絶望していたので猫耳奴隷少女飼いました 13話
天笶が解除魔法を習得しようとして一か月経った頃の話だ。天笶がキリアにゴマスパゲッティの店を案内した数日後の話である。
その日の昼、天笶はヘインケルをギルドの食堂に呼び出した。その時の時刻は三時ごろだったので、二人は注文を取りにきたレキにジュースを頼む。天笶にはかしこまりましたー、と晴れやかな笑顔で言うレキ、ヘインケルには勿論業務用の冷たい笑みである。
ジュースをレキが持ってきて、ついでにミクロアさんに休憩を貰いましたと同席するレキ。勿論アマヤの隣である。
天笶が頼んだゴマジュースを一口天笶が飲んだ後、ヘインケルは天笶に自分を呼んだ本題を尋ねた。
「それで、今日は何で俺を呼んだんだ?」
「ああ、それなんだけど、まずさ何でもいいから簡単な魔法を使ってくれない?」
「ん? そうだな」
そう言ってヘインケルは天笶の横に座るレキを見る。レキにはこの前、間接的に金を支払わせられた恨みがある。完全な逆恨みを抱いたヘインケルは少しの仕返しの意味を含めて、
「ほらよ!」
レキに顔に人差し指を向けて、水の魔法で水鉄砲と言えるぐらいの水を指先から射出した。水がレキに向かって飛んでいる最中、空間の割れるような音がして忽然と水が空中から消える。しかしそれは瞬間移動魔法のように綺麗にではなく、跡形もなく粉砕して消したような感じだ。
「んん~、やっぱりだめか」
水を消したのは天笶らしい。けれどどこかがダメだったみたいで天笶は落胆している。
「何がダメだったんですか? ご主人様。後どさくさに紛れて私に水掛けようとしてんじゃねぇよ、ぺっ」
顔に唾を掛けられたヘインケルを、いつもの事だなと流しながら天笶は答えた。
「それはだな、さっき解除魔法をヘインケルの魔法に試したんだけど上手く消せなかったんだよ。本来なら、霧の様に魔法を消せるらしいのだけど、僕がやると変な音が鳴って無理やりつぶしたような感じになるんだよね。練習の時は自分の魔法で試してたからだと、思ったんだけど違ったみたいだ」
天笶がヘインケルを呼んだ主な理由それは解除魔法のアドバイスを貰う事だった。一か月ほど、天笶は時間を見つけては解除魔法の練習をしていたが、一向に上手くならないのだ。ヘインケルなら何かわかるのではないかと、天笶はヘインケルを呼んだのである。客観的に物事を見て判断できるヘインケルならあるいは、と言う訳だ。
手で飛ばされた頬の唾を拭い、ヘインケルは解除魔法について話す。
「アマヤ、お前はさっきのを解除魔法を言い張るつもりか? 一個もできてないぞ。お前がやったのは魔力をぶつけて魔法を強引に消しただけだ」
魔法を魔力で消すという事は、その魔法に使われている魔力をさらに多量の魔力をぶつけて、魔力を揺らがせて消すということだ。これには相手の魔法に使われている魔法に、それ以上の莫大な魔力を注がなければならないため、実戦で使うものは一人としていない。
やるとすればこの方法で魔法を消して、力の差を思い知らせるぐらいである。実戦で使うのならば、相手の魔法を自分の魔法で防いだ方が何倍も効率がいい。
それにもしこの方法でレキの奴隷紋を消せば、レキの首にもかかるダメージは計り知れない。最悪死に至るかもしれない。
「というかお前、解読魔法使ってる? 俺には感じられなかったんだが?」
「何だ? 解読魔法って?」
不思議な顔をする天笶に、ヘインケルはおいおい、と呆れる。
「解除魔法は相手に合わせて使うものなんだよ。相手の魔法の仕組みが分からないと解除の仕様がないだろ。解除魔法を使う前に解読魔法で相手の魔法を理解してから、解除魔法で消す。解除魔法士なら最初に習う知識だ、冒険者の一般常識でもあるぞ」
「そうなのか、知らなかった」
そんな訳で、翌日天笶は解読魔法の教典を買ってきて、その日から練習し始めた。何日か経ったある日、天笶は大体の解読魔法のコツを掴んでいた。自分で魔法を使い解読するのを繰り返す、練習の成果出たのだ。
さっそく練習の成果を確かめようという事で、その日の夜に天笶はレキの奴隷紋に向かって試すことにした。
二人が使っている寝室で布団の上に座り、レキと正面向いて天笶は解読魔法を使う。
天笶は水色のジンプルなパジャマであり、レキは首からバンダナを外し猫耳の付いたパジャマを身に纏っていた。
「ふーむ、ふむ」
