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絶望していたので猫耳奴隷少女飼いました

「……死にたい」 


そう呟く彼こと安土天笶(あづちあまや)は絶望していた。

 落ち込んだ気分のままに彼は、三角屋根が特徴の家が並ぶ街並みを行く当てもなく歩いていた。

 日本人がみたら中世ヨーロッパみたいな街並みとでも言っただろう。でもここは中世ではないし、ヨーロッパでもないし、地球でもない。

 一か月前の話、奇しくも十七歳の誕生日に安土天笶は異世界に飛ばされた。

 前々から自分のサプライズパーティが計画されているのを偶然にも知っていた天笶は、準備中かも知れないに家に帰るのは良くないと思い、普段はしない寄り道をして家に帰ることにした。

 普段通らない裏路地や公園といった場所を通り、気づいた時には天笶は異世界に飛ばされていたのだ。

 天笶がここは地球ではないと悟ったのは林道を通っていた時に、三メートルは超えだろう巨体の鹿の様な角の生えた熊にはたりと遭遇した時だった。

 天笶は慌てて逃げるも、鹿熊の角に跳ね飛ばされ地面に落下し、痛みと怪我にすぐ動けなくなる。絶体絶命で意味の分からない場所で謎の生物に殺されるのかと目を閉じたときに偶然は起こった。

 たまたまそこを通りかけていたA級冒険者の三人組に助けられたのだ。

 A級冒険者のリーダー格であるニックが背負っていた剣で鹿熊を一刀両断、真っ二つに切られて鹿熊は死んだ。

 それからニックらに保護された天笶は正確にこの世界が異世界であると知った。

ここは魔法と剣があり、鹿熊の様な魔物が存在すること。ニックらは冒険者という職業の物で魔物を狩ることを生業としていること。

 そのようなことを、ニックらに聞いた天笶は異世界という場所でも言葉が通じて会話できることに安心し、同時に地球のことを考えて悲しんだ。

 残してきた家族や友人はどう思っているのか、僕は地球に帰れるのか、その思いが天笶を悲しませていた。

 それを見かねたニックは天笶に魔法を教えることにした。何か打ち込めることがあれば、

気がまぎれるかもしれないという彼の気づかいであった。

 天笶は一番適性のあった雷属性の魔法の鍛錬に励み、本来は一年掛るだろう事を一日で吸収し習得する。

 あまりの成長っぷりに嬉しくなったニックは、彼に他にも様々な事を教えた。他の仲間たちであるジェーンとハリスも協力し、一か月たったころには天笶は異世界で暮らしていくためには充分な知識や技術を物にした。

 一か月のニックらとの共同生活は天笶に大きな目標と心のゆとりと感謝を生んでいた。

 地球のことを思って枕を濡らす回数は減り、次第に天笶はニックらの様な冒険者の様になりたいと思うようになり、同時にこの恩をいつか返せたそうと思っていた。


***


 悲劇が起こったのは三日前のことだ。

 天笶とニックらが住む町であるフェルンの街に一匹の災厄が襲来する。

 奴が何を求め、何のために来たのかは分からない。

 S級の魔物、黒龍ゼレキアス。

 成体は一国を亡ぼすことができるという黒龍、その子供である黒龍が突如としてフェルンの街の郊外に現れたのだ。

 黒龍は区別のためにゼレキアスと名付けられ、街に防衛線が張られ黒龍から街を守る戦いが始まった。

 事の時、運が悪かったことにこの町にいた上位の冒険者が街を出払っており、戦力が不足していた。

 土魔法で作った防壁も爆発する黒炎に一撃で穴を開けられ、手の一振りで人が潰される。その事態に逃げ出すものまでいた。

 そんな中で一番最前線で戦った者たちがニック達と天笶だった。

 戦いは激戦となり、半日にも及ぶ死闘が繰り広げられる。

 最終的に、街の最端に侵入されその一帯が焦土と化すが黒龍ゼレキアスは討伐された。

 しかし街に起こった被害よりも甚大なのは戦った者たちの方だった。

 三百人近くの人々が戦闘に参加したが生き残ったのはわずか三名。

 うち一人は意識を失う重症、残り二人は軽傷。

 天笶はこの残り二人の軽傷の内の一人だった。

 

 黒龍ゼレキアス討伐の報酬として冒険者ギルドから莫大な報奨金が天笶らに渡されたものの、素直に天笶は喜ぶことが出来ない。

 天笶の尊敬する人物であり、この世界の心のよりどころでもあったニックらは全員死亡した。

 ジェーンは尻尾の薙ぎ払いで頭を跳ね飛ばされ、ハリスは噛み千切られて黒龍に喰われた。

 そしてニックは天笶をかばって死んだ。天笶をかばうことになった原因は、天笶が戦闘中に転ぶというミスだった。

 全員が目の前で死んだ。

 天笶は絶望した。

 ニックが死んだのは自分のせいだという自責の念やネガティブな感情が天笶の心を埋め尽くしていた。

 

