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月面上のアリア  作者: 七緒錬
第二章 アイドルカツドウ
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アイドルカツドウ……003

 ナギがカグヤのプロデュースを受け始めて二日、休日が訪れる。


 昼前、ナギの姿は月面都市の一大区画であるイベントスペースにあった。

 地球で言うところのロックフェスの会場などをイメージすると近いかもしれない。他の区画と同じように空調がしっかり完備されていて非常に過ごしやすい。


 休日なので半袖ブラウスにホットパンツにサンダルというシンプルな私服姿だ。色はもちろん白一色。


「えーと……フェスの会場は、っと……」


 拡張視界の中に地図を表示しながら、イベントスペースを歩いて行く。

 カグヤ曰く、


『いろんなアイドルのステージを見るのも大切。足りない物とかわかるから』


 とのことで、このフェスを見に行くように勧められたのだ。

 確かに様々なアイドルを見られる絶好の機会。確かに押さえておきたい。

 それに、


(こうしてきちんとアイドルの研究をしてれば、まさかわたしが『外』のために近づいてるだなんて、あの生徒会長サマは想像だにしないでしょうね)


「クス……」


 ナギはそんな小賢しいことを考えつつ進んでいく。

 と、進む先で分かれ道に差し掛かる。


 ナギは立ち止まる。

 ……〈リュウグウ〉におけるアイドルの敷居は非常に低い。人前で歌う気持ちを持てば、いつでもアイドルを名乗れる。イベントのステージに立つこともそう難しくない。

『アイドルランク』を上げればいい。


 このアイドルランクというのは月面都市〈リュウグウ〉内で生活する住人たちからの関心度で決定する。噛み砕いて言えばアイドルとして活動する際に何人を動員し、どれだけの人の心を打てるか――そういった要素で選定される。


(体調をモニターする〈ナノチップ〉……開発に携わった奴ら、脈拍や脳波から興奮度を参照して、アイドルへの関心度を計測するために使われるなんて、思いつきもしなかったでしょうね)


 ナギはそのことを思い、少しだけ胸にすっとする気持ちを覚える。

 開催されるイベントに参加するためには、一定のアイドルランクである必要があるというわけだ。たとえば『デビュークラスカップ』などのイベントは名が示すとおり、ランクの高いアイドルは参加することができない。その逆も然りだ。


 月面都市でのアイドル活動は一にも二にもこのアイドルランクを上げることが重要になる。ちなみに今この瞬間のナギのアイドルランクは『草の根アイドル』。シンガーとして歌を披露した経験が下から二つ目までランクを上げていた。


「……えぇと」


 ナギは分かれ道の先、何があるのかを拡張視界の中で読み取る。

 単純にランク別に別れているようだ。分かれた道は大きさが異なる三つの会場に伸びる。


 ひとつがナギより少し上のランク。

 ひとつがナギより大幅に上のランク。

 残るひとつがトップアイドルに迫る、最上位のランクだ。


 三つ目はしかしフェスの締めみたいな物で、前者二つのステージが全て終わった後に移動時間を挟んで始まるようだった。


(わざわざ足を運ぶんだもの、一番盛り上がるステージが見たいに決まってる)


 ので、ナギが選択できるこの時間帯の会場は二つ。

 自分より少し上のアイドルたちを見るか、大幅に上のアイドルたちを見るか。


 ナギは少しだけ考える。


(近い未来に競い合うことになるかもしれないアイドルを見るのも手だけど……)


 考えた末に、大幅に上のアイドルたちを見ることにした。

 理由は単純だ。


(そっちのが楽しそう)


 まさにカグヤが意図していそうな不自由な二択だったが、ナギは気づかずに進む。


 たどり着く。二〇〇〇人近く収容できる会場だ、なかなかに広い。

 客入りは上々だ、まだ十分ほども待ち時間があるのに、百人は入っている。


(前の方に行くべき? ……ううん、この辺でいっか)


〈ルナレイヤー〉というテクノロジーの発展により、アイドルのステージというのは最前列でもない限りは優劣がない。というのもステージの演出の中、拡張視界に干渉するものが存在するためだ。これを使うことで、どんなに離れた客席にいても身近に感じることができる。


 音響に関しては言うまでもないだろう。

 そんな理由から、ナギは後方から見守ることに決める。


 と、そんなナギの前方を目をキラキラさせた女子たちが横切っていく。


「間に合ったー、オープニングから見逃せないし!」「けっとしぃちゃんだもんね、あー待ち遠しかったぁっ!」「わかるぞもな!」「わからいでか!」


 けっとしぃ。よく聞く名前。

 ブレイクしつつある有名なアイドルだ。生徒会の面々も口にしていたっけ。


 そんなアイドルがこの会場のオープニングを飾るという。


「クス……」


 ナギは不敵に笑い、両腕を組んでステージを見上げる。


(名のあるアイドルのけっとしぃ。どれくらいの物なのかしら? おもしろいじゃない)


 数分ほどがすると会場の照明が落ちる。

 ステージ上に七色のライトが踊り、スモークが吹き荒れる。

 歓声が上がる中、スモークには人形の影が浮かび上がる。

 もくもくと動くスモークに落ちたその人影の頭部に、特徴的なシルエット。


「にゃあーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」


 七色のスモークを割って、美少女が飛び出してきた。


「!」


 拡張視界がすぐ目前にその少女を表示する。

 起伏の多い身体つき。ぽよんと揺れるバスト。身長はナギより低め。フリフリな衣装に身を包んだお姫さまみたいな少女。その髪は腰まで伸びた桃色のストレートで、頭部には見慣れない特徴的なオブジェが乗ってる。


 猫耳である。


 月にいない動物の特徴だ、見慣れるはずもない。

 けっとしぃは握り込んだ両手をぶんぶん振って、


「にゃーは、けっとしぃにゃ! 地球から猫の王国を築く為にやってきたにゃ! 今日はにゃーがおみゃえたちを、ねっこねこにしてやるからにゃー!」


 そんなMCをする。これに会場が沸く。

 ナギはと言えば目を白黒とさせて、


(……え……これが……受ける……の……?)


 アイドル文化という物に底知れぬ物を感じていた。


「まずは一曲目にゃー! 『ニャンダーランド』にゃ!」


 ……。

 …………。


 数曲も歌い終わると会場は黄色い声が上がるようになる。

 会場はすっかりけっとしぃの作る独特な世界観の虜だ。


「けっとしぃちゃんかわいー! こっち向いてー!」


 そう言って手を振る少女の姿もある。微笑ましいとしか言いようがない。

 誰あろうナギ=シフォン=テラサキの物なのだが。


(あれ? なんでわたし最前列にいるんだろう? ま、いっか!)


 なんか気づいたらすっかりエキサイトしていて、もはやただの一ファンである。

 月面都市〈リュウグウ〉。誰しもがアイドルになれるこの世界において、アイドルに好意を抱くことは極めて容易なのだった。

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