頭の中に奴隷紋の情報が入って来る。奴隷紋を使ったやつの名前、そいつの魔法に対する癖、どこをどう解除すればレキに害なく消せるか、他にも様々なことが理解できた。
「……んん?」
さらに情報を探っていると不可解なことが分かった。レキについている奴隷紋が、本来掛けられた奴隷紋よりはるかに強化されているという事だ。
奴隷紋の仕組みだが、まず奴隷紋は魔力を吸い取るという事で稼働している。奴隷が魔法を発動しようとした魔力を吸い取った魔力をぶつけるという事で、奴隷紋は使用者の魔法を封印しているのだ。キーワードで起こす反応も、吸い取った魔力をこれに充てているからである。
では魔力をほとんど持たない獣人に付けるとどうなるかというと、空気中に漂っている微量の魔力を吸収することで稼働している。それでも足りない場合は生命力を魔力に無理やり変換して、足りない魔力を補う。
レキは猫の獣人であり魔力をほとんど持っていない。その為に奴隷紋は空気中魔力を窮して稼働しているのだが、近くにいた人がまずかったらしい。ただでさえ強力な魔力を持つ天笶の近くにレキはいて、傷を治すために毎日治癒魔法を受けていた。そのせいで魔力が過剰供給されていたらしい、さらに天笶がキーワードを使って奴隷紋の魔力を消費することもない。溜めて置ける魔力に限界のある奴隷紋は、魔力を消費するために自身の強化に魔力を注いだ。
その結果、奴隷紋が元々の性能より拡大に強化されているのだ。
「うーむ、もしかして解除できるかもと思ったけど、無理そうだな。それどころか僕が近くにいたせいで強化されてる」
「そうなんですか、ざ、残念だなー」
「なんかレキ、うれしそうじゃない?」
「いえ、そんなことはないです。本当に残念です! それはもう非常に、あーあー残念だなー」
棒読みで残念がるレキに天笶は少しハテナマークを掲げる。その後も、何か役に立つのではと解読魔法を続ける天笶。
「……あー、こんなことも分かるのか」
「何が分かったんですか、ご主人様?」
「キーワード、それも強化されたせいで百種類ぐらいに増えてる。しかも分かるのはキーワードだけで、キーワードに反応して何が起こるかは分からない」
「へぇー、ご主人様。せっかく何ですからどれか読み上げてくれませんか。面白そうですし」
「えぇ! 止めといた方がいいと思うぞ」
「大丈夫ですよ」
レキは大丈夫だと答えたが、これは概ね間違っていない。奴隷紋は奴隷を縛る道具なのだ。電撃や首を絞めるといった、奴隷が歯向かわないようにするものがキーワードの主なもので、殺すと言ったようなものはない。何気ない一言で奴隷が死んでしまっては本末転倒だからだ。
「うーん、それじゃあ。言うぞ、えっとバケロボロスタッス」
バケロボロスタッスは昔にいた船に乗ると必ず悪酔いした貴族の名前である。陸の上では千の敵軍の首を刈り取ったと恐れられたが、船の上では跳ねる魚ほどしか活躍しなかった人物だ。この世界にきて三年と詳しい知識に乏しい天笶は、知らずに読み上げてしまった。
「ご、ご主人様、それは……」
バケロボロスタッスのことをレキは知っていた。悪酔いさせるキーワードだ。やばい、と一瞬で理解したレキは、寝室から飛び出しトイレに向かう。
数分後、レキはげっそりとした顔で寝室に戻って来た。
「な、何があったんだ?」
「聞かないでくださいご主人様。それより、次です! 次のキーワードを!」
「まだやるのか? 止めといた方が……」
「ほら、あらかじめキーワードとその効果を知っていれば、偶然言われたときに対処できますよ。さっきの様に」
「そうか、それもそうだけど」
「お願いしますよ、ご主人様!」
レキがここまでキーワードを天笶に言わせようとしているには訳がある。借金奴隷と犯罪奴隷にはないが、違法奴隷の奴隷紋には高確率で組み込まれるキーワードを狙っているのだ。違法奴隷は麗しい美少女を攫ってきたり、希少な種族な女性を誘拐したものが多数いる。それが合法な奴隷たちと違うところだ。
つまり違法奴隷に高確率で組み込まれるキーワードそれは、発情させるキーワードである。
もし天笶が偶然言ってしまえば、発情を免罪符にやりたい放題だ。あんなことやこんなことを出来るかもしれない。
真剣な顔で天笶を見つめる眼差しに、天笶はレキがいかがわしい事を考えているとは少しも考えず、納得した。
むしろレキが痛い目に合わないようにと考え、キーワードの対策のことを考えもしなかったことを天笶は恥じに思った。
「よし、じゃあ言うぞ、次はバルギネクサス」




