聖剣勇者 5話
「まずは勇者様をお連れせねばなりませんところがあります」
そういわれて俺は姫様に黙って付いて行く。
『うむ、竜の里では洗礼の儀というのがあっての、地面から湧く冷水を頭からかぶることで外の邪を払うという習慣があるのじゃ。ティアラ姫が向かっているのはその泉じゃろう』
なるほど、神社に行ったらまず手をそそぐのと同じか。
「着きました此処です」
「ここか……って」
アーチがあり、そのアーチにはお土産商店街と書いてある。
「泉じゃねぇじゃん!」
「泉? 嫌ですよ、冷水を頭からかぶるなんて。それにあれ別に絶対しなければならないと言う訳でもないですし。それよりも見てください! お土産と書かれていますが、ここは食事処も多くあります。さっそくご飯を食べに行きましょう! もう一回行ってみたい店があるんですよね」
『お前洗礼の偽をなんじゃと思っておるんじゃ。三千年前から続く伝統じゃぞ。のう勇者よ』
「いや、俺も冷水浴びたくないからラッキーだと思ってる」
『勇者ぁ!?』
ということで俺は朝ご飯を食べることにした。お金は姫様が持ってきてくれたので姫様もちだ。
店に入ると朝だというのに中はいっぱいだった。どうやら相当人気の店らしい。
「おお、賑わってる。つまりはそれだけここの料理がおいしいってことだよな。何だろうな何か竜の里中華っぽいから餃子とかかなぁ」
「お客様、申し訳ございません。三名ですと相席となってしまいますがよろしいでしょうか」
「はい、大丈夫です」
案内された先には一人の女子がいた。ボーイッシュな髪形をしており、頭には蜥蜴を乗せている。いや、ここは竜の里だ。羽がないが蜥蜴ではなくドラゴンなのだろう。きっと地龍とかの赤子に違いない。
『むっ、この気配まさか「ご注文はお決まりでしょうか?」
聖剣様が何か言おうとしたが店員の声にさえぎられる。
何か重要っぽいこと言おうとしてたな。何だろう、後で聞いておこう。取りあえずご飯だ。
「いつものを一人前で」
姫様がどや顔でそう言い放った。
対する店員は
「お客様は常連ではいらっしゃらないですよね。いつものではちょっと」
という対応である。
真面目だ。
「いつものを三人前で!」
対するボーイッシュな女の子はいつもので通用するらしい。店員さんが承知しましたといった。
「この子のいつものを一人前で!」
どや顔で姫様がまた言い放つ。
どうしてもいつものと言いたいらしい。
承知しましたと店員さんが言う。
「隣のいつものを一人前で」
何かここは乗る流れだったので俺もどや顔で言い放った。
承知しましたと店員さんは冷静だ。
「しかし三人前一人で食べきれるんですか? 失礼ですがそんなに大食感には見えないんですが」
俺は料理を待つ間暇なので、ボーイッシュな女の子に話しかけた。
「ふふん! 大丈夫です。僕はこう見えて大食いなんだ。五人前だっていけるよ!」
さりげに僕っ娘だ。初めて見た。
「おお、それは凄い」
「でしょ、たくさん食べないと竜戦士にはなれないからね」
「へぇ~、竜戦士目指してるんだ?」
「まぁね、お兄さんが竜戦士で今は武者修行に出てるんだけど、僕もいつか竜戦士になって修行の旅に出るのが夢なんだ」
その後も雑談は続いた。
名前も教えて貰った。彼女の名はメリー、そして上に載っているドラゴンがゴッドラゴンらしい。めっちゃ大層な名前だな。
姫様も交えて三人で盛り上がっていると料理がやってきた。
「こちらドラゴンフレンチでございます」
そう言ってテーブルに料理を並べた。うん、フレンチか。嫌いじゃないぜ、予想外だがな。
食べてみると普通に美味しかった辛口が多めだったな。
さすが朝から繁盛している店だ、納得の味だった。
目の前ではメリーが三人前をあっさり食べ終わっていた。
「そう言えば二人は外の人みたいだけど、何しにここへ?」
「仲間集めさ。竜騎士を探してるんだ」
「そっか。冒険者パーティの仲間? ここの人たちは竜騎士に認められるために、あまり外に出たがらないから探すの難しいと思うけど、がんばってね!」
「ありがとうメリー」
「ふふふ、店員さん、おかわりー!」
さりげなく六人前目を注文したメリーをはた目に、俺は料理を食べ終わった。
姫様も食べ終わったらしい。
「相変わらず美味しかったですね。ここはドラゴンフレンチしかないですか繁盛する理由も分かるものです」
おい、料理一種類しかないのかよ。なんで最初のいつものは通じなかったんだ。どや顔がだめだったのか、そうなのか?
