絶望していたので猫耳奴隷少女飼いました 9話
レキが天笶とデートして数日後、レキは冒険者ギルドの食堂で働いていた。
食堂で働いている理由は、天笶が奴隷解放後にそなえて生活の基盤を作っていたほうがいいというアドバイスからだ。
天笶は解除魔法を習得した後に、すぐにでもレキを奴隷から解放しようと考えている。その後で苦労しないために、今から収入を得ておいて損はないという事である。
レキとしてはそういう事なら冒険者になろうと思ったが、奴隷は冒険者になれないというルールがあったために不可能だった。これは奴隷を冒険者にしてお伴として連れていった場合、肉盾にするものが後を絶たなかったからだ。
きっかけは天笶が冒険者ギルドの人間に食堂の人員が足りないという事を聞いて事である。レキが違法奴隷のことも隠してもらえるとのことで、レキは冒険者ギルドの食堂で働くことになった。
今では食堂のキッチンとウェイトレスのどちらもしている。人が少なくなり、手が余った時は魔物の解体なども手伝っていた。
一番忙しい昼事の時間帯が終わり、暇になって来た時のことだ。
「レキちゃん。ご苦労様、お客さん全然いないし一旦休憩しよっか」
そう話しかけてきたのは、このフェルン冒険者ギルドの副ギルド長であり食堂の料理長でもあるミクロアである。金髪を腰辺りまで伸ばしているおっとりとした女性のエルフで、天笶に食堂の人員が足りないと申した人物だ。
「分かりました、ミクロアさん」
端のテーブルに位置取って座るレキとそのテーブルにジュースを持ってきて座るミクロア。
「ここで働くことにも慣れてきた? レキちゃん」
「ええ、お陰様で」
レキがここで働き始めて五日間である。元から家で料理をしていたこともあって、給仕のことを覚えるだけですぐ慣れることが出来た。ミクロアができた上司という事もあり、ここでの仕事は何も不満がなく、満足していた。
その後に障りない世間話が続いたのだが、レキに聞き流せないワードが出てきた。
「いや~、でも隅に置けないわね。レキちゃんって実はアマヤ君の事、好きなんでしょ?」
「うう、確かに好きですけど」
恥ずかしながらも、答えるレキ。最初方は曖昧にしてごまかしていたのだが、天笶と一緒にいるときはずっと天笶の方を見ていたり、天笶と一緒の時は表情が柔らかいなど、二日もしない内にレキは天笶の事が好きであるという噂が広まった。ミクロアにも、毎日そのことを言われている。
違っていたのはこの先の言葉だ。
「やっぱり! それにしても、意外にアマヤ君はモテるのね。この間は茶髪の女性と歩いているのを見たし。結構ブームなのかしら、アマヤ君みたいな優しそうな男子」
「!?」
レキはその言葉に驚愕した。天笶が別の女性と街中で歩いていたなど初めて知ったからだ。二年間の会話では女性との交流関係など、一つも聞いたことがなかったし、思い人がいるなどの話も聞いたことがなかった。
「ミクロアさん! その人とご主人様はどういった風でした? 仕事の依頼主とたまたまあってただけとかでは?」
レキが放つ気迫に押されながらもミクロアは見た時の光景をありのまま話した。
「いや、そういう感じではなかったわね。親しそうに話してたわよ。それに見たのは一度や二度じゃないし」
「どういうことです? 何回ぐらい見たのですか? 一体いつから? 場所は何処で?」
「えーと、見たのは合計で三回くらいで、一年ほど前から町で見かけていたわ」
「……」
どういう事なのかを、考えて黙りこくるレキ。その様子を恋する乙女って怖いなと思いながらミクロアは見ていた。けれども、レキがどれだけ天笶を好きなのか、ミクロアはまだレキとは短い期間の付き合いながらも知っている。協力してあげたいとミクロアは思った。
「うーん、そんなに気になるならアマヤ君に聞いてみよう? って言いたいのだけど、彼は今依頼で遠くに行っているし」
天笶は元々かなりの実力者で、冒険者のランクも高い。本来、冒険者とは日帰りで依頼が終わることは少なく、拠点とする町から何日も離れているのはよくあることだ。冒険者のランクが高くなれば難しい依頼になり、必然的に向かう場所も人間が住まう安全なところから人間のほとんどいない遠い地に行くことは当たり前なのだ。
けれども、天笶はレキの世話があったため二年間の間は日帰りの依頼を中心に受けていた。今は天笶がつきっきりで居る必要がなくなったために、天笶は実力にあった依頼を受けて遠出をしているのだ。最低でもあと三日は帰ってこないだろう。
