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序章 boot up : waiting... ⑨

 『RELIEF』を出た在人たちは、予定通り駅前での買い物を進めていた。

 観咲が見つけたというお店で1時間ほど試着を繰り返して、気に入ったものを何着か購入し、それを持たされた在人を引き連れていくつかのお店を見て回っていた。

 しかし、何店か見てきたものの、買い物自体は満足できていたのか、それ以上買わずに帰ろうということになったのだが、歩き疲れた環奈が駄々をこね、近くの公園で一休みすることとなった。

「夕飯の買い物するんでしょ? なら当然の権利です〜」

「別にこっちには一緒に来なくてもいいんだが……」

 献立の希望を口にする環奈を適当にあしらって、在人は少し離れた自販機で飲み物を買おうと、2人と荷物をベンチに置いてそちらに向かった。


 喫茶店からの買い物ということですでに結構な時間がたっている。もうすぐ日暮れという時間帯なので少し空が赤くなってきていたが、公園にはまだ子供たちの遊ぶ声が聞こえており、駅前の喧騒と合わせて、まだまだ賑やかな様子だった。


「……やめて!」

 しかし、3人分の飲み物を買って戻ろうとした時に聞こえてきた、聞き慣れた声の悲鳴は、在人の耳に何の障害もなく届いた。


 在人がいそいで戻ると、そこには3人組の男に囲まれている観咲と環奈の姿があった。

「離して!」

「うるせえな、ちょっと来いって言ってんだろうが!」

「こんなところで暇してんだろ? だったら別にいいじゃねぇかよ、なぁ?」


 3人組は根暗そうな痩せ気味の男とやや小太りの男、そして観咲の腕を掴んでいるガタイのいい男の3人で、強気で迫る2人に対して、痩せ気味の男は下卑たような顔でそれを見ていた。

「おねぇちゃんを離せ!」

 そう言って環奈はガタイのいい男の腕にキックをぶち当てる。痛みで思わず手を離した男の顔は苦痛と怒りに歪んでいた。

「てんめぇ……。なに、しやがんだこら――ぶへぁ!」

 蹴られたのと逆の腕で怒りのままに環奈を殴ろうとする男の顔に、勢いよくペットボトルがぶつけられる。


「うちの妹たちに何してんの?」

 2本のペットボトルを抱えたまま険しい顔で、顔を押さえる男に歩み寄る在人。その姿に、観咲と環奈は少し表情を緩めたが、すぐに3人に向き直った。


「兄貴ぃ!」

 小太りの男がガタイのいい男を心配する中、痩せ気味の男が在人の方を見た。

「ひひっ…。なんだよ、引っ込んでろよ…!」

 よく見ると微妙に目の焦点が合っていないような感じだったが、そのせいもあって不気味さがにじみ出ていた。


「大事な妹にガラの悪い男なんて近づけるわけにはいかないんでね。そちらこそ、とっとと帰れ」

 在人は持っていた飲み物を渡しつつ、2人をかばうような位置に移動する。観咲が「私は?」、という視線を向けていたが、気にしなかった。

「……舐めた口ききやがって……、上等だ」

 ペットボトルを投げつけられた男が、落ちたペットボトルを拾って立ち上がる。その目は明らかに苛立っており、危険な雰囲気であった。


 在人は無言で、少しだけ重心を下げて、動きやすい態勢に移行したが、そのわずかな変化を、相手側は気に留めなかった。


「礼の一つもしないとなぁ!」

 そう言って勢いよく振り下ろされたペットボトルは、在人には当たらなかった。


 体を攻撃の軌跡からずらした後、相手の腕を巻き込んで引き倒し、そのまま腕をひねりあげた。力が緩んで手から離れたペットボトルを、技を崩さないように片足でキャッチする。


「俺の荷物だ。返してもらうぜ」

 リフティングの要領で空いた手に収めたペットボトルを見せつけながらそんなことを言う。


 在人は以前、市内の道場に通って格闘技のようなものを習っていた時期があり、通うのをやめた今でも、心得が体に染みついている。

「格闘技? バカ言え。俺が教えたのは体の使い方ぐらいだ」

とは師範の言であるが。


 いずれにせよ、苦も無く制圧した在人に対して、恐らく大柄な男よりも弱いであろう2人が呆然としていたが、組み伏せられた当の本人は痛みより怒りの方が上であるらしかった。

