絶望していたので猫耳奴隷少女飼いました 11話
レキ達が孤児院を訪れて二か月ほどが経過した。レキは変わらず冒険者ギルドの食堂で毎日働き、天笶は依頼のために一週間ほど外に出て帰って来ることを繰り返している。
その日、天笶達が拠点にしているフェルンの町に二人の来訪者が訪れた。
一人はキリア・フェルグランドラッド、天笶と同い年の十九歳の少女である。キリアはフェルグランドラッドっという貴族の長女で、フェルグランドラッドの紋章の付いた特注の鎧を上半身に付けて、下半身にスカートというちぐはぐな服装をしていた。おまけにピンク色の日焼け傘を身に着け、腰にはレイピアをぶら下げるというスタイルがさらにちぐはぐな印象を与えている。
もう一人はシャナイル、キリアからはシャルと呼ばれている従者だ。年はキリアと近く、銀髪のショートカットでモノクルを片目に着けていた。
二人は乗って来た実家の馬車を見送ると、フェルンの町を見渡す。
「ここがフェルンの町ですか。特別の大都市でもなく、されど廃れている村でもない。何というか普通の町ですね」
昼の日差しを日傘で受け止めながら、キリアが町についての感想を呟く。
「そうですね、お嬢様。しかし、本当この町にいるでしょうか?」
「まぁ、それも、すぐに分かることでしょう。さっそく冒険者ギルドに……と言いたいところですが、お腹が空きました。シャル、先にご飯にしましょう」
「分かりました。えーと」
シャナイルは懐から、一冊の本を取り出しめくる。本のタイトルには旅先の名物図鑑と書いてあり、シャナイルはフェルンの町の項目を見つけ出すと食事関連の事を読み上げた。
「なるほど、では今回はそのゴマスパゲッティというのを頂ましょうか。場所は何処にあるか分かる?」
「書いてないので分からないです!」
「うーん、その本はたくさん名物が書いてあるのはいいのですが、地図がないのが傷ですねぇ。じゃあ聞きましょうか」
そういうとキリアは丁度目の前を歩いている男にゴマスパゲッティの事を聞いた。男はキリアと同じほどの年齢の様で、歳の割には少し身長が小さい優男である。皮の防具を付けており、冒険者なのかとキリアは推測した。
その推測された男、天笶はゴマスパゲッティの事を知っていたので、その店に二人を案内する。案内のお礼と天笶はキリアに奢られることになったので、天笶はありがたくこれに乗っかることにした。
天笶はゴマスパゲッティが来る間が暇だったので二人が、何故この町に来たのかを訪ねる。
「そう言えば、言っていませんでしたわね。私はこの町に二つの用事があって来たのです。ところでアマヤさんはS級冒険者の事は知っていますよね?」
S級冒険者とは名前の通りS級の冒険者である。S級は冒険者のランクで、下からE、D、C、B、A、S、SS、SSSと定められている中の一つで、かなりの実力者だという事を表す。Eは見習い、Dは初心者、Cは一人前、Bは実力者、Aはベテラン、でありその上は天才で選ばれ子存在しかなれないと言われている、Sはその中でも一番下だが、天笶達が住む大陸には二桁しかいない冒険者だ。
地球で少年がプロのスポーツ選手に憧れるように、こっちの世界の少年は冒険者のS級に憧れるのである。
「ええ、知ってますよ」
「ではどうやったら、S級になれるか知っていますか?」
天笶は少し首を捻る。EからDへと昇級するときには、試験官との模擬戦とD級の依頼に試験官と同伴でこなすことになっている。大体これがA級までの仕組みだ。しかし、A級の試験官にはあったことがあるが、S級以上の試験官にはあったことがない。それはS級以上の人が少なすぎるためだ。だったら、どうするのか天笶には疑問だ。
「正解はA級までと変わりません。けれども昇級試験は試験官とも模擬戦だけです。そして、S級の試験官は人数がとても少ないですが存在します。そう! その数少ない試験官の一人が……」
「ここにいらっしゃるキリア・フェルグランドラッドお嬢様でございます」
「もう! 何で一番いいところを言っちゃうのよ、シャル!」
「ノリです」
「へぇ、キリアはそんなに凄い人だったのか」
