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月面上のアリア  作者: 七緒錬
第三章 妖精の見る夢
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妖精の見る夢……008

 カグヤ=ウエマツ=マクブレイン。一六才の月生まれ。身長一六七センチ。

 白銀の髪を背中で結っている。元トップアイドル。


 月面学園都市〈リュウグウ〉生徒会長。高等部二年生。

 性格は誰に対しても気さくで優しく、いつも人好きする笑みを浮かべている。


 上級生から下級生まであらゆる学年から慕われている。

 舌がお子さま。


 ……ナギが知っているカグヤのことはその程度だ。


 一週間という時間を経て親しくなったつもりだった。それがどうだ、ナギはカグヤのことをほとんど何も知らないままだった。

 だからそんなカグヤのことをより知るべく、放課後に高等部まで訪れていた。


(……答えてくれなかったと、しても)


 顔を合わせることには意味がある。そんなふうに考えていた。

 同時に、とくんと脈打つ心臓を意識したりもして。


 なんとなく物陰に隠れていると、高等部の校門に見慣れた人影が現れた。


 ――けっとしぃ。


 向こうからはナギのことは見えていない。


 何をしに――と考えるが、すぐに自分と似たような目的なのだと気づく。実際、けっとしぃも近くの物陰に姿を潜めた。

 どうしたものかと考えたが――ふと魔が差したように、


「……どんなことを、話すんだろう?」


 そんなことを思いついた。

 やがてカグヤが校門を出て歩いて行く。そのすぐ横にけっとしぃが近づいていく。


「……………………」


 流されるように、その後ろについて行ってみた。

 並んで歩くふたりの後ろ姿。いくらかの話をする様はとても自然だ。……どうしてか、お腹の辺りがムカムカとするのを感じながらストーキングを続ける。


「許してにゃ? にゃにゃ? にゃにゃん?」


 会話が鮮明に聴こえるくらいに近づくと、なんかすごいあざとい声が聴こえる。

 見ていると『ぎゅっ』と抱きついて、


「わー、だからカグヤ大好きにゃ!」


 とか言い出す。


「…………むぅ」


 お腹の辺りのムカムカはより増していく一方だった。

 拡張視界を確かめてもアラートの類は一切ない。


 ここのところよくあるな、もしかして管理機能とかバグってるんだろうか? 保健委員だというイオに相談してみようか……


 そんなことを考えながら後をつける。

 くっついたふたりが離れた。少しすぅっとした。


 ……そこからの会話は、理解が及ばないものが大半だった。


「カグヤがプロデュースを担当したアイドルはみんなトップアイドルのすぐ下の『ムーンアイドル』に手が届いているにゃ」


 思わず、立ち止まってしまった。


(……けっとしぃだけじゃない……? しかもよりによって……)


 ムーンアイドル。

 トップアイドル――カグヤのすぐ下で、ナギたちの遥か上。

 手の届きそうもない存在を……カグヤがプロデュースしたって?

 悪い冗談の類にしか思えなかった。


 トドメの一言はその先に待っていた。


「――人工知能は拗ねないと思ったかにゃ?」


 その言葉を聴いて、ナギは後をつけるのをやめた。

 それ以上、足が動かなかったのだ。立ち止まったまま遠のいていくふたりを眺めていた。見えなくなるまで、ずっと。


(……人工、知能…………って……)


 しばらく立ち尽くしたのち、月面都市の中でも一際高いタワービルの屋上に向かい、合成映像の作る空が夕方から夜へと変わっていくのを見ていた。


 白いセーラー服越しに自分の腕を抱きしめる。

 ひどく冷たく感じた。


「……………………わたし、は」


 口の中が渇いている。


「どうして、わたし、は」


 どうして――カグヤに近づいたのか。


 プロフィールだけ見ればいけ好かない完璧超人な生徒会長。周りからよく慕われている。その裏でこそこそと『外』に出ている上に、アイドル文化の頂点に立っていた記録がある。


 単純に言ってしまえば、そんなカグヤに対して不信感を覚えたからだ。


〈ナノチップ〉が見せる〈ルナレイヤー〉という欺瞞の世界。それに抗える可能性を持つ、ナギの知るところ唯一の人間。彼に近づけば『外』の情報を見つけられる……そう思ったから――だから近づいた。


 一週間以上の時間を共にした今になって、聞いてはいけない言葉を耳にしてしまった。

 けっとしぃ。名の知れたアイドルが――人工知能だって?

 白いセーラー服を抱く自分の指が、より深く食い込む。


〈ルナレイヤー〉の中にいる限り、ここが月面だと証明する術がない。セミデジタルの世界を五感が捉え続けているから。拡張視界、ルナレーション、服……当たり前のように触れているそれらの物の正体は、演算されて表現されているデータに過ぎない。


 ――それと同じ理屈で。

 ――都市に存在するあらゆる人間が『人工知能でないこと』を証明する術は、ない。


 疑ったことすらなかった。


 月面都市には教師をはじめとしたAIが存在する。彼らは学習・規範の意図で運用されるもので、彼ら自身がAIという自覚を持ち、それらしい態度を取って過ごしている。


 その彼らとは別に、単純に月面都市を過ごす四三〇〇名の仲間たちの中に――人工知能が、いるなら。


「――――、…………」


 ……いや。

 そのこと自体は、いい。


 仲間たちの中に人間らしく振る舞う人工知能が混ざっていたとしても、いい。

 月面都市の中でなら――彼らを仲間と呼ぶことにさほど抵抗は感じない。


 ナギの倫理観では、その点は消化できる。けれど……


 ――けっとしぃが人工知能であり、彼女はそれを自覚していて。

 ――なおかつ、カグヤがそれを把握しているのなら。


 今日まで知らずにいたということは、隠されていたってことだ。


 脱力する。膝をつく。屋上の冷たいルナニウムの感触が膝を捉える。

 ……もしもこれらの考えが合っていたとしたら。


 カグヤに対する――不信感が募る。


「……………………」


 やっと、見つけた。近づいた目的の糸口。

 カグヤはやはり限りなく黒に近い。いくらだって疑える。それなのに。


 アイドルという側面で彼と繋がって、自分は――


「どうしてわたしは――こんなにも、信じたいと、そう願ってるの……」


 枯れた声でそうつぶやく。

 それから一晩。答えの出ない問いを、考え続けた。

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