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絶望していたので猫耳奴隷少女飼いました 12話

「あら、もしかして次の挑戦者ですか?」


 狂犬の群れ相手に五連戦したというのに一切息を乱さないキリアが、突如前に出てきたヘインケルにそう問うた。


「いや、違うけど」


「ええ!?」


「おーい、ザフロッグのおっさん、こんな目に会うなんて中々ないぜ」


 驚くキリアを無視して、ヘインケルは野次馬の中にいた筋骨隆々の男であるザフロッグに話しかけた。ザフロッグは中年のA級冒険者であり、スケベオヤジの熊の獣人である。スケベなところが残念だが、それは実力とは関係ない。このフェルンの町の立派なA級冒険者である。


「あーん? 確かにそうだが、ヘインケルはやらないのかよ?」


「俺は挑戦者がたくさん挑戦して、S級試験官様が疲れたところで勝負をしかけるよ」


「ああん? なら俺は捨て駒ってか?」


「まぁ、そうだな。けどあんたが勝ってしまえば、俺が挑戦する機会もないだろうな」


「上等だ、やってやるよ」


 観客を押しのけ、キリアの前に出てくるザフロッグ。同時に背中に背負っていたキリアの背丈ほどにもなる斧を構えた。それと入れ替わりにして、ヘインケルは観客の方に戻っていく。


(これで、流れに流されて続々と挑戦者が現れるだろう。あとは金儲けに利用させてもらうとするか)


 観客の方に戻ったヘインケルは、さっそくキリアとザフロッグどっちが勝つかのギャンブルを開催し始めた。面白いと、思った観客の一人がキリアに賭けると続けざまに賭けに参加するものが現れる。


(S級試験官様様だな。最後は勝てそうだったら、勝負してS級試験官様からも金を頂くか)


 ヘインケルの企みが進行しながらも、キリアとザフロッグの戦いが始まった。ザフロッグが勝負開始の合図のすぐ後に斧を振り下ろす。キリアはこれを狂犬の群れの剣と同じように回避して、振り下ろした直後の隙を狙いレイピアを振るうもこれをザフロッグがさせない。ザフロッグもキリアの攻撃を回避してカウンターを狙い、またテンポを変えて攻撃したりと反撃を軽々とさせない。

 B級の口だけだった狂犬の群れとは違い、ザフロッグの実力はA級足り得るものだ。

 戦いは十分間にも及ぶ、激闘となった。激闘の末勝利したのはキリアだ。勝敗を分けたのは一瞬の隙である。十分ともいえども何千という攻防が行われれば、並の集中力ではもたない。ザフロッグはA級らしく最後まで集中力を切らさなかったものの、ほんの少しだけ集中が揺らいだ時があった。

 それが一瞬の隙となり、キリアはそこを見逃さなかったのだ。

 

「かぁ~、負けちまった。まさか年端もいかないお嬢ちゃんに負けるとはな」


「いえ、ザフロッグさんも見事でしたよ」


「そういうなよ。あんた魔法を一切使わなかっただろ。やっぱA級とS級には差があるんだよな。俺はせめて魔法を使わせてやろうと思ってたんだぜ」


「それは残念でしたね。さらに修練を重ねてS級を目指してください」


 ザフロッグが退場し、賭け金でヘインケルが儲け、次の挑戦者が現れた。風来の鎌使い、地面崩しの槍使い、炎氷の魔法使い、記念試験のEランク挑戦者、孤児院の子共、その他にも何人もの挑戦者が挑むもキリアに魔法ひとつ使わせられない。

 夕暮れになり、あらかたの挑戦者が一掃され、挑むものがいなくなった。まだ勝負を見てみたい野次馬の目線が自然とヘインケルの方に向かう。

 

(仕方ないな。せめて何の魔法を使うのか見学したかったが、剣筋は見切ったしあとは何とかなるだろう)


 ヘインケルが立ち上がり、キリアの方へと向かう。


「本当に勝てば無条件でS級になれるの?」

 