S級という界隈から怪物とも言われている人々の中に、旗からみるとただの美少女にしか見えないキリアが入っていることに天笶は意外だという感情を覚えた。
「そうなのですよ。お嬢様はS級の序列でいうと二十二位、七十八人しかいないS級の中でも上位のお方なのです」
「あ~、言いたい部分全部言っちゃって! まぁ、そんな訳で私はS級の試験官で、今回はS級候補がこの町にいると聞きつけやってきたのです!」
ふんす! と自慢げに喋るキリアはS級に誇りを持っているのだろうという事が分かる。その後にゴマスパゲッティが来たので、三人は喋るのをやめて昼食をとった。店の場所の事を知っていた天笶だったが、ゴマスパゲッティを実際に食べるのは初めてだ。お味の感想は、まさにゴマでありゴマとしか言い表せないような味。でも案外美味しいと天笶は感じた。
食事の後、食後のデザートのゴマケーキを食べているときのことだ。キリアが天笶に問いを投げかけた。
「ところでアマヤさんは見た所、冒険者と言った感じのようですがどうなんですか?」
「見た通り、冒険者だよ」
「……やはり、そうですか」
キリアは天笶の格好を見て最初から言おうと思っていたことがあるのだ。もし冒険者だったのなら、冒険者をやめた方がいいということを。
キリアはこれまでS級試験官として数々の猛者どもと見て戦ってきた。だから直感で分かるのだ。大体見た相手がどれぐらい強いのか。
天笶を見たときから、全くというほど強さを感じなかった。たとえ相手が強さを隠していようとも隠しているなりの力量が分かったものだが、アマヤにはそれも全くない。
これは見た目だけで判断するものではなく、例え相手が体を全く鍛えていない魔法使いでもキリアは見れば強さが分かる。実際S級一位の魔法使いを見たときには優男にしか見えなかったのに、強さをびんびんと感じたものだ。
それと同時にキリアはその人物が将来どれくらいまで成長するのか、いわば期待値とでも言うべきものも今までの経験から感じ取ることが出来た。
キリアから見て、天笶はその期待値すら薄い。今すぐ、冒険者を止めて商人にでもになったほうがいいと、キリアは思っている。
キリアは天笶のためを思い、天笶に冒険者を止めた方がいいということを話した。
対して天笶は
「そうですか、でも僕は止めませんよ。恩人であり、憧れの人が冒険者だった。僕はその人たちのようになりたいから」
ニックらに救われ今でもニックらを尊敬している天笶にとって、冒険者を止めるという選択肢はない。天笶の揺るぎない決意を秘めた目を見たキリアはこれ以上、何を言っても無駄だろうという事を察した。
「そうだ! アマヤさん。模擬戦をやりませんか? 戦えば私から何かアドバイスできる事があるかもしれませんし、それに私の本気に勝ったら無条件でS級になれますよ。どうです、やってみません?」
「お言葉は嬉しんですけど、僕は今受けている依頼があってそろそろ馬車便に乗らないと間に合わないんですよ。申し訳ないんだけど……」
元々、天笶がキリアらがいた町の郊外を歩いていたのは馬車便で依頼の地へ行くためである。断られて残念そうに肩を落としながら、ゴマケーキの続きを食べるキリア。
そこに部外から話しかけてくる人物がいた。
「ちょっとお邪魔するぜ、さっき私に勝ったら無条件にS級になれるって聞こえたんだが、本当かな?」
割り言ってきたのは、狂犬の群れのリーダーB級のストレイである。レキが喧嘩を売った時に、最初に顔を殴られて吹っ飛ばされた人物だ。その後ろには、C級の取り巻きメンバー四人がそろっている。
「あなたたちは誰ですが?」
問うシャナイルに自信満々で答えるストレイ。
「俺は狂犬の群れのリーダー、ストレイさ。運がなくてB級に仕方なく落ち着いているんだけど、どうやら俺にも運が来たようだ」
「そうですか、しかしB級がいきなりS級昇格試験を受けようだなんて、アマヤ様のようにお嬢様に誘わるならまだしもおこがましいですよ」
「君には聞いてないね。それでどうなんだい?」
「ええ、仕方ありませんね。よろしいですよ」
「いいのですか! お嬢様」
