事実と真実
「彼女は高貴な方を殺し、処刑された。それは事実」
伯爵は静かに、少女を見つめた。
その瞳は悲しみに陰り、彼女を捉えて離さない。
「だが君は、真実を知らないようだ」
予想外の言葉に、少女は息を詰まらせた。
真実。
これ以上に、一体何があるというのか。
これ以上に、何を背負えというのか。
ーー知りたくない、こわい。
そんな想いは伝えられることなく、伯爵は彼女の目の前から姿を消した。
それから幾許かして
彼は、一冊の日記帳を手に戻ってくる。
その間、少女はその場に縫い付けられたように動けずにいた。
「君の母親のものだ」
恐怖で動かなかったはずの身体が、無意識にそれに引き寄せられる。
そして、彼女の意識を置き去りにしたまま、ぱら、ぱら、と頁をめくり始めるのだった。
毎日のように綴られているたわいもない言葉。
それが前触れもなくふと途絶え、日付が数日後に飛んだ箇所。そこを境に、日記を読み進める少女の動きは重くなる。
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ーー夫が亡くなった事。
馬車で移動中の、事故死だと聞かされた。
ーー公爵に言い寄られた事。
彼は身分だけはいいが、悪名高さで有名であった。
ーー領民が何者かに殺された事。
犯人は、分からずじまいであった。
ーー公爵に迫られ、再び拒めば悪夢を見るだろうと脅された事。
「お前の領民を殺す」と。
「お前の家族を殺す」と。
「お前の娘を殺す」と。
「お前の亡き夫や、哀れな領民のように」
公爵が、夫を殺した。
領民を殺した。
従えば、大切な者には手を出さないという。信じられない。
しかも、それは罪になる。彼は妻子持ちなのだ。
どちらも破滅の道ならば。
ならば、自分は脅威を消そう。
大罪を犯してでもーー
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