「ざけんなぁ! 離し……やがれぇ……!!」

 無理やり拘束から逃れようとする男に、在人は呆れた声で、

「やめとけって。肩外れても知らねぇぞ」

 などと注意していると、


「そこ! 何してる!?」

 声の方を向くと、2人の警察官がこちらに向かって来ていた。

(さっきの悲鳴か通りがかっただけか……、まぁいいか)

 男を離して観咲たちの方へ向かいながら、

「ほら、早く逃げた方がいいんじゃないか?」

 在人達だって別に面倒ごとを長引かせたいわけじゃない。警察の介入はいい落としどころになると思ってのことだったが、


「危な――」

 振り下ろされた拳を体さばきで避けた在人は、懐に入ってカウンター気味の拳を放っていた。ただし、相手の顔面手前で寸止めされている。

「絶対にやり返してやるから覚悟しやがれ……」

 行くぞ、と他の2人を連れていくのを見送って、在人は今更ながら無事を確認した。

「大丈夫だったか?」

「ええ。もちろん」

 観咲の笑顔には言い知れぬ迫力があった。ないがしろにされたことについて、まだ少し不満らしい。

 在人の笑みもぎこちなくなる中、2人の警官がやってきていた。


「その制服は上高の生徒さんだね。ここらで大声が聞こえたから来てみたんだけど、さっきの状況、説明してもらえるかな?」

「ああ〜、いえ、ご心配なく。ちょっとばかし(たち)の悪いナンパを撃退しただけですよ」

 その言葉を聞いて、観咲と環奈に目を向ける警官は、2人の無言の頷きを受けて顔を見合わせ、

「……本当に、問題なかったんだね?」

「そりゃもう」

「……今日は、すぐに帰りなさい。いいね」

 しょうがない、と言わんばかりのため息とともに警官たちは去っていった。




 その日の夜、とあるファミレスにて。

 観咲と環奈に絡んだ3人は奥まった場所でたむろっていた。そこからはもちろん、店員の関わりたくない、という想いが感じられる。


「……」

 その中で腹立たし気に飲み物を飲む男が、彼の不機嫌さに口を開けずにいる2人に対して確認の言葉を発した。

「……あの制服……、上高のやつだったよなぁ」

「あ、あぁ。確かにそうだったよ」

「……明日から上高んトコ行くぞ」


 その言葉に、小太りの男が心配そうな言葉を返す。

「で、でもさ……、あいつ、強かったぜ? あの、妹ってやつを捕まえるとかした方が……」

「あ?」

 バン、とテーブルを叩いた音に、周りが顔を向けるが、男は気にせず声を荒げた。

「やられた分をやり返すんだよ! 人質なんざいるか!」

「けどさ……」

「ちっ……。いんだよ、お前らはついてくりゃぁよ」

 手元のグラスに飲み物が入っていないことに舌打ちすると、

「お、俺、取ってくるよ」

 痩せ気味の男が、自分のグラスと一緒にドリンクバーに向かった。

(実際あの野郎は強かったがよ……。喧嘩でやられっぱなしなのは腹立つんだよ)

 ややあって戻って来た男から受け取ったドリンクを飲みながらも、その苛立ちばかりが頭に浮かぶ。

(せめて1発ぶっ飛ばすくらいはしねぇ……と……?)


 カシャン、と音がして、俯いていた顔を上げる小太りの男。

 目の前には、苦しそうな「兄貴」の姿。

 音の原因はテーブルに当たって床に落ちたらしいグラスの割れた音だったが、誰もそちらに目を向けない。

「大丈――」


 その日の夜、通報を受け、消防と警察がとあるファミレスに向かった。

 火の手はすぐに鎮火したが、お客に複数のけが人が出ていた。

 関係者の証言と損壊状況から、警察はガス爆発による事故と判断した。



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