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序章 boot up : waiting... ⑦

 校舎に沿って回り込むように少し歩くと、ちょうど陰になるように、1本の木の下にたどり着いた。

 ここは、以前在人が見つけた穴場スポット。資料倉庫など、人通りの少ない部屋の裏手にあたり、そういった部屋の窓の少なさから、この場所が目に入る機会も少ないためまるで知られていない。テレビで紹介するような、噂にはなっている程度の穴場とはレベルの違う、静かで落ち着いた時間を過ごすには絶好の場所だった。

 日当たりはやや劣るものの、この空間を気に入っていた在人には、ここを訪れる理由がもう一つあった。


「ん、いたな」

 淡い光が差し込む木陰に、木にもたれ掛かって眠っている少女がいた。

「……すー……すー……」

「……相変わらずで何よりだ」


 少女と少し間を開けた隣に腰を下ろした在人は、持ってきた弁当の蓋を開けた。

 この弁当は昨夜のおかずや今朝簡単に作ったものを詰めたもののため、一応、観咲のお手製である。

「……ん……んん……?」

 横で声が聞こえたため、そちらを見ると、目を覚ました少女がぼんやりした目で鼻を鳴らしていた。


「……クンクン。……いいにおいがする」

 在人は箸でおかずを一つ摘まむと、少女の口元に近づけていった。すると、少女はためらいなくおかずを口にした。

「……あむ」

 食いついた少女に苦笑いしながら、『お味は?』と尋ねると、

「……うん、おいしい。……久しぶり、アルト」

「ああ、久しぶりだな。シア」

 シアと呼ばれた少女は軽く頷くと、ん、と口を開けてもう一口ねだってきた。


 彼女はアリシア・望戸(ぼうと)・クールバリという在人の同級生だ。クラスは一緒になったことがないものの、彼女はこの場所の先客として、たまに在人が訪れたときに一緒の時間を過ごしている。

 新雪のような白銀の髪に小柄な体躯で、口数も少ないため、まるで人形のような愛らしさを持っているが、目元を隠すような前髪が、見る人によってはやや暗い印象を与えるかもしれない。実際あまり友人は多くないらしく、よくこの場所に来ていることが多いとのことだ。


「……んくんく。この味付けは叶芽さん作。相変わらず上手」

「いつかお礼言っとけな」

「機会があれば」

 ゆっくりおかずを味わった後、アリシアは伸びをして、在人に話しかけてきた。


「……クラス、違かった」

「あー……まぁ、そうな。残念ながら。……(もぐもぐ)。……新しいクラス、どうだった?」

 在人は自分の弁当をつまみながら会話を続けた。アリシアは元々会話を焦るタイプではなく、基本的に思い思いのことをしながら一緒に過ごしていたため、そのことを失礼とは思っていない。むしろ、ペースを合わせてくれる在人には感謝していた。

「知り合い、多かった。……それはちょっと嬉しかった」

「……そっか」

 自分と同じクラスにならなかったことが本当に残念らしく、それを感じた在人は自然とほほ笑んでいた。


「それじゃ、またこれからもここで会おうか。……いつも、って訳にはいかないけど」

 在人は箸を置くと、手をアリシアの頭の上に置いて軽く撫でていた。見た目のせいかどうも妹のような扱いをしてしまうのだ。(ただし、本物の妹にはそうそうしないのだが)

「……ん」

 頬を赤らめ嬉しそうに目を細めるアリシア。どうやら彼女も気に入っているらしい。




 ゆったり会話しつつ食事を終えた在人は、一区切りついて落ち着いた頃、持ってきた本を取り出して読み始めた。アリシアはまた寝てしまったようで、すやすやと寝息を立てて在人に寄りかかっている。


 あまり体を動かさないようにページをめくる。本自体は昨日一度読んだはずだが、いかんせん内容を覚えていない。しかし、序盤は確かに見覚えがあり、今は時間短縮のため大体の読み始めの位置を探しているのだ。これはほぼ観咲への配慮であるが、いつまでに、と決めていない約束で律儀に急ごうとするあたりは、在人の人のよさが出ているのだろう。

(……このへん、微妙だな。ん〜……じゃあ、もう少し前から)

 読み始めのページを決めた在人は、そのまま本に集中し始めた。


 この本はいわゆるサスペンスもので、読み始めたページは捜査の中で浮かんできた麻薬の売人に関する情報をまとめる流れに入るところだった。


「末端の売人も乱用者が多いからそこから手を付ける、と」

 不意に聞こえてきた声にちょっと驚いてそちらを向くと、アリシアが在人に寄りかかったままでその手の中の本をのぞき込んでいた。

「よくわかんないけど、そのレベルからじゃおっきいとこは追えないよ? 作者の調査不足かも」

「大元の逮捕が目的じゃないんだよ。この中では。……というか、何わかった風なことを言ってんだ。何者だよ、シアは」

 まるで自分が捜査をしているかのようにサラリと言うアリシア。基本大きく表情も口調も変わらないので、冗談なのか本気なのか判りにくいのだ。……さすがに冗談だろうとは在人もわかっているのだが。


