雪と花
雪でもなく、毒でもなく、少女の知らない母の姿がその日記の中にあった。
「公爵様が私達にした仕打ちは、彼女が罪を犯した時には世間に知れ渡っていた。もともと、悪評の高い方だったからな」
叔父の言葉は彼女にはきちんと届いていなかったが、彼は淡々と話を続ける。
王位後継者である彼は、絶対的な存在の王の威を借りていたにすぎなかったのだと。
それに気がつかずに悪行の限りを尽くした公爵は、人々の王家に対する不信感を増幅させたのだと。
「相手が公爵様でなかったら、称賛されていただろう。しかし、彼女は処された」
絶対王政も、いずれは崩壊するだろう。
それも当然の報いだと言い残して、伯爵は部屋を出て行った。
彼の靴音が、無機質に離れていく。
未だに日記に惹きこまれたままの少女にとって、叔父の話はどうでもよかった。
母との思い出は、記憶は、ほとんど無いに等しい。当時の少女は、あまりにも幼すぎたのだ。
心の中に存在していた母は、朧げな印象の塊でしかなかった。
だが、今は。
今、まさに現れた新たな彼女の印象は、強烈に胸に刻まれた。
これまでのものとは比にならない程鮮明に、より深く。
その歌は、とある女性が娘に遺したものだという。
ーー雪と花
二つが交じることはない
凍える冬には花は咲かずに
緑が芽吹く頃
雪は、溶けてしまうのだから
しかし、わたしは知っている
冬の雪は種を守り
種は雪に包まれ眠る
春になると雪は溶け
花はその水を糧に咲く
雪と花
二つが交じることはない
しかし、それらは
たしかに共に、いきていたーー
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。