 ヘインケルが観客を抜ける前に、観客の群れを通って現れた挑戦者がいた。冒険者ギルドの食堂のウェイトレス姿で買い物かごを片手に持っている猫耳の人物。首にバンダナをまき、冷たく対戦相手を射抜く姿にキリアは今日初めて味合うプレッシャーを感じた。直感が言っている、今日見た中で一番強い。間違いなくこいつがS級候補であると。

 その横で傍から見ているヘインケルは呟いた。


「レキか……ってあいつ強いのか?」


「そこそこは強いんじゃない? ほら、前にザフロッグさんがレキちゃんのお尻を触ろうとしたときに、テーブルを貫通して地面に叩き付けられてたでしょ」

 

 声にヘインケルが横を振り向くとレキ同様にウェイトレス姿で買い物かごを持つミクロアの姿があった。

 どうやらレキとミクロアは食材の買い出しに来て、ここに遭遇したらしい。


「ああ、その後でさらにツバを吐かれてたな。他にもレキに手を出そうとした輩が血祭りにが挙げられてたような。そういえば負け犬の群れもだったな」


 どっちにしろ、もう一回金儲けができるチャンスが増えたなと、ヘインケルはほくそ笑んだ。


「ミクロアさんは、どっちに賭けます?」


「そうねぇ……」


***


 レキは自分がウェイトレスよりも冒険者の方が向いていると前々から思っていた。今、冒険者ギルドの食堂で働いているのも、奴隷は冒険者になれないという法律からだし、出来れば天笶と同じ冒険者になって付いて行きたいと思っている。

 この機会は願ってもいない機会だ。


「ええ、私ことキリア・フェルグランドラッドの名に誓って守りますわ」


「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 そういうとレキは買い物かごを偶然目に入ったヘインケルに投げつける。ウェイトレスのスカートをめくり上げ、二つの短剣をホルダーから抜き出す。天笶に買って貰った二つの短剣を右と左に逆手で持つ。


「試合を始める前に聞きたいことがあります。あなたは『雷魔』ですか?」

 

「雷魔? 何ですか、それ?」


 キリアがこのフェルンの町に来た理由は、一つがS級候補にS級試験を施すこと。そしてもう一つが占いの審議を確かめることだ。この町に来る前、フェルグランドラッドお抱えの占い師にキリアが占って貰ったところ、とんでもない結果が現れた。

 その内容はキリアの運命の人なりえる人物とあうという事である。フェルンの町でSSS級の人物と会合し、キリアがその人物と結ばれるかもしれない。この結果が出たとき、フェルグランドラッドの中は大騒ぎになった。

 キリアの運命の人が現れるだけでも騒ぎになろうというのに、それがSSS級の人物だというのだ。

 SSS級の人物は三百年前に記録が残っている以降、誰もその座についていない。もしこの世にいるのなら、間違いなく人類最強。

 もしSSS級の人物をフェルグランドラッド家に迎えられば、間違いなくフェルグランドラッド家は莫大な力を得れるだろう。それがフェルグランドラッド家の繁栄につながると考えるのは仕方のないことだ。

 しかし、本当にSSS級の人物がいるのか、占いが間違っているのではという声もあった。そんな人物がいるかもしれないのに、フェルン町でそういった人物の噂を一切聞かない。

 しかもキーワードは『雷魔』の一言だけだ。キリアもこの占いに半信半疑だったが、もし本当に運命の人がSSS級の人物なのだとしたら、こんなにうれしいことはなかった。

 フェルグランドラッド家は武家でもあり、家の中で強さも重要視される。そんな訳でキリアも小さい頃から猛特訓された。

 結婚するなら最低でも自分より強い人がいいと思っていたし、その人が人類最強だというなら本望だ。

 今日出会った人物で間違いなく目の前のレキが最も強いとキリアは感じる。けれどもレキの良く分からないと言った反応と女性という事で運命の人ではないなと落胆した。


「実は先日の占いで私の運命の人とこの町で出会うかもしれないと言われたのです。その運命の人の手掛かりが『雷魔』の一言だったのですが、そもそもあなたは女性ですしね。どうやら占いはハズレだったようです」


「ふ~ん、でも私にはそんなこと関係ないから、本気で行かせてもらう」


「ええ、S級の冒険者が増えるのはいいことです。遠慮なくかかって来てください」


 シャナイルのルールの説明が終わり、始めの合図で試合が始まった。

 合図の直後にいきなりレキがキリアに急接近する。


(速い!)


