絶望していたので猫耳奴隷少女飼いました 10話
その日の夕方前、レキ、ヘインケルの二人は商業区にやってきていた。ミクロアも来たがっていたが、ギルドの食堂の仕事が外せないので今回は渋々付いてこれなかった。
レキは自分がいなくて大丈夫なのかと、ミクロアに聞いたが臨時が入るので問題ないとのこと。元々レキ以外にも食堂の人員はいるし、忙しくなりそうなときは急遽入ってもらっている人がいるのでその人に頼むそうだ。
分かったら私にも教えてね、とレキとヘインケルは言われた。
二人が商業区に来ていた理由だが、これはヘインケルの目撃証言からだ。ヘインケルも天笶と親しそうに歩く茶髪の女性を見たが、一回だけ大量の食材を抱えているのを目撃したことがある。
女性が一人で持つのにはいささか多い量で、天笶も大量に食材を持っていたことからあの時、天笶は女性の荷物を持って上げるという気づかいをしていたのではないかと、ヘインケルは推測していた。
天笶はお人好しでそういう部分があるのはヘインケルもよく理解している。ギルド内の掃除をギルド職員が一人でやっていて大変そうだった時には手伝ったり、ギルドで魔法が上手く使えないと悩んでいた冒険者の新人に何時間でも付き合って魔法のコツを教えたりと天笶はそういう人物なのだ。
ヘインケルは茶髪の女性が飲食店か何かの食材を大量に使う仕事をしており、天笶は運ぶのを手伝っていた。そう予測した。
だとすると、天笶と茶髪の女性が歩いていた時刻からして、この夕方前の時間に商業区で買い物をしている確率が高い。
なのでレキとヘインケルは商業区で茶髪の女性を探しているのだ。見たことがあるのがヘインケルだけなので必然的に二人は一緒に行動していた。
「なぁ、レキはアマヤのどういった部分が好きなんだよ?」
「ええ!? いきなり何?」
情報収集が趣味の一端でもあるヘインケルは、何気なくそう聞いた。対してのレキは動揺しまくっている。
「それは優しくて心が強いところ、かな? 他にも色々あるけど」
「はー、そんなもんなのか。男性の趣味、変わってるな」
ヘインケルが変わっているというのは正しい。この世界ではやはり強い男性がモテる。S級ともなればかなり性格が悪くとも、女性はすり寄って来る。この世界の人類の評価点の一つとして、強さや強そうに見えることは至極真っ当だ。
そういった点から見ると、天笶は強さとは無縁そうな男性である。男性としての魅力は少ないと言えるかもしれない。
「お前はもし、天笶がその茶髪の女性と何か特別な関係だったらどうするんだ? 例えば天笶と茶髪の女性が恋人の関係だったりしたら」
そう聞きながら、ヘインケルはレキの回答をある程度予測していた。
一見レキの性格は天笶との生活で大分丸みを帯びている様に見える。喋り方は尊敬する人には丁寧だし、遠くから見てる分にはどこからの姫様にも見えるように感じられた。
しかしその中心にある性格は傭兵時代と余り変わってはいない。我を押し通す、芯ともいえる部分がレキにはある。
それでもご主人様のことは諦めません。大体そのようなことをレキは言うだろうとヘインケルは思っていた。
けれど、レキから帰って来た返事はヘインケルの予想と大きく違った。
「そうですね。たぶん私は身を引きます」
「どうしてだ?」
「それは……ご主人様を困らせたくないですし。それに、元からご主人様みたいないい人に私如きが釣りあっているのかどうかが分からないから」
レキは自分が決して自分が立派な人だといえる自信はなかった。天笶と出会い多少はマシになったとはいえど自分はかなり歪んだ性格だと思っている。自分は天笶に好意を寄せており、結ばれればうれしいが、それが天笶の幸せにつながるのか前から少し疑問だった。
自分では天笶のことを幸せにできないかもしれない。ならばいっそ家族の様な関係の人間でいいのでは? そう思う事も少なからずあった。
だからこそ、天笶が他に好きな人が出来た、もしくはいるのならば、自分は大人しく引き下がろうと考えていた。
「ん? あいつは……」
ヘインケルの目線の先には茶髪の女性がいた。茶髪をショートの髪形にまとめた彼女は、大量ともいえる食材をその手に歩いているところだ。彼女の年齢は天笶と同じくらいに見える。
「尾行は出来るか? 出来るならこっそり追うぞ。出来ないなら俺だけで追う」
