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序章 boot up : waiting... ⑧

 入学式も滞りなく終わり、HRでは人によって滞った宿題などひと悶着あったが、平和に放課後を迎えた。現在はまだ1年生が説明を受けているため、静かにしているよう特に注意があったが、それにしてもこの静けさは嵐の前触れにしか感じられなかった。


 しかし、それはあくまで部活勧誘に関わる者たちの間での話。

 そういった知り合いを横目に在人と観咲は校門に向かった。剣道部室での環奈の伝言は既に伝えてあった。

「そういえば、咲耶さんが何かするつもりって話だったわね。何するのか、気にならないの?」

「それ以上に巻き込まれたくない」

 在人の経験則では、結果はともかく、その過程においてはろくなことにならないのだ。

「いずれにせよ、今日は早く行かないとな。あいつ待たせて文句言われるのは俺だし」

 苦笑いでそう語る在人は、そう言いつつも観咲の目から見ると楽しそうに見えた。


 勧誘活動は体育館や中庭など校内で行われるものの、規模の小さい部活や同好会は決まった場所を持たず空いている場所でビラ配りなどを行っている。しかし、ビラを配るにも条件があり、他部活の密集エリアなどの邪魔になりそうな場所では行えないこともその一つだ。ただでさえ人が溜まりやすい場所にフットワークの軽いグループが出入りするのは危険であるためだが、逆に言えば、人通りの多い場所にはとどまれないため、いささか不利なのである。

 そこで、そういった団体に人気があるのがこの並木道なのである。


「お、アルトくんじゃ〜ん。ヘイ! こっち来いよ!」

 テンション高く呼び止めてきたのは時溝(ときみぞ)(こう)。在人たちの先輩であった。先輩とは言っても部活などの直接の先輩ではなく、とあるきっかけで知り合って以来、何かと関わりのある先輩だ。

 ぼさぼさの髪に度の強い眼鏡と怪しさ満点の風貌だったが、明るいノリで様々なコネクションを作っており、学内では有名人だ。……もちろん、新入生はビビる。

 その怪しさに拍車をかけているのが彼の部活……もとい、同好会だった。


「どうしたんですか、トッキー先輩? 俺らは勧誘しても無駄ですよ」

 上懸高校の部活は兼任可能だ。在人達、特に帰宅部の在人はよく興の同好会に誘われている。しかし、それなりの付き合いがあっても未だに活動内容がわからない同好会に入るつもりはなかった。ちなみに、トッキーは学内共通の興のあだ名である。

「ちぇー。ま、その話はまた今度でいいや。今日の興信所の活動はあくまで、新入生勧誘だかんね〜」

「まずは略称を変えた方がいいんじゃないですかね……」


 彼の同好会の正式名称は『興味深い現象の存在を信奉する者たちの研究所』。略して『興信所』である。やっていることは様々で、在人達が知っているのは、噂や都市伝説の調査をしたり、どこで見つけてきたのかわからないバイト的なことをしたり、怪しげな薬品を作ったりと多岐に亘っており、結果、よくわからない。『興味深い現象』を抽象的にして幅を持たせた、というのが本人の言である。なお、『者たち』とされているが、所属人員は1人である。


「何を言う! これ以上の略称があると思うか? 覚えやすくて馴染みやすい、文頭、中心、末尾で作った、まさしく略称! しかも創設者たるワタシの名前が入っている! ……フッ……。完璧じゃないか……」

「だとしたらもう正式名称変えましょう」

 呆れたように返す在人だが、このセリフはすでに何度か使われており、完全に今更であった。


「……でも、先輩も勧誘とか、ちゃんとされるんですね。なんだかんだ、私たちの勧誘も適当でしたし、そういうの積極的じゃないのかと思ってました」

「我が『興信所』はこの学校潰えるその時まであるべきものだ。しかして、その価値のわかる者が継いでいかねばならない。なればこそ、ワタシは真なる運命を背負いし者を探しているのだ!」


