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月面上のアリア  作者: 七緒錬
第一章 月面上の少年少女
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月面上の少年少女……006

「けっとしぃのステージ、もうすぐだねー」「どーしよ! 今日から眠れないくらい楽しみ」「わたしもー」「わかるー」「ねー、楽しみ過ぎる!」


 モール街は昼食を摂りにきた生徒の喧騒で満ちている。多くはグループで行動していて、ナギのようにひとりで訪れている人間は稀だ。

 もっともナギはそのことに居辛さのような物を感じることはなく、


(今日は何にしよう)


 なんて考えながら軽やかな足取りでずいずい進んでいく。


〈リュウグウ〉での食事は皆、このモール街を利用する。口に運ぶのはみな同じ月面の保存食である〈ルナレーション〉だが、〈ルナレイヤー〉の世界ではいささか異なった物に変わる。


(トルコ料理……は昨日のお昼に食べた。中華……って気分でもないし……)


 栄養も食物繊維も採れる固形の万能食品は〈ナノチップ〉の干渉により、その食感をあらゆる物に変えることができる。これによって加工前食品……野菜や肉類を再現することで、月面上でありながら料理を楽しむことができるのだ。ハンバーガー、トルコ料理、中華料理、ふぐ刺し、ジンギスカン鍋、ロコモコ、ラーメンや寿司にうな重など、無節操なほど幅広い。


 人は食にゆとりを持てるとストレスを感じづらくなるという。月面上で生活する人々にとって、このセミバーチャルの食文化は必須だった。


(……それだけ〈ナノチップ〉に身体を委ねてるということでもあるんだけど)


 月面での生活に密かな疑いを持つナギ。複雑なもの感じるが、ちいさくため息を吐く。


(ま、食べないと戦はできないし。恩恵を受けてやろうじゃない)


 月面都市〈リュウグウ〉の中では調理その物が娯楽として受け入れられている。

 都市のあちらこちらにいるアイドルと同じくらいには人気だ。

 とは言えアイドルのそれとは違い、人間の胃袋を満たすという明確な目的が存在する。


 人間の胃袋とは言うまでもなく有限であり、一日に消費される〈ルナレーション〉には物理的な限界がある。モール街で日々切磋琢磨しあう店舗にはどこで食べてもおいしいという最高に贅沢な問題が生まれ、


「うー。ほんと、どこで食べようかなぁ……」


 この日のナギのような空腹でさまようストレイシープが生まれたりもする。食事処の看板を目移りさせているナギの目つきと、くう、とちいさく鳴るお腹の音には結構なギャップがあった。


 そんな時だ。


「ナギ=シフォン=テラサキ」


 背後から声。フルネームで呼ばれたナギは「ほえ……?」と気の抜けた感じで振り返る。中等部の四人の生徒会メンバーに挟まれる形で、銀色の髪を後ろで括った少年の姿。

 少年は笑って、


「よければ一緒にどう?」


 そう言って近場の食堂を指差した。


「あ、ぇ、う――?」



 ……。

 …………。



「ここ美味いんだよ、あんまり流行ってほしくないタイプの食堂」

「かいちょーさん? そんなとこにあたしたちを連れてきて、よかったっすか?」

「そうね、広めちゃうかも」「拡散しない自信がない」

「せ、先輩がたっ! それはいけませんよぅ……!」


 食堂の中。

 六人掛けのテーブルに中等部の生徒会と生徒会長の姿があり、


「……ほえ?」


 そしてその端にはちいさくなるナギの姿があった。

 借りてきた猫のような表情を浮かべたナギの頭の中はといえば、


(なんでわたし、素直に着いてきたんだ……)


 困惑一色だ。

 なんでも何も、単純で流されてである。

 ……自分のことながら適当過ぎる。


(っていうか、なに誘ってきてんのよ、こいつ……!)


 生徒会の面々と一緒。ってことは仕事の途中か、あるいは帰りってわけだ。それに対しナギは完全な第三者だ。ほんと、なんで誘ったのだろう? 気まずいものを感じる。


 生徒会の面々と面識はある。クラスに溶け込もうとしないこと、授業態度のことなどで口頭注意を受けたり。間違っても仲が良いわけではないが、険悪というほどでもない。


(……ここが転機になるかもね、悪い方向に向かう気しかしないけどさ……!)