 来ると思っていた予想以上の速さにキリアは心の中で称賛の声を上げる。だが、驚くのかここからだった。目の前のレキが忽然とキリアの視界から消えた。キリアはほんのわずかに見えたレキの姿を追ってほぼ勘で横九十度を振り向きむく。同時にレイピアをレキの方に突き出した。


(なっ!?)


 次の瞬間にレキは左手に持っていたナイフを手放して、突き出されたレイピアを左手で掴んでいた。キリアはレキの速度にも驚かされたが、それ以上にこのキリアのレイピアを正確に掴み、封じたことにさらに驚かされた。キリアはレイピアが封じられ、驚きに体が硬直する。そのわずかな間にレキの蹴りがキリアの腹に直撃した。

 

(まずい!)


 このままでは蹴りで吹っ飛ばされ、レイピアを手から離してしまうだろう。そうなれば、レキの勝利は決まったも同然だ。キリアはこのままでは負けると瞬時に判断し、魔法を使った。


(消えた)


 レキの目の前のキリアが掴んでいたレイピアごと消えた。レキはこの現象に対峙したことがある。瞬間移動魔法つまりはワープだ。

レキは左手から離して、重力のままに落ちるナイフを手を伸ばして拾う。


(この手の使い手がやる常套手段は……)


 過去の経験から判断し、レキは体を百八十度回転させる。レキの後方に音もなくワープしたキリアがレイピアをレキに向かって突き出そうとしていたのが、レキの目に映った。突き出されたレイピアを右手に持っていたナイフでレキは弾く。

左手に持っていたナイフを投げて、カウンターを仕掛けようとレキは思ったが、後ろに観客がいるのを思い出してやめた。もし躱されたら魔法と違って途中で消すことが出来ないナイフでは、リスクが高い。

 

「やりますわね。まさか私の魔法に初見で反応して見せるとは」

 

 ワープでいったん距離をとったキリアが、冷汗を垂らしながら感想を口にした。一方レキは自分自身で自分の行動に驚いていた。レキにとって本格的な戦闘は三年ぶりだ。それでも、過去以上に上手く動く体にレキは自分がこの三年間で成長していることを実感した。それと同時に、傭兵としての勘は酷く衰えていることを感じる。もし三年前の自分だったならば、躊躇なくナイフを投げていた。あの時は、ナイフにワイヤーを付けて投げても引き戻せるようにしていたということもあるが、それ以上に自分以外の人の命だったらどうなろうとかまわないという考えがあったのだ。

 今では天笶に感化されたのか、関係のない野次馬一人のために手に入れられた勝利を捨てる始末である。傭兵時代のレキにとっては考えられないことだ。


「クソッ、まさかレキがこんなに強かったとは、思いもしなかった」


 野次馬に混ざっていたヘインケルがぼそっと呟いた。


「そうねぇ~、もしかしたらこの賭けは私の勝ちなのかも」


「おいおい、まさかただのウェイトレスにS級試験官様が負けるはずないよな。頼むぞ、全く」

 

 ヘインケルがミクロアに勧めたギャンブルに、ミクロアは金貨一枚をレキに賭けていた。今持っている自由にできる金額がこれだけ、といって賭けたミクロア。もしレキが勝利すれば、今日のギャンブル開催でこそこそ稼いだお金が全部パーである。それどころか自腹を切る羽目になるかもしれないとヘインケルは、不安に駆られてしていた。


「しかして、私もS級試験官。そう簡単に負けるわけには行きません」


 キリアの宣言と共にキリアの姿が消えた。瞬間移動魔法で今度は後ろではなく右後ろという少し捻った位置に転移する。その動きに瞬時に反応するレキ。レイピアをナイフで弾き、火花が散り、キリアが消えまた攻撃を仕掛ける。ただ後ろの方に出現するだけではなく、前方に現れたりフェイントを織り交ぜたり、瞬間移動魔法を最大限に利用した攻防がレキとキリアによって繰り広げられた。