 大げさな台詞回しと身振りで大仰に語る興に冷ややかな目を向ける在人。

「本音は?」

「卒業した後に遊びに来ても文句言われない場所が必要じゃないか」

「……気持ちだけはわからなくもないですが」

「時間というものは無常に過ぎていく……。だからこそ、変わらない場所があってもいいじゃないか。まるでそこだけ時間が止まっているかのように――」


 そろそろ行かないと環奈が文句言ってきそうだなぁ……などと若干意識をよそに飛ばしながら対応していると、校舎の方から、ドドドドド……と音を立てて何かがやって来た。

 3人だけでなく、周りで準備していた生徒たちも音の発信源を見ると、それは在人達の傍までやってきて、ブレーキをかけて止まった。

「今、わたしが呼ばれた気がしたよ?」

 親指を向けて自分をアピールする環奈は、周囲の時間を一瞬、止めることに成功した……。




「だって〜、なんとなく、運命を持つ者……つまりはわたしを呼ぶ声が聞こえた気がしたんだもん……」

 アホみたいな理由で周囲に迷惑(?)をかけた環奈はお仕置きとして在人にチョップをされ、叩かれた頭をさすりながら、在人と観咲と3人で坂を下っていた。

「どうしよう……。何に対して、というか何を言うべきかよくわからない……」

 在人はまだ時間が止まった影響が残っているようだった。


「それにしても、環奈ちゃんの方が遅かったのね。待たせなくてよかったわ」

「ちょっとくらい遅れても、おねぇちゃんを怒ったりしないよ?」

「……」

 要は、怒られるのは在人だけなのだ。

 この後の買い物に意識が向いている2人の後ろで、在人は少し前のことを思い出していた。




「トッキー先輩。今年の新入生勧誘期間に咲耶さんが何かやるらしいんですが、何か知りませんか?」

「ああ〜、なんっか企んでそうだったな〜、あいつ」

 準備をしながら平然とそう返す興。帰り際に興を見て朝のことを思い出した在人は、その質問を投げかけていた。

「そんなんでいいんですか?」

「あいつがやらかすのなんかいつものことじゃないの」

「そういうことではなく……」

 笑いながら答えられてしまい、言葉をなくしてしまうものの、このやり取りで、何か知っていることを、在人は確信した。


 興と咲耶は変人同士気が合うのか、入学当初から不思議な関係を築いているらしい。友達というよりは、好敵手、といった方がいいだろう。お互いが何かをしようとすると、それを利用して自分の目的を果たしたり、逆に更なる盛り上げに一役買ったりと、良き(?)関係であることは間違いない。

 今回どうするかはわからないが、いずれにせよ、在人にわかっているのは、毎回2人は特に示し合わせてはいないということだ。逆に言えば、

「今回のは関わってもオモシロくなさそうだもんよ〜。火傷()()とか御免だっての」

 どうやってかは知らないものの、その内容はある程度掴んでいる、ということだ。


 普段の言動からはわかりにくいが、実はこの時溝興という人物は、これに限らず変なところで頼りになる先輩なのだった。

 まぁ在人としてはウケればOK、なんて芸人根性で関わられて引っ掻き回されたり、よくわからない調査の手伝いをさせられたりと、素直に頼りたくはない相手であるが。




 結局、後のお楽しみ〜、と内容を教えてはくれなかったため、更に不安になっただけという残念な結果に終わってしまった在人は、大丈夫だろうか……、と今更意味のないことを考えつつ駅前への道を歩いていたのだった。

「ね、おにぃちゃん。最初は喫茶店でいい?」

 前を歩く環奈が、振り向きながらそう尋ねてきた。

「ああ、俺はそれでいいよ」

 その答えに気を好くしたのか、環奈は少しテンションが上がった様子で軽く弾んでいた。


「そうそう、冬華先輩のことだけどさ。なんか携帯ないらしいから、とりあえずはおにぃちゃんに伝える方向で、OKかな?」

「ああ、そういえばそんなこと言ってたな……。まぁ剣道部サイド(そっち)がいいならいいけどさ」

 形としては部外者を経由することになるので、一応の確認を入れる。

「こっちからのお願いだしね〜。大事なことはメールでとかしないし」

 それもそうだな、と納得する在人を見つつ、これを決める時に、在人がもっと自分たちに興味を持ってくれたりとか……、などと部員たちが期待していたことを環奈は思い返していた。

