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月面上のアリア  作者: 七緒錬
第三章 妖精の見る夢
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妖精の見る夢……001

『もー、やっと話せたよカグ君! 聞いてよー、お姉ちゃん寂しかったんだよー』


 視界一面、上下を黒と白で選り分けたようなコントラストの世界。

 カグヤの目の前にはゴツゴツとした真白い岩肌が突き出ている。


『カグ君もそうだよね? お姉ちゃんと話せなくて寂しかったね? でもだいじょーぶ、今なら誰も見てないからたっくさん甘えられるよー? よしよししたげるよ!』


 ノイズの混じったやかましい声が気密服の中に届く。

 カグヤはちいさくため息を吐いて、


「寂しくなかったし、甘えたりもしないから」


 つっけんどんに言い放つ。数秒の間を置いて、


『そんな照れないでいいのに。カグ君たら相変わらず可愛いなぁ、ほくほく!』

めい姉さんは相変わらずポジティブだね……」

『てへへー、コツはね、宇宙は月を中心に回ってると思うことだよ!』

「月が地球の衛星だという前提を覆す銀河規模の発想に驚きを隠せない」

『人類史を見れば月が中心なのは明らか。一週間って月曜日から始まるしね?』

「その辺り言及すると最悪、戦争とか始まるけど、おれは日曜日説を推してるよ」


 カレンダーの都合とか、天地創造とか、非常にややこしいのだ。

 いずれにしても月が中心であるわけはないが。


『えへへへへ、夫婦漫才は気持ちいいね! ツーと言ったらカーだもん!』

「ソウデスネ。まったく……」


 ため息を吐きながらカグヤは苦笑する。

 気密越しであっても、ノイズ越しであっても、その声を聴くカグヤの心にはひどく穏やかな気持ちが宿る。幼い頃からの知り合い特有の物だ。こればかりは月面都市で過ごす誰とも共有することができない。


『そっちはどう? 元気? 何もないよね? あったらお姉ちゃん飛んでっちゃうよ?』

「……あったよ」

『オーケー! 今駆けつけるから、そこを動かないでね!』

「物理的に不可能なことを自信満々に言うの、やめましょうね」

『不可能を可能にするのが唯一無二の物! それこそが愛! 愛だろ、愛!』

「でも可能を不可能にするのが宇宙の神秘だからね」

『む、たしかに……口が達者になったね? 本当に何かあったようだねカグ君!』

「今の不毛なじゃれ合いに『何か』の要素が隠れていたかなぁ……」


 カグヤは声の主、冥の洞察力に舌を巻く。


(っていうか……)


 洞察力とは少し違う。単純に、幼い頃の姿を一方的に知られてる相手特有のやりづらさだ。カグヤはちいさくため息を吐く。


『それでそれで? カグ君に何があったか、お姉ちゃん知りたいなー? 教えて?』

「ん……その」カグヤは言いづらそうに、「……アイドルをプロデュースした」

『ゾノ話、詳シグッ!』

「っ……耳キーンってした……」


 すごい食いつきだ、ただでさえノイズまみれの声が所々割れて聴こえた。

 カグヤは苦笑して、それから語りはじめる。白い少女――ナギと過ごした一週間の話を。つい三時間ほど前にあの白い少女が掴んだ、万雷の拍手の話を。


 短い時間のことだったはずなのに、いくらだって話せる気がした。

 気を抜けば横道にそれてしまいそうだったが、かいつまんで話すことができた。


 冥は弾んだ声を返してきた。


『そっかぁ……さすがカグ君だね! しぃちゃんと同ランクにまで上げちゃうなんて!』

「おれなんて。がんばったのは、あくまでナギだから」

『ふふ、そうだね。……それにしても、よく引き受けたね?』

「プロデュースを?」


 ノイズ混じりの肯定が返ってくる。


「はじめ、断ろうと思ったよ。でも」

『でも?』


 ――わっ……わたしをプロデュースして!


 請われた瞬間のことを、あの一瞬のナギの瞳を思い返す。

 こぼれそうな瞳。一面にカグヤを映していた。


「……真剣な目だったから」

『そっか』


 言葉数少ない説明だったが、冥にはそれで十分伝わったようだった。

 カグヤの顔も見ていないというのに、彼の心を見通してる。

 それはほとんど家族の距離だ。冥は『うんうん』と言って、


『ちゃんとエスコートできたんだね、お姉ちゃんも鼻が高いよ』

「そんなに嘘ついたの? 悪い姉さんだなぁ」

『ピノキオ的に伸びてるんじゃないよ天狗的に伸びてるんだよ! もうっ……』


 それはそれで驕りなので問題だが……

 ぶふぉー、とため息をマイクに吹きかけるような音。ため息だった。


『……あーあ! 私もカグ君にプロデュースしてほしいなぁ!』

「神を超える願いは叶えられない」

『私のプロデュースってそんなに無理難題かなぁ!? 一緒に〈ルナレイヤー〉を調整した仲だっていうのに!?』

「公私はきっちりわけないとね」

『カグ君の血って何色かな! お姉ちゃんあんまりだと思うな!』


 久々のじゃれ合いだ、実に和むのを感じる。

 冥の方もクスクスと笑う。


『……でもカグ君。プロデュースを引き受けたのなら、ちゃんと優先しないとだめだよ?』


 釘を刺すような言葉。

 カグヤは頭上を見上げる。底のない井戸のような空に、キラキラと瞬く星々。


(……見えない、か)


 見上げる空の中、あるはずの月面調査衛星の影を探したが、見つけることはできなかった。カグヤはそれでも頭上を見上げたまま、


「それとは別に、来たいんだよ……だめかな?」

『だめとは言わない。来てくれるのはうれしいもの……でも言葉に出すのは、ずるいよ』

「……ん」

『私だって会いたいんだもの』

「……うん、そうだね、ごめん」


 沈黙。

 どちらも言葉を告げられずにいると、


 ――ピピピ、ピピピ……


 気密服の内側でアラームが鳴る。タイムリミットだ。


『……ありゃ、もうそんな時間か』


 話せる時間が過ぎていくのはあっという間だ。

 先延ばしすることなんてできるはずもなく、カグヤは帰り支度を始める。


 とは言ってもかさばる物なんて何一つない。ただ使った道具を月面探査車に戻すだけ。それから自身の身体も座席に収める。


『ね』そんなカグヤに向けて冥は尋ねてくる。『ナギちゃんには、言うの?』

 何を、とは言わない。カグヤも問い返すことはしない。

 ただ名前も知らない星空を見上げて、


「……、……次はいつ会えるかな、冥姉さん」


 問う。数秒の間を挟んで、ノイズに混じった声が返ってきた。


『本当に、そうだね』

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