月面上の少年少女……005
「……教師AIの調整は以上になります。いかがでしょう、生徒会長」
緊張した眼差しを向けてくる中等部生徒会の少女に、カグヤは微笑みで返す。
「結構。いい出来だと思います。……慣れてきたね?」
「! ……えっと。はい、なんとか。まだちょっと、難しいですけど」
少女は目をぱちくりとさせ、カグヤの軽口に大真面目に答えようとする。
「そう? そんなことなさそうに見えるけど」
「あ、あう……全然ですよう、てんやわんや、しながらで……」
この日カグヤが中等部の校舎まで訪れているのは毎週の定例報告会のためだ。
月面都市の人間が〈ナノチップ〉によって管理されてる以上、委員会などの組織――つまり生徒が生徒に強く干渉する――の重要性は薄い。デジタルによる管理はあまりにも正確だからだ。とはいえ、人の目によってその『管理されている情報』にバグや過不足がないかを確かめることは必要だった。
カグヤが束ねる生徒会はそうした意図から組織される。大した権限も持たず、その上に教師AIの調整などの雑務を引き受ける。腹に一物抱えるカグヤのような例はともかく、この中等部生徒会の少女のような、お人好しを絵に書いた人間が集まりやすい。
結果、肩肘張ってることが多い。そうした役員たちを相手にしてきたカグヤの口からは、自然と軽口が出るようになっていた。
「んじゃ、てんやわんやになってるくらいが丁度いいってことかな」
「……あうぁ」
周りからくすくすと笑い声が上がる。
「も、そこらで勘弁してほしいっす。期待の新人がゆでタコになってるっす」
この場にはカグヤの他には中等部生徒会の少女が四人いる。三年生が二人、二年生と一年生が一人ずつ。顔を真っ赤にした一年生はこの間選出されたばかりだ。
カグヤは小さく笑って、
「そうだね、この辺にしとこう。打ち出の小槌の出が悪くなったら困る」
「最後にきっちりトドメをさしてくるっすね、かいちょーさんは」
やれやれ、と肩をすくめるのは二年生の少女だ。跳ねっ返りな口調だが根は真面目だ。
「一年前のあなたを思い出しますね」
「私もそれ思ってた」
そんな二年生の少女をジト目で見つつ、これまで沈黙して見守っていた三年生の少女二人が口を揃えて言う。二年生の少女はばつが悪そうに、
「先輩方、アハハハ……変なこと言わないでほしいっす……ぴ、ぴゅるるー」
視線を逸して口笛を吹く真似をする。
一年生の少女の口元が緩んで、四人はちいさく笑いあう。
(……姉妹みたいだなぁ)
カグヤは面々を見守りながらそんなことを思う。
いつ来てもこんな調子でカグヤの心を和ませてくれる。
何度か一緒したことがあるが活動の方も似たような形だ。三年生の二人が正確かつ手早く仕事を捌き、二年生の少女が働きやすいムードを作り、一年生の少女が仕事を覚える手助けをする。少数とはいえ理想的な関係だとカグヤは思う。
「さて。……じゃ、定例報告はこんなところで」
カグヤが言うと少女たちは頷く。
「おつかれさまでした」
「「「おつかれさまでした」」」「でっ、でしたっ」
四人と共に生徒会室を出、揃って昇降口に向かっていく。
「かいちょーさん? お昼、今日はどうするっすか?」
もう昼過ぎだ。定例報告会を終えると大体こんな時間になっている。
昼食を共にすることもままある。半々から三割ほどと言ったところだろうか。別の仕事に向かうこともあれば、先約を優先することもある。
「んー、そうだなぁ」
この日は大した用事もない。しかし先週に付き合ったばかりだしなぁ……なんてことを考えつつ中等部校舎の門扉を見る。昼過ぎということもあり、昼食の為に学園を出る生徒たちの姿が多い。
そんな中に気になる後ろ姿を見つけた。
ウェーブがかったボブカット。やたらと白いセーラー服。茶色のパンプスで地面を踏みしめ人波に紛れていく少女。
連れはいない様子だった。
「……決ーめた」