レキは出来ると答え、二人はこっそりと茶髪の女性の後を尾行する。
どうやら茶髪の女性は戦いとは無縁な素人の様で、二人の尾行に一切気づかずに歩いていく。女性の後をつけて数十分後、彼女の目的であろう場所に辿り着いた。
青い屋根が特徴の一件の大きな建物だ。
しかし貴族の屋敷には見えない。立地も上流階級が住む辺りではなく、彼女が自分で買い物をしていたことから、貴族の線はありえない。
門の前で二人が佇んでいると、立地の中から一人の老婆がやって来た。
「あら、珍しい。お客さんかしら、ここに何の様で」
老婆は老眼鏡をかけており、背中も少し曲がっている。背が小さかったので、ヘインケルが見下げるような形で問いかけた。
「アマヤって奴のことなんだけど」
「おお! アマヤさんの関係者のお方かい?」
驚いた様子で答えた老婆は、取りあえず中に入ってくださいと二人を中に連れ込んだ。青い屋根の建物の中に入り、応接室とドアプレートが掛かった部屋に案内された。
応接室に来る間に数人の子供が建物内を徘徊しているのを二人は見かける。それだけで、レキがここは何処で、なぜ天笶がここに関わっているのかを理解した。ひとえにそれはレキがここと似たような場所にいたせいだろう。
老婆に勧められ、応接室のソファに二人は座る。その後、老婆が一旦部屋を離れ、次に部屋に入って来た時には、手にお菓子を持っておりその後ろに例の茶髪の女性がいた。
老婆はニコニコと優し気な表情を浮かべているが、茶髪の女性は二人を歓迎している様な表情ではない。
老婆はテーブルにお菓子を置き、レキ達の対面のソファに座る。茶髪の女性もそれに続いた。
「まずは自己紹介からしましょうかね。私がこの孤児院の院長をしております。ヒルカスと申します。この子は副院長のレーベル」
「よろしくお願いします」
例の茶髪の女性、レーベルは少しそっぽを向きながらそう答えた。
「それで、やはりアマヤさんの関係者方が来なさったという事は、孤児院への寄付を止めにきたという事でしょうか」
老婆からおずおずと言った形でそのことが話され、事情を読み込めないヘインケルはとりあえず老婆に事情を説明するように促した。
老婆の説明によると事は、約一年前の事だ。ここの孤児院が資金に困っており、後一か月も持たずに潰れるといったところで天笶がやって来た。
天笶は孤児院に寄付したい、とのことで少なくない額を孤児院に寄付した。これは孤児院の事をたまたま知った天笶の善意からだ。
天笶がどんな人物で何をこの潰れかけの孤児院に求めているのかは、分からなかったが老婆はお金を受け取った。このままでは孤児院にいる子供たちを路頭に迷わせることになる。それだけは孤児院の院長として避けたかったのだ。
天笶は何も要求することなく、また来てもいいですか、とだけ言って帰っていた。
その一か月後に天笶はまた寄付をしたいと言って、孤児院にやって来る。前と同じほどの金額を寄付して、子供たちと遊んでその日は帰った。
そこからは一か月に二、三回のペースでやって来て子供にはお菓子を配って、一か月に一度寄付するというようになる。
子供たちから優しいお兄ちゃんと慕われ、老婆は世の中にいい人はいるものだと思っていた。が、そう簡単に人の善意を信じることは難しい。
毎月少なくない金額を寄付していく天笶、天笶が自分のことを余り話さないので天笶自身の事は良く分からないし、何も見返りを求めないという俄かには信じがたい行動。
何か裏があるのではと副院長のレーベルは思っていた。レーベルはそのことを院長のヒルカスに話して、天笶が何者なのかを二人で考えることに。
まず天笶はどこかの坊ちゃんではないかというのが二人の意見だ。貴族か大商人の跡取りか、そう考えればあの寄付の量も納得できる。実家に頼んでか、勝手にかどうか分からないが、そうやって寄付金を作っているのだということだ。
だとすれば若くして多額の寄付金を孤児院に寄付できることに納得がいく。では、何のために寄付するのかという事が次の話題に上がった。
これは二人の間で意見が分かれた。ヒルカスは善意からだという意見だが、レーベルは何か裏があるに違いないと思っていたのだ。そこでレーベルは考え付いた。自分でいうのは何だが、レーベルはかなりの美人である。身長も高いし、胸もそこそこあるし、顔も整っている。
