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月面上のアリア  作者: 七緒錬
第三章 妖精の見る夢
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妖精の見る夢……007

「ふえぇ……なんであんなこと言ったんだろ……」


 昼休み、モール街まで足を運んできたナギは頭を抱えていた。


 仮想視界にけっとしぃのステージを呼び出す。圧倒的にハイクオリティで可愛らしい光景だ。見ているとそれだけで心が和む。

 ……そんな彼女とステージで競うだなんて、あまりに無謀な試みだ。


 かと言って今さら撤回なんてできるはずもない。


「もし負けちゃったら……」


 何度も考えたことをいま一度考える。

 負けたら。カグヤの側にいることができなくなる。


 それは……困る。


(……せっかく近づけた。『外』のことだってまだ聞けてない)


 月面都市の外側。人類の故郷である地球から三八万キロも離れた月の大地。カグヤの目が見ている景色……どんなものだろう? ナギは想像しようとしてみる。〈リュウグウ〉の外に出て、自分の両足が月面の真白い大地を踏みしめるところを。

 けれど、


(……まるで想像できない)


 無理もない話だった。1/6という重力が支配する真空の世界。知識だけでわかっていても、そこに立つ想像などまるで出来なかった。

 カグヤが毎日出ている世界の、ことなのに。


「……………………」


 あの合成映像の空を見上げる。


「危険は……ないのかな」


 宇宙開発の最善基地である月の、その表面での、何らかの活動……

 それが今なお危険を伴うのであれば、


「わたしにそれは……止められるのかな」


 人工の空の向こうにあるはずの暗闇の世界を思う。


「……訊いたら、答えてくれるのかな……」



  ***



 日の傾き始めた合成映像の空の下、カグヤはひとり校門を出る。

 放課後、生徒会の用事を済ませた後だ。遅めの下校で辺りには誰もいない。


「まったく、無謀な勝負を……」


 ひとりだけの帰り道、そんなことをぽつりとつぶやく。


 ランクが上がったばかりのナギと、同ランクで人気を着実に集めているけっとしぃ。このままでは結果なんて見るまでもないだろう。


「どうしたもんかなぁ……」


 打てる手がないわけではない。


 この月面都市においてカグヤほど顔が利く人間はいない。様々な裏技を思いつくことはできる。できるが……果たしてどれが正しいのだろうか? ナギを勝ちに導くことなのか、けっとしぃの提案を取り消すことか。


 それともいっそグランプリ自体に細工して有耶無耶にしてしまうか――


「ナンセンス過ぎる」


 ナギやけっとしぃ以外の人々を巻き込んでしまうなど論外だろう。アイドルたちがどれほどその日を待ち望み、研鑽をしてきたか。他ならぬカグヤが一番よく知っている。


 本当にどうしたものか。

 自分の甲斐性のなさが招いた結果とはいえ、ひどい頭痛の種だな、とカグヤは嘆息する。


「不景気そうな顔をしてるにゃー」


 そんなカグヤの横合いから声。

 ふざけた口ぶりだ、そちらを向くまでもない。


「誰のせいだと……」


 ため息混じりに応える。

 苦笑を返しながら、その猫耳の少女が横並びになってくる。


「カグヤがにゃーのプロデュースをしてくれないからにゃ」

「ほとんど毎日言ってる気がするけど、セルフプロデュースできてるじゃん」


 そう言って、すぐ横を歩く少女を睨む。

 猫耳をピクピクと動かしながら少女――けっとしぃは笑う。


「にゃーはカグヤのプロデュースがいいにゃ」

「そうは言われてもね」


 カグヤは頬を掻きながら、


「なんとかセルフプロデュースできるようになるまでは面倒みたいんだよ」

「ナギちゃんのこと。にゃーみたいにしたいんだにゃ?」

「そう。誰かさんが昇格フェスでいらん援護射撃をくれたせいでブレイクしちゃったけど」


 横目で睨んで言うとけっとしぃはくすくす笑う。


「それは大変だにゃ、困ったにゃー」


 あざとく招き猫っぽいポーズを作って、


「許してにゃ? にゃにゃ? にゃにゃん?」

「……別にいいけどさ」

「わー、だからカグヤ大好きにゃ!」


 抱きついてくる。首の辺りに当たる猫耳がふわふわしてくすぐったい。くしゃみが出そうだ。


「ナギは別の方法で育てることにするよ、あの歌があればどうにでもなるからね」

「わー、さすが敏腕プロデューサーだにゃ……」


 くっついて居た手をバッと離してくる。感情と脊髄が一致しているなぁと思う。

 そんなけっとしぃの方に向き直り、


「……本当のところどうなの? セルフプロデュースは飽きた?」


 目が合う。笑顔。けれどその笑顔は微かに褪せて見えた。


「これまで、」


 表情を変えて声のトーンをいくらか落として、けっとしぃは言う。


「カグヤがプロデュースを担当したアイドルはみんなトップアイドルのすぐ下の『ムーンアイドル』に手が届いているにゃ」


 ムーンアイドル。

 アイドルランクの上から二番目のランクだ。現在四人だけの彼女たちを〈リュウグウ〉で暮らす者はみな知っている。そんな少女たちを、カグヤがプロデュースしていた。


「対してにゃーはやっとこさ期待のアイドルから抜け出せるかどうかってところなのにゃ。そりゃ……焦りもするにゃ」


 ……結局のところ、やはり問題はカグヤにある。理由があったとは言え過去にけっとしぃのプロデュースを断念した。その上で今は別の少女、ナギのプロデュースをしている。

 けっとしぃからすれば面白いわけがない。


「……悪かったよ」


 カグヤはそう答えるが、けっとしぃは目を細める。


「許してあげないにゃ。つーん、にゃ」


 ぷいっ、と顔を背ける。

 カグヤが困って立ち尽くすと、けっとしぃは笑って言う。


「……人工知能は拗ねないと思ったかにゃ?」


 その言葉に、カグヤは間髪入れずに「いいや」と首を振る。


「それくらいの感情の精度が高い方がいい……理想的だと思うよ」

「でもその結果、しぃみたいな面倒くさいのが生まれたにゃ?」

「面倒くさいとか言うなよバカ。……あとな、人工知能とか、あんまり口にするなよ」

「にゃ」


 素直に頷くけっとしぃの頭に手を置く。

 くすぐったそうに目を細める。

 その姿だけ見れば可愛らしいものなのだが。


 まったく。


「……本当、どうしようかなぁ」


 カグヤは嘆息するばかりだった。

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