思わず立ち上がりながらキリアに問うシャナイル。対してのキリアは冷静に狂犬の群れ達を観察していた。そしてすぐに分かった。例えこいつらが全員同時にかかってこようと、自分に傷一つ負わせることは出来ない。それも魔法を一切使わずに、ハンデを付けた状態でもだ。
「一度言ってしまったもの、それに私の全力に勝てるなら別にS級にいきなり昇格させても問題ありません。狂犬の群れの皆さん、今すぐにでも戦って上げますよ」
「ははは、いい度胸だぜ」
狂犬の群れのリーダー、ストレイはキリアの鎧に付いている紋章に見覚えがあった。フェルグランドラッドっと紋章であり、そしてS級試験官の一人はフェルグランドラッドのお嬢様であることも聞いたことがある。
仮にもS級に連なるものだ、ゴリラみたいなお嬢様だろうと思っていたが、実際はなんてことはないただの小娘だ。本気を出せば俺でも勝てるだろう。
一か月前、その一歳年下の小娘に五対一で手も足も出なかったのだが、そんなことは忘却の彼方である。
キリアたちはゴマケーキを食べ終わり、会計を済ませて天笶と別れた後、噴水の広場に来ていた。
レキが狂犬の群れに絡まれたまさにその広場だ。
広場は噴水がありベンチもあるが、大道芸人がショーをやったり吟遊詩人が詩を歌うための一定の何もないスペースが存在する。
その何もない、まさに広場の真ん中にキリアとストレイは立っていた。離れた場所に他の狂犬の群れと、シャルが立っている。
「それでは、特別S級昇格試験を始めたいと思います。昇格条件は挑戦者がお嬢様に勝利すること。勝利条件はお嬢様に戦闘続行不可能とさせることです。例えば気絶させたり、首に剣を済んでのところで突き付けたり、その点は審判の私ことシャナイルが判断します。敗北条件は挑戦者の戦闘続行不可能です。お二人ともよろしいですか?」
モノクルを光らせるシャナイル。周りにはキリア達以外にも騒ぎを聞きつけた野次馬が陣取っていた。
「ええ、よろしいですわ」
「ああ、こっちもだ」
日傘をシャナイルに預け、腰からレイピアを抜いたキリア。ストレイは背中の長剣を抜き出して構えている。
「では、始め!!」
シャナイルの声でまずストレイが動いた。一番得意とする炎属性の魔法で生み出した火炎を剣に纏わせた。魔法の使い方として一般的な使い方の一つ付与だ。
魔法を纏わせることで攻撃力や攻撃範囲を高め、なおかつただぶっ放すよりも魔力の消費を抑えることが出来るという利点がある。上級者は体にさえ纏わせることができ、極めれば防御にも使えるシンプルかつ効果的な魔法の使い方なのだ。
「ほらぁあああ!!」
火炎を纏わせた長剣を縦に振るうストレイ。見た目の派手さに惑わされず、最小の動きでキリアは躱した。カウンター気味にレイピアを突き出すキリアの動きをみて、背後にバックステップで逃げるストレイ。さらに連撃を仕掛けてこようとするキリアに、纏わせた火炎を飛ばして応戦するもすべて躱されていく。あっという間に、野次馬がいる辺りまで追い詰められ、ストレイの首筋にレイピアを差し出された。
「勝負あり! お嬢様の勝利です!」
戦い初めて三〇秒も経っていない。シャナイルの勝利宣言に、観客と化していた野次馬共が歓声を上げた。
次元が違う。そのことを身をもって知ったストレイは膝をつき、肩を落とした。
「魔法も剣の腕もまだまだですわね。基本が成っていないという一点に尽きます。日ごろの鍛錬をサボっていませんか?」
図星を突かれますます委縮するストレイ。辺りからは情けねぇなという声や、負け犬じゃねぇかといったヤジが飛ばされた。他の狂犬の群れのメンバーも一応挑んだものの、結果はストレイより酷いものとなる。最初の剣の切り合いの一合目で、切り替えされてそのまま終わりというものだ。
「おおっ!?」
狂犬の群れが負け犬の群れとなり、さすがS級となっていたとき、野次馬がどよめいた。一人の男が観客をかき分けてキリアの前に出てきたからだ。
キリアの一目がその男の実力を見抜く。狂犬、いや負け犬の群れとは比べ物にならない人物。かなりの実力者だろう、魔法を解禁しないと勝てないかもしれない、とキリアの直感が告げている。
「面白い事、やってるじゃねぇか」
その男、ヘインケルがニヤけながらそう呟いた。




