妖精の見る夢……003
初等部の校門には登校してくる生徒たちの姿で溢れている。その中には先日、ナギの衣装をデザインしたトリトンの姿もあった。グループで登校する少年少女たちの傍ら、ひとりで登校する少女は少しだけ浮いていたが、その面持ちに陰はない。案外、今日は友達と予定が合わなかったとか、そういう経緯なのかもしれない。
「お、おはよ……」
そんなトリトンの横合いから声を掛ける少女がいた。
ナギだ。いつも通りに真白い服装。
「……? あっ、ナギさん! おはようございますっ!」
満面の笑み。
「昨日に言い尽くした気もしますが、おめでとうございますっ」
自然体でナギの手を両手で取り、そう言ってくる。
アイドルランクの昇格。それも前例のない三ランクもの飛び級だ。
アイドルという文化の根付いた〈リュウグウ〉の中、初等部にまで噂は広まっている。
「あれ、あの人って……」
「きのうの? ……かわいい……」
「でもなんでトリトンと?」
なんて声が辺りから聴こえてくる。
……しまったなぁ、と頬を掻く。
「と、とりあえず、場所変えよっか」
その手の事に鈍感なのか、トリトンはきょとんとした顔を浮かべてから頷いた。
校門を少し離れた路地裏まで移動し、ナギは口を開く。
「ごめん、いくらなんでも急過ぎたね……メッセージ送ってから来るべきだった」
「ふえ? いえ、トリトンはいつでもナギさんと会いたいって思ってますよ?」
「そ、そう……」
「はい。ナギさんはトリトンのアポイントメントのフリーパスを持ってるのです。ついに使ってくれましたね、うふふふふ……」
めちゃくちゃ嬉しそうにそんなことを言う。
一週間という時間で度々思ってきたことだが、この少女は色々と危ない。
「記念にちょっと髪の毛とかもらってもいいですか? 深い意味はないですけど」
訂正する。かなり危ない。ナギは半歩だけ退く。
「冗談ですよう、やだなぁ」
可愛らしく笑うトリトンだが、半歩分の距離を戻す気にはとてもなれなかった。
「でも今日は何かあったんですか? ナギさんが来てくれるなんてビックリです」
「あー、んっと……」
ナギは視線を逸らす。
トリトンは「あ、もしかして」と手を打って、
「新しいオーダーですか? それならどんとこいですよう?」
「あ、それは違う」
「……そですか?」
拡張視界の中で仮想巻き尺でも出していたのだろう、トリトンは伸ばした両手を戻す。……隙あらば測ろうとしてくるな。
「あれですよ? 衣装だけじゃなく普段着とかもいけますよ? ナギさんの身体のことは頭に入ってますからね、隅から隅まで! んふっ!」
一旦消去してほしいなぁと感じさせる言葉だった。切に。
「う、うん……それは、考えとくね」
「わたしも、考えておきますので! きっとなんでも似合いますから~!」
「う、ううん……そっちは考えなくても」
「ムッフー(`・ω・´)」
心強いが同時に身の毛のよだつような表情を浮かべるトリトン。ナギは引きつった笑みで「そ、そのときはよろしくね」と答える。
「でも……そういうのでないなら、なんでしょう? 想像もつきません」
年齢相応、こどもらしい無防備な瞳がナギを見上げてくる。
「えぇと……あのね」
ナギはちいさく深呼吸し、
「……あ、ありがとう、って。そう言いたくて」
もじもじしながら、トリトンに向けて、なんとか伝えることができた。
三ランクの昇格。きっと彼女の衣服は欠かせなかったはずだ。
トリトンの『おめでとう』ではないが、昨日のうちに口にしていたけれど……
「もう一度、言いたくなってさ。……変?」
「……………………」
ナギの言葉を聞くなり、トリトンは真っ赤な顔でふるふる震える。
「今日は人生最高の一日です……」
「大げさ」
感謝を述べただけで最高とか言われる。
「今この瞬間の自分の髪の毛を切ってタイムカプセルにいれて埋めておきたい……」
「黒魔術的な感情の発露方法に驚きを隠せない!」
「乙女のたしなみです」
「乙女はそんなおぞましいものじゃないと思う!」
「たとえばおまじないって『呪』って文字が入ってるんですよ?」
「今それをわたしに言う理由ってなんだろう!?」
「んふっ、んふふふっ……」
「無垢な笑顔が怖い……!!」
身体をもじもじとさせながら凄まじいことを言い出す。ナギは困ってしまう。
トリトンはひとつ息を吐き、頬に手を当て、
「……こちらこそいくら感謝しても足りません。……でも」
両手でフレームを作るようにしてナギに向け、
「『次』があったら、もっと試してみたいこと、いっぱいあります」
強気な笑みを向けてくる。
『次』……その言葉を聞いたナギもまた、自然と微笑む。
「わたしも。本当は着てみたいコスチュームとかある」
「聞きたいです!」
友達に向けるような笑みを浮かべたトリトン。ふと、きょとんとする。
「……あれ? …………ん、……?」
「? なにかしら」
「なんだか今日のナギさん……」
言いかけ、トリトンは笑顔を作って、
「……いえ。きっとわたしの勘違いですよ。えへ」
そんなふうに答えた。
それから予鈴が鳴るまでの間、着てみたい服だなんて友達みたいな話で盛り上がった。