表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月面上のアリア  作者: 七緒錬
第一章 月面上の少年少女
7/34

月面上の少年少女……007

「――見せたいもの? その為にこんな時間までおれを待ってたのか?」

「そうよ! ふあぁっ……眠くなんてなってないわよ、キレッキレよ」

「……そっか」


 時刻は22:45。いつもならそろそろ歯を磨いて眠る準備をする時間帯。ナギは眠い眼をこすりつつ、拡張視界の中で動画ファイルを探る。


 ……あった、これだ。


「見て」


 ナギは動画ファイルを人気のない路地にホログラム投影する。

 それはとあるアイドルのライブステージだった。


 セミロングの髪を踊らせてステップを刻むアイドル。身を包む衣装はシスター服調の衣装で多段のフリルが眩しい。〈ルナレイヤー〉が実現する、光の表現を身にまとって歌って踊る妖精のような存在……


 かつて一世を風靡したトップアイドルだ。二年前に引退をしたとはいえ〈リュウグウ〉で知らない者はいないだろう。ナギはそんな有名なアイドルのホログラムを指差し、


「――彼女は(・・・)あなたね(・・・・)?」


 そう言った。


 ……そのアイドルは『カグヤ』とは違う別の名前で呼ばれている。


 しかしこの月面都市のアイドルと言うのは非常に身近な存在だ。アイドルネームを登録することで誰でも輝く機会を手にすることができる。それを利用すれば――別人を装ってアイドルになることも、できるだろう。


 中性的な顔立ちで絶大な人気を誇るカグヤ。

 かつて引退したトップアイドル。

 骨格、声、身体つきなどを確認し、ナギは同一人物という確信に至ったのだ。


 ――月面都市で最も外に近い少年の、秘密。


(さしづめ〈リュウグウ〉のかぐや姫ってわけね! 男だけど! ククク……)


 クリティカルな弱味を握ったと、そう確信した。

 カグヤは果たして、


「照れるなぁ」


 とだけまんざらでもなさそうな顔で答えた。

 ……照れるって。


「は……はぁっ? それだけ!?」


 有り体に言って女装だ。ナギの倫理観からするとかなりナイーブな物言いが必要になる。しかしそれを告げられたカグヤは、


「懐かしいなぁ。よく見つけたね?」


 朗らかに言うのだ、褒めるみたいに。


「……っ……、ステージの利用者は……ログが残る」


 アイドルネーム、それから皮下に埋め込まれた〈ナノチップ〉のデバイスID。

 前者はいくらでも成り代わることができるが、後者は不可能だ。


 都市の『外』に出る生徒会長カグヤが怪しいと踏んだナギは、彼のデバイスIDを控えていた。ログが残るロケーションを見つける都度、そのIDがないかを調べるようにしていた。

 そのストーキング的試みは、ステージのログという大物を釣り上げたわけだ。


「……どれだけ本名とかけ離れたアイドルネームを使って着飾ってステージに立ったって、ログに残ったデバイスIDは……隠せない!」


 気を取り直し力強く指差してみる。推理を終えて証拠を並べて真犯人を指さす探偵のようだ。思わずドヤ顔になる。

 指さされたカグヤはしかし、


「隠してないけどね」


 そっけなく言い放った。


「ほえぇ……?」


 ナギはきょとんとして、


「……本名じゃなくて、アイドルネーム使ってるのに?」

「だってせっかく変えられるなら、まぁ変えてもいいかなーって思うじゃん?」

「そんなもったいない精神、みたい、な、理由、で……?」

「うん」


 あっけらかんと言うものだから困ってしまう。


「ちょっ……と待って」

「? いいけど」


 ナギはカグヤに背中を向けて考える。

 ……弱味を握ったつもりだった。これを利用して月面都市の『外』に関わる情報を聞き出すつもりでいた。しかし別に隠してないとか言ってくる。


「……………………」


 ちらり、と肩越しにカグヤの顔を見る。


 銀髪の少年。見れば見るほど中性的に整った顔。知らなければ性別を間違えてしまうだろう。そんな顔にどこか少し疲れたような陰がある。……『外』で何をしているのやら。

 なんにしても、少なくとも弱味を握られて困っているようには見えない。


 隠してない、という言葉は事実なのだろう。

 となると――

 うん、と――


(……あれ? わたし、顔が割れた分、損じゃね?)