 なお、このことは在人には特に伝えない。理由は妬いているとかではなく、いつも通りだからだった。


「じゃ、よろしくね。もう先輩にもそう伝えてあるから」

「わかったよ」

 要するにすでに決定事項だったわけだが、断る理由も断るつもりもないであろうことは、お互いわかっていた。


「茅根さん、どうだった?」

「綺麗でかっこよくて、いい人そう! 憧れるよ、ああいう感じ〜」

 観咲と環奈がまた会話に花を咲かせ始めたため、在人は話半分で聞きながら隣を歩いた。


 ふと、在人は冬華のある言葉が気になった。

(そういや、家の用事で参加できなくなるかも、とか言ってたけど、バイトかなんかやってんのかな……)

 普通、区切りのいい時期の転校の理由としては、親の仕事の都合などが定番だろうが、この場合逆に言えば子どもの方には理由がないのだ。わざわざ言ったということはおそらく長期にわたってその状態なのだろうが、そのような特殊な事情が普通に転勤があるような仕事の家にあるとは考えにくい。そうなると、候補としてはバイトが一番だろう。

 とはいえ、もちろんあくまで可能性、それも確率論的に高いというだけ。彼女の家が実際どのような家庭なのか、そもそも転校の事情など推し量ることはできないのだから、考えるだけ無駄なので、それ以上在人の思考にはのぼらなかった。




「おいし! なにこれ美味しいよ!」

「本当……。このケーキも甘さがしつこくないし、紅茶も雑味が少なくていい感じね」

 運ばれてきた品を口にした女性陣は即座に感嘆の言葉を口にした。


 在人達が現在お茶を楽しんでいるのは、最近できたばかりの『RELIEF(リリーフ)』という喫茶店だった。友達から聞いたという環奈に連れられて来てみたが、中は純喫茶、といった感じの落ち着いた雰囲気で、女の子向きの内装を予想していた在人は少し安心していた。

 3人が頼んだのは同じケーキセットだったが、在人はコーヒーにティラミス、観咲は紅茶にショートケーキ、環奈はオレンジジュースにフルーツタルトと、見事にバラバラだった。


「おにぃちゃん、そっちもちょっとちょ〜だい?」

 そう言って環奈は向かい席の在人の方へ目をつぶって口を開け、一口をねだってきた。在人は無言で手元のカップを持つと、自分が口を付けた部分とは別のところを環奈の口につけて、ブラックのコーヒーをほんの少し流し込んだ。


「熱っ! 苦っ! ……うぅ……、ひどくない?」

 涙目で自分のオレンジジュースを飲む環奈。その光景を見ながらも観咲は苦笑いを浮かべているだけだった。というのも、

「まぁこの間お前がやったことと同じなわけだが」

 先日頂き物のケーキを3人で食べたときに、一口交換を持ち掛けられ、口を開けるよう言われて従ったところ熱いお茶を流し込まれたのだ。その後ちゃんと交換はしたとはいえ、その時のことを思い出して意趣返しした、というわけだった。