 胸の内でため息を吐く。


「ね、これ美味しそうね」「ほんとだ。それにしようかしら」

「かいちょーさんのおすすめは?」


 メニューに目を落としていた生徒会の面々がカグヤに声を向ける。


「定食系とか。何を頼んでもうンまいよ」

「あは、色気のないメニューっすね」

「え? そう? じゃあオムライスとかどう? ソースじゃなくてケチャップなんだよ」

「……それこそないわ、こども舌じゃん……」


 ナギは思わず横槍を入れてしまう。


「えぇーそうかぁ? なら目玉焼きハンバーグとかどう?」

「こどもっぷりが増した。もうちょっと丁度いいのはないの?」

「チーズたっぷり甘めのカレー」

「なんでよりこどもっぽくなったの? アホなの?」

「ぷりぷりのえびフライ」

「五才児なの?」


 カグヤはきょとん、とした顔でナギを見る。


「……もしかして、おれ、こども舌なの?」

「聞いてみれば?」


 生徒会の面々に視線を向けて言う。みんな困ったような顔を浮かべている。


「そうなのか……知らなかった……」


 なんとも言えない表情でカグヤはつぶやく。

 そうしていると店員がやってきてメニューを尋ねる。


「オムライスひとつ」「ハンバーグください、目玉焼き乗ったの」

「んー……じゃあ私はえびフライ定食っすかね」

「あ、あの……では、チーズカレーを」


 次々メニューが告げられていく。店員の目がカグヤに向かう。


「あー、えっと、おれは……そうだなぁ」


 ナギはカグヤが手にしたメニューを見る。なんかレバーとピーマンの炒め物とか見てた。もしかしてこども舌って言われたの、気にしてるのだろうか。思わず吹きそうになる。


「……♪」


 ふとしたいたずら心が沸く。気まずい場所に連れてきた仕返しにはなるだろう。


「この人、お子さまランチ」


 言ってやる。


「む」すごい顔でカグヤが見てくる。ナギはそれに「ぷいっ」と知らん顔してやる。

 と、その隙を盗むように、かぐやは口を開く。


「こちらのレディもおれと同じので」

「なっ」



 一五分もするとテーブルは温かい料理で賑わっている。


「……………………」

「……………………」


 いろんな良い匂いの中で、ナギとカグヤは互いを睨み合っていた。

 ふたりの手元には、ちいさなハンバーグと、ちいさなオムライスと、ちいさな揚げ物が所狭しと並べられた……本家とか元祖とかつきそうな、非常にポピュラーなお子さまランチがある。デザートのプリンだけが別の皿に盛られている。


「……ナギ=シフォン=テラサキ。きみのハンバーグに刺さった旗は?」

「……ハンガリーよ。そっちは?」

「イタリア。配色は同じだな」

「そうみたいね。全部で何種類あるのかしら」

「気になるところだ。コンプリート目指しちゃう?」

「ぴったりだと思うわ、是非通いつめれば?」


 不毛な争いはエキサイトする。


「……ふ、ふふっ……」

「……っ、……っ」

「あははは……」

「わ、悪いですって……」


 正面を見れば生徒会の面々がちいさく肩を揺らしている。

 お子さまランチが原因で睨み合う生徒会長とはみ出し者(アウトロー)。さぞ滑稽に見えるだろう。


 カグヤが苦笑する。ナギもお子さまランチに目を落とす。奇しくもカグヤがオススメしたメニューの多くを網羅したセット。……少し気に食わないが物自体は美味しそうだ。


「……いただきます」


 箸を扱って口に運んでいく。


(! む……)


 腹が立つことに美味だ。ちらりとカグヤを覗く。目が合う。

 にやっ、といい笑顔を浮かべてくる。絵に描いたようなドヤ顔だ。


(イラッ)


 無性に腹が立つ笑顔を避け、食事を進める。


「そういえば先輩方? けっとしぃのステージは行くっすか?」

「迷ってるところなの」

「期待のアイドルって言っても、こないだランク上がったばかりだものね」

「あのぅ、自分は行くつもりです……けど……」


 生徒会の面々はそんな、なんてことのない話で盛り上がっている。

 お子さまランチを食べながら、ナギはそっとカグヤを見る。

 美味しそうにハンバーグを咀嚼する、中性的な顔立ち。


 生徒会長、カグヤ=ウエマツ=マクブレイン。


 成績は常にトップ、スポーツも優秀。性格もよくて強い責任感を持つ生徒会長。全校生徒から絶大の支持を得ていて、おそらくはこの月面都市〈リュウグウ〉の中で最も有名な人間だ。


 そんな少年が昨夜は六時間もの間、壁の中……都市の『外』へ出ていた。それだけの権限を持ち、また『外』に出るだけの理由もあるってことだ。果たしてそれは何だろう? 一晩悩んでみたが答えは出ない。ただ、


(……フン、笑ってられるのも今のうちよ)


 昨夜、ひとつの約束を変わした。

 それが生きている限り、いつの日にかは……


(その化けの皮、剥いでやるんだから)


 ハンバーグを口に運ぶ。咀嚼するたび口の中に肉汁が溢れる。非常にデリシャスだ。思わず口元が笑みの形になる。しあわせ。ナギはしあわせを噛み締めながら昨夜のことを思い返す。

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