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月面上のアリア  作者: 七緒錬
第五章 風に遊ばれて
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エピローグ

 いくらかの時間が流れた。

 孤独の月に、とある客人が訪れていた。


 ……宇宙開発は月に限ったことではない。


 たとえば火星探索任務を負ったプロジェクトチームが存在する。地球から三八万キロという短い距離にある月と異なり、最短で五四〇〇万キロの距離で生きる彼らには、ただ一度限りの往復手形が託されていた。


 すなわち、一挺の宇宙船だ。

 それが此度、月面に着陸したのだ。


 前触れもない唐突な来訪者。

 月面都市からカグヤが対応するが、操縦席は無人だった。


 不在の操縦者。そのこと自体はそう不思議なことではない。カグヤの周りにいる少女たちと同じように、人工知能が備わっているのだ。

 それはいいが、しかし——


(……どうして、月に?)


 カグヤのその疑問に、宇宙船は明快な答えを返すことはなかった。

 ただ懸命に、火星から大切な届け物を持ってきたと、そう語った。


 最短で五四〇〇万の距離を駆け抜けるだけの、届け物……

 訝しんだカグヤだったが、宇宙船の積荷を見て、悟った。


 厳重に生命維持装置が取り付けられて、たったひとり、赤子が乗っていたのだ。


 火星探索という過酷な使命に従事する者たち。月の民と同じで健康で若い人間に限られる。そんな彼らにはしかし、新たに増えた生命に責任を持つだけのゆとりが——なかったのだ。


 それでもその生命の重さは、彼らに一挺限りの宇宙船を飛ばす決断をさせた。


 地球でなく月に向けた理由。おそらく火星からも、地球と交信する手段が失われているからだったのだろう。だから実際に宇宙移民を実現させている月へと飛ばしたのだ。


 赤子の手のひらに、幾重にも重なった希望を乗せて……

 そう考えるカグヤに向けて、傍らに立った白い少女は言った。


 痛快な、言葉だった。


「歌に誘われたのかもね」


 ネームタグひとつない赤子。

 ナギはそのちいさな生命に、名前を授けた。



 アリア、と。



    ——月面上のアリア おしまい

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