 気づいたナギの顔色が変わる。

 深夜に近い夜、人気のない路地で少年のことを待っていた見知らぬ少女。

 すげーインパクトだろうなぁ、とナギは冷静に考える。


(……な、名前までは明かしてない。さっさと切り上げた方がいいかも?)


「あー、ナギ=シフォン=テラサキさん? 送っていこうか?」


 名前バレテーラ!


「どっ…………かで会ったこと…………ある、あります、っけ?」


 だいぶ挙動不審になりつつナギは尋ねる。


 カグヤはきょとんとして「ないよ。……あ、名前わかったのが不思議? 視界内で〈ルナレイヤー〉に接続してる相手の名前は照会できるんだよ。凝視してみ」なんて言ってくる。


 初耳だ。ナギはカグヤを見つめてみる。カグヤ=ウエマツ=マクブレイン、という文字が拡張視界に浮かび上がる。ほんとだ、勉強になるなぁ……


 向こうの方が何枚も上手だ。ナギは涙目になりそうだった。


(顔も名前もバレてる! なんてこと……わたしとしたことが!)


 意外と自己評価の高いお茶目なナギだが、このボロボロの流れで開き直って『外』で何をしていたのかと問い詰めるのは流石に避けたい。なんとか切り抜ける術を探す。


 バレてるもの。顔と名前。カグヤのアイドル時の姿を知っているということ。


(……そうか、それなら)


 いけるか? ……この場はしのげそうだ。少なくともリスクは薄い。

 ナギ=シフォン=テラサキはそう判断し、まっすぐにカグヤを見つめる。


「……っ、」


 カグヤは存外に澄んだ瞳をしていて、思わず息を飲む。

 その瞳の持ち主が――『外』に一番、近い人間なのだ。


「わ、わたし……を……」

「うん?」


 気を取り直し、月面都市の生徒会長に向けて、ナギは言った。


「わっ……わたしをプロデュースして!」




 したっけさ、オーケーすんだもんよ……


 ナギは生徒会役員にカグヤという面々との食事中、昨夜の記憶を思い出し、なんとも言えない気持ちになった。

 まさか快諾されるとは。


(ほんと、なんなんだろう……この生徒会長)


 考えが読めなさすぎてナギは困惑するばかりだった。


 ナギは歌うことが好きだ。独特のアイドル文化の根付いた〈リュウグウ〉の中、そうした少女がステージに立って歌うということは頻繁に行われている。名のないシンガーという立場で人前で歌を歌った経験を持つナギにとって、かつてのトップアイドルのプロデュースというのは――


(正直、興味、なくはないけど……)


 何より、彼との接点を得たのは事実だ。

 棚からぼた餅というか、瓢箪から駒というか、犬も歩けば棒に当たるというか……いや最後のはちょっと違うが。


 とにかく予期せず得た意外な結果だ、決して無駄にしないようにしなければ。


「……でさ、セトリなんだけどさ……」

「……ほんとに? 楽しみとしか言いようが……」

「……先輩たちとはホント趣味合うっすね、私も……」

「……いい曲ですよねぇ、自分も好きです……」


 好きなアイドルのステージを楽しみにする生徒会の面々の声。

 耳にしながら、ナギはちいさく片手を握りしめる。


 月面都市〈リュウグウ〉。

 月面学園都市とも呼ばれるドームの中。

 全部で四三〇〇人の仲間たちは、この瞬間も〈ルナレイヤー〉の生み出す物を、なんの疑いもなく享受している。


 大人のいない、都市の中で。

 こどもだけの――ちいさな都市の中で。


 大人が生み出した管理AIたちに見守られながら。


「……………………」


〈ルナレイヤー〉……それが本当に好意の末に作られた物なら構わない。

 けれどそこに冷たい意図が沈んでいるとしたら?


 ぞっとする。なにせ〈ナノチップ〉によって五感を握られているのだ、四三〇〇の命など思うがまま支配することができるだろう。

 無自覚のまま生殺与奪の権利を仮託している幼き生命たち……


(……誰も巻き込まないように)


 ナギは思う。


(いざとなった時、抗えるように、行動するんだ。たとえひとりでも)


 疑うことを知らない生徒会の面々の声を聴き、隣に座るカグヤのことを強く意識しながら、ナギ=シフォン=テラサキは決意を新たにする。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