***


 天笶はふと気づいて歩いていた足を止める。

 見渡すと天笶は知らない場所に辿り着いていた。

 といっても又異世界に飛んだとかそういう話ではない。

 見覚えのない町のどこかに辿り着いたというだけだ。

 辺りを見渡してみるとここは俗にいう裏通りという事に天笶は気づく。

 ニックらに用事がない限り近づかないようにしろと言われていた場所だ。

 曰く非合法な店や違法住民が住む街の闇だと。

 やばい薬の店や法律に反した人売り、闇ギルドや殺し屋が住むその様な場所であり刀傷沙汰も珍しいことではないらしい。

 日本育ちの天笶にとってはフィクションでよく見たものの実際に、このような場所に来るのは初めてだった。


「気味の悪いところだな。帰ろう」


 何も考えずに歩いたことを少し後悔しながら、歩き始めようとした時だ。男の怒号が天笶の耳に届いた。


「おらっ、さっさと入れこの愚図! 奴隷の分際で手を煩わせるんじゃねぇよ!」


 声の方向を見るとそこには檻の付いた馬車と二人の人物がいた。一人は中年の太った男だ。恐らくさっき怒号を飛ばしていた人物だろう。

 二人目は猫の獣人の少女だ。だがこの時、天笶はこの子のことを少女ではなく少年と思っていた。

 それはこの子の容姿があまりにもひどかったからだ。全身が傷と火傷だらけで、猫耳の一部が欠けていた。来ている服はボロボロで、食事も余り接種できていないのかやせ細っている。分かりやすい女性の象徴である胸は膨らんでおらず、まっ平らだ。

 そして首には奴隷の証である紋章がある。

 中年の男性の言葉と容姿から、天笶はこの子は奴隷で男性の方は奴隷商の男だと悟った。

 そして奴隷商が奴隷の子を罵倒しながら馬車に乗り込ませようとしている図を見て、天笶はとっさに声をかけてしまった。


「えっと、そこの人! ちょっと待ってくれ!」


「あ? 何だよ?」


 余りにも不機嫌そうに答える奴隷商に少したじろぎながらも、天笶は話を続けた。


「その奴隷の子のこと何だが、もしかして黒龍襲来の被害の子じゃないだろうな」


 天笶が思ったのはその子が違法の奴隷ではないのかということだった。

 奴隷には主に二種類あり、一つが借金奴隷、もう一つが犯罪奴隷。

借金奴隷は金がない田舎の農家が子供を担保にした結果返せなかったり、冒険者ギルドの罰則を払いきれなかったなどで奴隷になった奴隷だ。この借金奴隷は借金分を返すことが出来れば奴隷から解放される。

 犯罪奴隷は文字通り犯罪者が成る奴隷で、罰に合わせた場所で罰に応じた年数分を働かされる奴隷だ。

 この二種類がこの国で認められている合法な奴隷である。

 しかし、世の中にはこれに属しない奴隷が存在する。誘拐や脅迫といった様々な方法で強引に奴隷にした、通称違法奴隷だ。

 天笶は奴隷の子の怪我から見て、黒龍の被害にあった子供を火事場奴隷のごとく誘拐して奴隷にしたのではないのかと推測した。

 全身に広がっている傷や火傷は到底、人間が付けれるものとは思えず黒龍のブレスが掠ったりそれに巻き込まれた傷だと思ったのだ。


「あー、違うよ。違う。こいつは二週間ほど前に売られた物だ。黒龍の被害者じゃねぇよ」

 

 ぶっきらぼうに答える奴隷商の男。その言葉に一瞬だけ天笶は安堵した。黒龍の被害者ではなかったのだ。これで黒龍の被害者が誘拐でもさせられて無理やり奴隷されていたのならば、黒龍と戦って死んだ者たちが浮かばれない。

 しかし安堵したのは一瞬だけだ。すぐに天笶はおかしなことに気が付いた。

 それは黒龍が付けた傷じゃなければその子の傷は誰に付けられたものだという事だ。

 奴隷に関する法律では奴隷に必要以上の痛みを与えることは禁止されている。

 そのことを奴隷商にいうと奴隷商はにやけながら、答えた。


「それは前の飼い主でしょうね。全身に渡る傷、痛々しい火傷の跡。拷問まがいのことでもされたのでしょう。それか魔法の練習台にでも使われたのではと」


 当たり前の様に話す男。その言葉に天笶は心底驚いた。仮にも人間が人間に向かってここまでひどい仕打ちが出来るのかと。確かにフィクションで人間を人間とも思わないやつがいたり、ニュースでもそういう人物がいるという事は知っていた。でも聞くだけなのと、実際に目にしたのではやはり違う。