孤児院に何も見返りを求めずに寄付するのは、レーベルにいい人アピールして言い寄ってくるためだと。でないと、多額の寄付をする意味が分からない。
レーベルはそれまで、何か裏があると気味がって天笶には余り近づかなかったが、孤児院の寄付を続けてもらうためにも天笶にそれとなく近づいた。天笶はレーベルにも優しく、買い物を手伝ったり、洗濯物を手伝ったり、と様々なことをした。この扱いでレーベルはやはり私に気があるとさらに誤解を深めていったのである。
レーベルは天笶の見かけが強そうではないし、財力に任せて口説きに来ている気がして余りいい印象がないが、ヒルカスは二人がくっついたらレーベルは幸せだろうと好印象だった。
そして、今日レキとヘインケルがやって来た。二人をみてヒルカスは、孤児院に出資して多額の金額を浪費する天笶を見かねて、止めにきたのだと思ったのだ。
「はー、あいつらしいね、何とも」
レキ達はただの天笶の友人で、今日は気になったから来ただけですと答えた。そして、顛末を聞いたヘインケルの感想があいつらしいである。
天笶がお人好し野郎でたぶんレーベルにも恋心はない、という事をヘインケルに伝えられると、レーベルは勘違いに顔を真っ赤にして今はテーブルに頭を突っ伏している。
「うう~、ありえないでしょ。本当に善意だけだったなんて~!」
「それにしてもよかったです。レーベルさんがご主人様の特別な人ではなくて、またレーベルさんもご主人様に特別な思いを抱いていなくて」
頭をときどきゴンゴンとテーブルに打ち付けているレーベルの対面で、レキはにこやかにそれでいて満面の笑みでそう呟いた。横のヘインケルが普段とのギャップに、気持ちわるッと思うほどである。
「ふぅ~、これにて解決ですね。心配しなくても、ご主人様は寄付を続けてくださいますよ。優しい人ですから。お菓子おいしかったです、ヒルカスさん。さぁ、帰りましょうか、ミクロアさんにもこのことを伝えないといけませんし、ね、ヘインケルさん」
「さん!?」
上機嫌で席を立つレキ。どれだけ喜んでるんだと、少したじろぎながらそれに続くヘインケル。
応接室のドアを開けて帰ろうとしたところで、扉の先に一人の少女がいることにレキとヘインケルは気が付いた。
少女は黒い髪を二つのゴムでツインテールにしており、歳は十歳ぐらいだろうか、少女というよりは幼女に近いかもしれない。
「ねーねー、実は私さ、扉の外から聞いちゃってたんだけど、二人がアマヤお兄ちゃんの友達ってほんとー?」
無邪気そうに質問する少女に、上機嫌なレキは少女と目線を合わせて答えた。
「そうだよ、このヘインケルは何処まで親しいかしらないけど、私はアマヤお兄ちゃんとかなり仲のいい友達だよ」
「そうなの~、ほんとに友達なの?」
「そうだよ」
そこまで聞くと、少女はイエーイと両手を上にあげる。
「よかった~、私将来はお兄ちゃんのお嫁さんになりたいんだ~、二人がお兄ちゃんの特別な人でなくてよかったよ。ライバルが増えちゃうかと思った~」
***
その夜、ギルドの食堂の一角にレキとヘインケルは座っていた。夜の食堂は冒険者たちが打ち上げや愚痴をこぼす酒場と化しており、なかなかに賑わっている。ミクロアはレキとヘインケルの注文を聞くついでに、事の顛末をレキから聞かされた。
「ふ~ん、なるほどね。そのレーベルさんはアマヤ君と特別なことはなかったけど、伏兵がいたわけか」
天笶の嫁になると豪語していた少女、その後でヒルカスから名前を教えて貰い、セリルという名前が分かった少女の他に、あの孤児院では天笶と結婚するといっている女の子が他に三人はいるらしい。
「私は負けません! あんなチビガキに、ご主人様は渡せません!」
レキは天笶が誰かと恋人の関係になれば、身を引こうと考えているが、今はまだ一方通行の恋愛感情である。例えライバルが幼女よりの少女であろうとも容赦するつもりはない。
「ご主人様と結ばれるのはこの私です! ヘインケルもそう思うでしょう?」
「そんなこと知らねぇよ。銀貨一枚くれるならそう思ってやる」
「あらら、ヘインケル君はケチねぇ。私はレキちゃんを応援してるわよ」
「ありがとうございます! 私は諦めません!」
ちびっ子相手に躊躇なく闘志を燃やし、決意を固めるレキであった。




