エピローグ
いくらかの時間が流れた。
孤独の月に、とある客人が訪れていた。
……宇宙開発は月に限ったことではない。
たとえば火星探索任務を負ったプロジェクトチームが存在する。地球から三八万キロという短い距離にある月と異なり、最短で五四〇〇万キロの距離で生きる彼らには、ただ一度限りの往復手形が託されていた。
すなわち、一挺の宇宙船だ。
それが此度、月面に着陸したのだ。
前触れもない唐突な来訪者。
月面都市からカグヤが対応するが、操縦席は無人だった。
不在の操縦者。そのこと自体はそう不思議なことではない。カグヤの周りにいる少女たちと同じように、人工知能が備わっているのだ。
それはいいが、しかし——
(……どうして、月に?)
カグヤのその疑問に、宇宙船は明快な答えを返すことはなかった。
ただ懸命に、火星から大切な届け物を持ってきたと、そう語った。
最短で五四〇〇万の距離を駆け抜けるだけの、届け物……
訝しんだカグヤだったが、宇宙船の積荷を見て、悟った。
厳重に生命維持装置が取り付けられて、たったひとり、赤子が乗っていたのだ。
火星探索という過酷な使命に従事する者たち。月の民と同じで健康で若い人間に限られる。そんな彼らにはしかし、新たに増えた生命に責任を持つだけのゆとりが——なかったのだ。
それでもその生命の重さは、彼らに一挺限りの宇宙船を飛ばす決断をさせた。
地球でなく月に向けた理由。おそらく火星からも、地球と交信する手段が失われているからだったのだろう。だから実際に宇宙移民を実現させている月へと飛ばしたのだ。
赤子の手のひらに、幾重にも重なった希望を乗せて……
そう考えるカグヤに向けて、傍らに立った白い少女は言った。
痛快な、言葉だった。
「歌に誘われたのかもね」
ネームタグひとつない赤子。
ナギはそのちいさな生命に、名前を授けた。
アリア、と。
——月面上のアリア おしまい




