一曲通して踊り終え、息を整えるナギに向けてカグヤは言う。
「たとえば同じ曲を同じ振り付けで踊っても、それって『そのアイドルの』振り付けになる。同じ曲を違うアイドルが歌えば『そのアイドルの』曲になるのと同じようにね」
そう言って。
元トップアイドルであるカグヤは、ナギに向けて、両手を打ち鳴らして見せた。
ぱちぱち、ぱちぱちと。
「…………、……………………ふんっ」
ナギはそれを受けて、そっぽを向いて応える。
顔が赤いのはきっと息が上がってるせいだ。




