毒花
ーーパンッッ
乾いた空気を割るような音が響いた。
少女の視界は一瞬ぶれ、続いて左の頬から耳にかけてジリジリと熱が広がるのを感じる。
ああ、ぶたれたのだと、彼女は少し遅れて理解した。
「毒花っ!」
彼女をぶった相手ーー同世代くらいの少年が、キンキン声で怒鳴る。
「おまえの母親が、父様を殺したんだ!この毒花!」
喚きながら、少女のドレスについたレースを引きちぎっている。
花をかたどった装飾は、無残な姿で床に散らばる。
頬から広がった熱は頭まで登ったが、彼女の心はそれに反比例するように冷え切っていた。
じっと、ただ目の前の少年を見据える。
「……っ」
彼はなぜか怯えたような表情を見せ、彼女に背を向けて駆けていった。
少女も何も言わずにその場を離れる。
その背中に大人達の視線が刺さっているのを感じながらも、歩みを止めることなく煌びやかな広間を後にした。
ーーー
「屋敷へ戻りましょうか?」
少女が飛び出してくるのを予期していたかのように、召使いが馬車と共に待っていた。
「嫌」
短く答え、彼女は席に勢いよく座る。
「それは困りましたねぇ」
召使いはのんびりとそう言った後、少し考える素ぶりを見せる。
「では、前の屋敷へ戻りましょうか」
「……」
彼女が黙っていると、召使いは一人頷き、それっきり閉口した。
程なくして馬車は走り出し、少女はぼんやりと外を眺める。
「毒花、ですって」
誰に言うでもなく呟き、彼女は息をゆっくりと吐き出した。
花ーーそれは、少女の名前を意味し
毒ーーそれは、少女の母親を意味していた
「ぴったりなあだ名ね」
どんなに大切に、美しく育てられていても。
所詮は、罪人の娘なのだ。