「うーん、そうだ! 丁度ヘインケル君がいるじゃない。あの子はアマヤ君と仲がいいし、情報通だし何か知ってるに違いないわ」
ナイスアイデアという感じでミクロアがレキに伝える。
「ヘインケル、ですか?」
そう答えるレキは少し億劫そうだ。苦手意識がありそうにも見えた。
「あら、ヘインケルと何かあったのかしら?」
「いえ、別に何もありませんよ」
別に、とレキはミクロアに言ったが、実はそれなりにヘインケルとは何かしらあった。
まず天笶がレキを背負って家に帰っていた時に一度、会っている。その時にヘインケルはレキは捨てておけ、と言っていたりして良いイメージがレキにはない。
そして今日から五日前、レキが働くために初めてフェルン冒険者ギルドに出向いた時である。その日は天笶と一緒に冒険者ギルドに来たのだが、冒険者ギルドの前でヘインケルと出会ったのだ。
その時にヘインケルは天笶を少し連れ出し、内緒話風味に話していたのだが、耳のいいレキには丸聞こえであった。
「おい、アマヤ。お前は奥手で女性をこれ見よがしにつれてくる奴だとは思ってない。凄い美人さんじゃねぇか。依頼人か? 後で俺に紹介しろよ」
ヘインケルはレキがあの時の奴隷だとは微塵にも思っていないようだ。それもそのはずであった、見るも無残な酷い怪我は天笶の治療でなくなっており、誰も美少女だと思うだろう。
「依頼人じゃないよ。というかヘインケルは知ってるだろ、レキだよ。一回あったし、ときどき話してただろ」
「はあ? あの時の奴隷? 嘘だろ、あの傷はどこ行ったんだよ!?」
「治療したんだってば、二年掛ったけど」
「ほんとにやったのか? そんな事、古傷は治すのに時間かかるんだぞ。誰もしたがらないし、時間の無駄だろ」
その後も、こそこそと嘘だろ、本当だ、を繰り返していたのでレキは二人の間に割り行った。
「お久しぶりですね。ヘインケル、さん? あの時の奴隷です」
ヘインケルが天笶に言ったレキに刺されるから捨てろ云々は、あの時のレキに当てはまっていたし、間違ってもいなかったのだが、レキはムカついてはいたので皮肉でそういった。
「え、ああ」
「今後、会う機会があるかもしれませんがその時はよろしくお願いします。ぺっ」
あの時の仕返しとばかりにつばをヘインケルの顔に命中させて、レキは天笶に行きましょうと告げた。
困ったように天笶を見るヘインケルだったが、天笶は女の子にあの言葉は嫌われても仕方がないね、というだけである。
対してヘインケルは、あの時すでに美少女だったらそんな事言わなかったよ、と冗談気味に返した。
そんな訳で別段何かあった訳じゃないが、レキとヘインケル関係は微妙なのである。
「ちょっと、つばを吐いただけです」
「ええ? 何があったの!? まぁ、とにかくヘインケル君に聞くのが一番ね。私もレキちゃんの恋路が気になるし、さっそく聞きに行きましょう!」
ミクロアは残っていたジュースを一気に飲み干すと、レキを連れてヘインケルがいるだろう場所に向かった。
ヘインケルは丁度魔物討伐依頼から帰ってきた後、討伐部位を受付に預けて検査待ちをしているところだったらしい。
待合室となっているロビーの椅子で一人、作業する受付嬢を暇そうに見ていた。
「ヘインケル君! 今暇だよね、聞きたいことがあるのだけど」
レキとミクロアがヘインケルに尋ねるとヘインケルは話し相手ができたと、上機嫌で答えた。
「何ですかね、二人とも。ミクロアさんはともかくレキが俺のところに来るとは珍しい」
レキは微妙に顔を逸らしながら、ヘインケルに尋ねた。
「ご主人様が一年前ぐらい前から、親しいという茶髪の女性について何か知りませんか? ミクロアさんも町で一緒に歩いているのを何回か目撃したそうですが」
「知りたいなら、銀貨一枚。と普段なら言っているんだが、生憎詳しいことは知らねぇな」
手を前に出して、金を寄越せジェスチャーをした後に、手を引っ込めてヘインケルはそう言った。
「へー、そうですか、使えない」
「何だと? まぁいいや、せっかくだから俺も協力してやるよ。冒険者っていうのは自慢したがり屋が多くて、大抵のことは聞かなくてもペラペラ喋ってくれるんだが、あいつは一切そういう事は喋らないからな。からかいのネタにもなりそうだし、個人的にも気になるし」
「協力って何に?」
そう答えたミクロアに当たり前という風にヘインケルは答えた。
「それは勿論。そのアマヤが親しいって言う女性を調べることですよ」