 今日一番の戦いに観客が盛り上がる。一瞬の油断が敗北へとつながるその激闘は、終わるときも一瞬だった。

 五分ほど経ったかとヘインケルが思った次の瞬間、決着が着いた。レキのナイフがキリアの首筋を捉え、キリアのレイピアがレキの首に向かって突き出されている。


「しょ、勝負あり、勝者は挑戦者です!!」


 シャナイルの宣言で試合が終了した。引き分けに思えたかに見えた最後だったが、キリアのレイピアの刃先が折れて地面に突き刺さっている。

 幾度との攻防でレキはキリアのレイピアの同じ個所を弾き、武器を折ることを達成していたのだ。


「あああああああああッッ!! 今日の稼ぎが! ちくしょうが!」


「ふふふ、ずる賢いこと考えるからそうなるのよ。ヘインケル君」


 そこには怒りで広場の地面を叩きながらもだえるヘインケルと、優しげに笑うミクロアの姿があった。

 

「ふぅ、私の勝利ですね。宣言通り、S級冒険者にしてもらいましょうか」

 

 これでさらに天笶に近づけると嬉しそうな顔を浮かべるレキ。


「負けましたわ、約束通りS級に昇格させます。シャル!!」


「はい、お嬢様」


 キリアの声でとてとて、と駆け寄るシャナイル。レキの近くまで来ると、懐から一つのスタンプを取り出した。


「では、冒険者カードを貸してください。このスタンプを押せば冒険者カードのS級昇格の手続きは終わります。他にもすることはあるのですが、それは冒険者ギルドの方でするということで」


 冒険者カードとはその名の通り、冒険者が持つことを義務付けられている特殊な魔法合金でできたカードだ。個人の正銘、級の証、依頼をこなした回数、その他にも様々な情報がそれ一枚に記録されている。冒険者の必需品であり、持っていないと冒険者として認められないという重要なアイテムである。

 だがレキは奴隷という事で冒険者には成っていないために、当然冒険者カードは持っていない。


「持ってません。というか私は冒険者ですらないです」


「ええ!? じゃあ無理ですよ。いくらお嬢様でも、冒険者でない方をS級冒険者と認めることは出来ません。今すぐに冒険者登録をしてください」


「私は奴隷なので、冒険者登録できないのですけど」


「……無理です」


「無条件でって言ったのに?」


「お嬢様でもギルドのルールは捻じ曲げられません」


「……戦って損した、ぺっ」


 地面にツバを吐きつつ、退散するレキ。ミクロアを見つけると買い物に行きましょうとだけいって、早急に商業区の方に向かっていった。


「何か拍子抜けな結果になっちゃったけども、よくよく考えたら当たり前なのよね。じゃあヘインケル君、私が勝った賭けの金額分、楽しみにしてるから」


 それだけ言ってミクロアはレキがヘインケルに投げた買い物かごを取って、レキに続いた。ヘインケルはその間も、地面を叩いてうなだれている。


「……レイピアが折れちゃったし、今日の所は終わりですわね。それにギルドに挨拶しに行かなければなりませんし」


「そうですね、お嬢様。『雷魔』の手掛かりもギルドマスターなら何か知っているかもしれません」


「というか、何でこんな夕方になるまで私は戦っていたのかしら」


「アマヤさんにお嬢様が、模擬戦をしようと言ったからですよ。これに懲りたらお嬢様は、もっとS級試験官だという自覚をもってください。気軽にあんなこと言うから、こうなるんですよ」


「そうね。でも中々に楽しかったし、私はありのままでこれからも進みますわ」


 シャナイルが日傘をキリアに手渡し、キリアは日傘を差しシャナイルと共にギルドに向かった。いい見世物が終わったという事で、野次馬も解散する。

 後に取り残されたのは一儲けしようとしたら、お金を払う事になったヘインケルだけである。


「ああ~、どうしてこうなったんだか」


 それにしても、とヘインケルは思う:


(この町で雷に関連する強者って一人しかいないような気がするんだが……)


 ヘインケルは一人の外見だけなら弱そうな友人の事を思い浮かべて、まさかと思い頭の中からかき消した。


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