 

「だが、法律で必要以上に奴隷を痛めるのは禁止されているはずだ」


「だったらその飼い主にとっては、ここまで痛めつけるのは必要なことだったんでしょうよ」


「……」


 天笶は余りの驚きに言葉が出なかった。天笶が何か言おうとする前に奴隷商の男が喋りだす。


「ところでこの子が、この馬車に乗せられた先でどうなるか知ってます?」

 

「……」


 その言葉に天笶はまたものや言葉が出なかった。言いたいことがとっさに思いつかなかったのではなく、思いついたことを言いたくなかったのだ。

 奴隷の子の容姿では、まともに売られるという事はない。恐らく、炭鉱か何かの劣悪な環境で働かせられるのだろう。天笶はそう思っていた。


「答えは餌だよ。餌! 正確にはショーの生贄だ。こいつが出荷されるのは、遠い地下のアリーナさ。そこでは、捕まえられた魔物を戦わせて勝者を当てるギャンブルが行われている。魔物を戦わせるために、魔物を飢えさせ餌を取り合わせる。そのための餌だ。一回見に行ったことがあるけど、それはそれは酷いものだったねぇ。生きたまま真ん中に放り出されてさ、食べられないように必死で逃げるんだよ。結局は食べられちゃうんだけどね。ひどいときは魔物が両側から引っ張ってひきちぎられた奴もいたよ。それから――」


 べらべらと喋る奴隷商。天笶の予想を悪い意味で斜め上に裏切った。天笶にとっては聞くだけで気分が悪くなるような話だ。奴隷商はこの子がこの後、いかにひどい目にあうかを喋りおえると、話題を変えてきた。


「これもね、仕方ないんですよ。こっちも商売だからね。売れ残った在庫はどうにかして処分しないといけないんです。実際の所、餌として売っても馬車台との差し引きで利益なんてないんですよ。せいぜい、売り先に広告がわりになるぐらいであってね。こっちももっと高く売れるなら、そっちに売るんですけどね」


 そこで天笶は奴隷商の男が何を自分にさせたいのかが分かった。思えば途中から奴隷商の口調が商売人のそれであった。天笶との会話の途中で、天笶がカモになりえると察したのだ。

 違法奴隷や奴隷に対しての仕打ちは、日本から来た天笶には今日初めて受けたカルチャーショックだったが、元からこの世界に住んでいる者たちからすれば当たり前のことである。

 天笶は奴隷商に奴隷の子の傷は黒龍が付けてたものではないのなら、誰が付けたのかということを聞いたが、この世界の人間なら子供でも分かっていることだ。

 知らないのはよほど俗世に触れてこなかった貴族の坊ちゃんか、それこそ倫理観が違う異世界から来たものぐらいだろう。

 天笶の持っている日本で学び当たり前としてきた人道は、ここではバカのお人好しの考えであった。現にそういう部分を見抜かれ、売り物にならないものと奴隷商が思っているものを高い値段で売りつけられようとしている。

 天笶もただ単に頭の回らないやつではない。奴隷商の話すことを理解するうえで、それでも言わずにはいられなかった。


「……分かった。いくらだ?」


「一枚ってところだな」


「ふざけやがって!」

 

 安すぎる、そう思いながら金貨一枚を懐から取り出し、奴隷商に向かって放り投げた。この異世界では銅貨一枚が百円、銀貨一枚が千円、金貨一枚が十万円に値する。

 つまりはこの世界ではこの奴隷の子の値段は十万円だという事だ。人ひとりの価値が十万円というのが安いか高いか感じるかは人それぞれかも知れないが、天笶はあってはならないほど安いと感じた。

 急に投げられて地面に落とした金貨を奴隷商が拾おうとしているのを、尻目に天笶は奴隷の子に近づく。

 奴隷を見て裸足だと確認した天笶は奴隷の子を背負い上げた。奴隷は抵抗することなく天笶の背に乗る。天笶は年齢の割に筋力がない方だが、それでも持ち上げて歩き出せるほど奴隷の子は軽かった。

 奴隷商の方は一切見向きもせず、天笶は家に向かって歩き出す。

 金貨一枚を拾い上げた奴隷商は、予想以上のカモに感謝しつつ黙って見守っていた。

 

***


 天笶は奴隷の子を背に乗せながら、思う。この子の傷をすべて治し、奴隷から解放する。それが買ったからには当たり前のことであり、これは人間としての当然のことだと思っていた。幸いこの世界には治癒魔法があり、自分ならば時間をかけさえすれば傷も治しきることが出来るかもしれない。そんな心を胸に天笶は家に向かって進む。

 その背で猫耳奴隷少女であるレキは思っていた。


(こいつ殺す)


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