「店の中だし、大量に流し込まなかっただけ俺の時よりましだろ? ほら、一口」

「わたし、ブラックとか好きくないの知ってるくせに……。……あむ」

 む〜、と頬を膨らませつつ在人が差し出したティラミスに食いつく環奈。あ、おいしい、と呟いたため、一応ご満足いただけたようだ。


「ほら、環奈ちゃん。こっちもどうぞ」

 観咲が差し出したクリームがたっぷりのった欠片を口にして、環奈は顔を蕩けさせた。

「ん〜! クリームあま〜い! やっぱりおねぇちゃんは優しいな〜」

「私は在人みたいにひねくれてないもの」

「だから先にやったのは環奈の方だというのに」

 在人はそう言ってコーヒーを飲んだ。

 口に広がる苦みの中にあるほのかな酸味。それでいてスッと喉を通るほどのすっきりした後味の良さは、入れた者のこだわりを感じさせる味わいだった。


 ひとしきり会話と食事を楽しんだ後、

「さて、この後だけど、どこか行きたいお店があるの?」

「駅前のお店見て回って決めたいなって。ダメかな?」

「ううん、ダメじゃないけど……。何だか駅前が物騒だって今日結構聞いちゃったから」

 心配そうな観咲にあてられたのか、環奈の表情も少し曇った。

「あ〜、うん。そういえば、わたしもクラスの子たちが言ってたの聞いたなぁ。……やっぱり、危ないかな?」


 そこへ、

「警察の見回りも強化されているようですし、あまり人通りの少ないところへは行かなければ、一応はよろしいかと」

 突然の声に驚いて3人が声の方を向くと、3人分のカップをトレイに乗せたナイスミドルが礼をしていた。


「失礼しました。私はこの店のオーナーをさせていただいている風見(かざみ)(しん)と申します。よろしければ、お見知りおきを。こちらは、私からのサービスです」

 店の主人を名乗った男は、在人達の前にそれぞれカップを置いた。

「わぁ〜、かわい〜い!」

 カップの中にはカフェラテが入っているようで、猫のようなラテアートが描かれていた。

「ええと、いいんですか?」

「今は、少し落ち着いていますから。私も妻もお客様とのお話は好きな質でして」

 見ると、カウンターの方で穏やかそうな女の人がにこやかに会釈をしていた。


 在人たちは簡単に自己紹介を済ませ、カフェラテを味わいながら雑談を始めた。

「ご夫婦でされてるんですね」

「私どもの夢だったんです。これから細々とさせていただこうと思っています」

 丁寧な物腰の男性は、まるでお店の雰囲気を体現したかのようだった。


「妻は志津香(しづか)というのですが、彼女は声を出せなくてですね。それでも、もしよろしければ、いらした際にはたまに話し相手になってやってください」

「あ、でもわたし手話とかよくわかんないんですけど……」

 環奈が、手話のイメージなのか、よくわからない動きで手を動かしている。

「大丈夫ですよ。タブレットで筆談のようなことができますから。最近は何かと便利になったものですね」

 そう言って朗らかに笑う慎は、苦労などとは程遠い印象を在人たちに与えていた。


「そうそう、駅前のお話しでしたね。確かに色々と噂を耳にしますが、あまり神経質になっては何もできませんから、警察の方々にお任せしてもよいと私は思いますよ。うろつかないに越したことはないでしょうが」

「そうね。じゃあもう少しちゃんと行くところを決めておきましょうか」

「そだね! あ、じゃあ私、何か頼んじゃおっかな。えっと、慎さん。おススメのスイーツとかってありますか?」

「でしたら、皆さんでつまめるバラエティクッキーなどいかがでしょう」

「じゃあ、それでお願いします」

「おねがいしま〜す!」

「かしこまりました」


 奥に戻った慎が小さめのバスケットに入ったクッキーを運んで戻って来た時に、在人はふと思ったことを尋ねてみた。

「もしかしてウェイターは慎さんだけですか?」

 そう、このお店には風見夫婦以外のスタッフが見当たらず、志津香が話せないとなれば、ウェイターができるのは一人しかいない。

「ええ、なにぶんオープンしたばかりなので。アルバイトくらいは入れるつもりなのですが、まだ集まっていないのですよ」

 慎は少し困ったような顔をしたが、お客の前であることを意識してかすぐに表情を戻した。


「本当は私がコーヒーや軽食、妻が紅茶やデザートをご提供してますので、他に人手が欲しいところではあるのですがね。……実は、皆さんにお声がけさせていただいたのはその一環でもありまして」

「つまり、バイトのお誘いのつもりだったと?」

「いえ、というよりも、皆さんの制服は上懸高校の制服でしたから。あそこはアルバイトも比較的寛容だと聞きますので、もしよければ皆さんを含め、周りによろしい方がいれば、と」

 そう言いながら、慎はカウンターから『アルバイト募集』と書かれたチラシを持ってきた。

「これ、いただいても?」

「ええ、あまり多くは雇えませんが、何かあればご連絡ください」

 在人がチラシを鞄にしまっていると、慎は思い出したように、

「ああ、ただお客さんとのお話が好きというのは本当ですので、この件とは関係なしにお話したいと思っていますよ」


 ハハハ、と慎が笑っていると、誰かがお店に入って来た。しっかりとスーツを着た男性だった。慎は、すぐにそちらを向いて「いらっしゃいませ」と挨拶する。

「……お知り合いですか?」

「え? ええ、まあちょっとした知り合いです。申し訳ありませんが、私はここで。みなさんどうぞごゆっくり」

 一礼して去っていく慎を見送った後、観咲は尋ねた。

「どうして知り合いだと思ったの?」

「……いや、何だかちょっと真面目な顔したような気がしたからさ」

 在人としても聞くほどの質問ではなかったのだが、慎との会話で少し口が緩くなっていたようだった。ちょっと失礼だったかな、と思いつつ、この後の予定を立てる二人を眺めてカプチーノを口にした。


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