「さて勇者様、食事も終わりましたし行きましょうか」
「ユーシャ? 君変わった名前だったんだね」
「いや俺の名前は堺勇人っていって勇者は職業?」
「フーン勇者か、って勇者ってあの魔王倒すって勇者!?」
びっくり! という顔でメリーがこちらを見てくる。
「な、訳ないか勇者は三日前に召喚されたばっかりって聞くし、何よりこんなに頼りなさそうじゃないと思うしね!」
さり気に失礼だぞメリー!
「ふっ、あなたには分からないでしょうね。勇者様の実力は、見せてやってください勇者様」
「え? 何を?」
「実力ですよ。腕相撲でもそこら辺の屈強な男としてあげたらいいんじゃないですか? 竜戦士を目指しているってことは皆さんお強いはずです」
そこまで言うと姫様は立ち上がりおもむろに叫んだ。
「みなさーん! 勇者様と腕相撲しませんか! 勝ったらここの食事代はこちらが持ちますよー!」
なんだなんだとお客がざわめく。そして一人のまさに屈強と呼ぶにふさわしいムキムキのあんちゃんが俺のテーブルの近くまでやってきた。
「威勢がいいな。俺たちに腕相撲で挑もうっていう勇者様は坊主かい? やめときな、竜戦士を目指している奴らばかりだ、有り金むしり取られるぜ」
「ふーん、恐いんですかー。このへなちょこに見えるざっこざこそうに見える勇者様に負けるのが恐いんですかー。デメリットもないのに、挑戦しないなんてまさに腰抜けですね。ね、勇者様!」
なんて挑発だ。後俺に話を振るな。
「いや俺はこの人が善意で忠告してくれたんだと思うんだが」
忠告してくれたムキムキのあんちゃんはぴくぴくと血管を頭に浮き上がらせている。やばい完全に切れてるよ。きれっきれだよ。
「いいだろう、こっちがまければそっちの食事代を払ってやろうじゃねぇか三人分な」
「僕は七人前たのんでるから実質九人前だね!」
「上等だ。店員さん少しテーブル借りるぜ、皿をどけてくれ」
そういって俺とムキムキあんちゃんのバトルフィールドがセットされた。
周りの客は食事をしながらも俺たちの方を向いている。
「じゃあ審判は私がしますね」
そういって姫様が審判を申し出た。
腕を組み、姫様が合図を出す。
「レディ、ゴー!」
ムキムキのあんちゃんには悪いが負けて恥をかきたくないので、ちょっと本気を出す。
掛け声とともに、ドン! とテーブルを叩く音が店内に響いた。
シーンと辺りが静まり返る。
あまりにも一瞬だったからだ。
「勇者様の勝ち!」
審判である姫様の掛け声で、辺りがわっと騒ぎ立てる。
「おいおい、すげぇぜ。めちゃくちゃしょぼそうな兄ちゃんが勝っちまった!」
「相手は竜騎士候補期待の星のバルカスだぜ、まさかしょぼそうな彼が勝ってしまう何てな!」
「俺もやろっかな、しょぼそうだからまぐれ勝ちかもしれないし」
「いやいやバルカス相手にまぐれ何てあるか? いやでもしょぼそうな男だしあるのかも?」
どんだけしょぼそういわれるんだ。
だが、これを口火にお店の中で腕ずもう大会が開始されたのである。