「それは秘密」

 表情一つ変えずに即答するアリシアに、在人は僅かな違和感を覚えた。ほんの少しだけ本気の色を感じ取ったのだ。

 在人は彼女のことを詳しく知っている訳ではない。あくまでこの場所で話をするくらいの仲であるし、二人ともこの場所の落ち着いた雰囲気が気に入っているものだから、あまり積極的に会話してはいない。それを除いても、この二人は自分のことも相手のことも話のタネにするタイプではなかった。

 しかし、在人は無意識であるが、人を見る目はある方で、ある程度関わりを持った人はどういう人なのかを感じ取れている……というのが、とある幼馴染の評価であった。


「なんだ? まさかお前もクスリをやってるとかか? さらに背が縮むぞ?」

 多少の違和感を綺麗に流して茶化しにかかる在人に、

「そんな危ないことはしない。……逆に伸びるなら考えてみる」

 そう答えたアリシアは、心外だ、とでも言うように少し頬を膨らませてみせた。




 その後も、ゆったりとした時間を過ごした在人は、いい時間になったことを確認して、荷物をまとめて立ち上がった。

「さて、そろそろ行くよ。途中まで一緒に行くか?」

「……ううん、いい。もうちょっとしてから行く」

 表情こそ変わらないものの、少しだけ迷ったような間があった。

「そっか。それじゃ、またな。……もう寝ないようにな?」

「ん。大丈夫。……これから、ちょっと約束がある。だから、また今度」

「ああ」

 その言葉に満足したのか、アリシアの頬は少しだけ緩んでいた。




「あら、在人」

 在人が教室に戻る途中、同じく教室に向かうところだったらしい観咲と鉢合わせた。その手には校内の自販機で買える紙パックのお茶があり、すでにストローが刺さっていた。

「歩きながら飲むなんてはしたないんじゃないか?」

「お茶が気になる? 飲みたい?」

 そう言って飲み口を向けてきたため、在人は特にためらわず口を付けた。軽く水でも飲んで行こうかと考えていたので、丁度よかったなどと思っていた。

 在人たちからすれば、今更気にするような仲ではないだけのことだが、自然な流れの間接キスに周りの生徒たちはどよめいていた。とはいえ、この手の噂はすでにいくつかあり、これもまた、今更であった。


 在人はお茶を吸い上げようとしたが、ズゴゴ……と空気ばかりが巻き込まれる音がした。

「……中身は?」

「もう飲んだわよ。ごみ箱がいっぱいだったの。休みの分とか溜まってたのかしらね」

「先に言えよ……」

 クスクスと面白そうに笑う観咲にジト目を向ける。傍から見れば、完全にいちゃついていたが、本人たちにその気はない。その光景を見た生徒たちは何とも言い難い表情で離れていった。良くも悪くも、この2人の関係は有名だった。


 その後、どちらから言い出したわけでもなく並んで教室に向かう。

「今日のお弁当、一つだけ新メニュー入れてみたの。どうだった?」

「ああ、あれな。上出来だと思うよ。俺好みの味だ」

「そうでしょうね。そういう味にしたもの」

 具体的にどれと言わなくても新メニューがわかったり、相手好みの味付けをしたりと、もはや夫婦のような会話だった。


「ま、俺じゃなくてもいい味だったと思うぞ。お墨付きだ」

「? 誰の?」

「前に話したことあるだろ。外で知り合った()


 首を傾げた観咲に、アリシアが美味しいと言っていたことを告げる。在人はアリシアのことはたまに一緒にご飯を食べたりする知り合い、くらいに伝えていた。それは、

「アリシアさん、だっけ。紹介してくれないの?」

「自分で行けばいいだろ? 同級生なんだし」

 たまたま見つけてしまった在人はともかく、元々あの場所はアリシアにとっての大事な場所なのだ。在人の一存で、人を増やそうという気にはならなかった。


 在人はふと、彼女と出会った時のことを思い出した。安心したように木の根元で眠るアリシアを見て、一度は立ち去ろうとしたが、目を覚ましたアリシアが声をかけてきて、仲良くなったのだ。それからしばらくは少し警戒していたところがあり、それでもあの場所に行くことを許してくれた優しさには報いたい、と思っていた。

「……まぁ、そのうち機会があったら紹介してね」

「機会……ね」

 奇しくも先ほど聞いた台詞と似通っており、何だかおかしくなった在人だった。




「すまない、待たせてしまった」

 その頃、昇降口近くで待っていたアリシアに声をかけたのは、冬華だった。

「問題ない。今来たところ」

「……君がラピッド1か?」

「あなたは、ヴァルキリー2」

 断定した言い方は、冬華の質問に対する答えなのだろうか。


「……とりあえずは、顔合わせだけ」

「確認した。また、後ほど」

 そう言ってその場を離れていく冬華。アリシアは、まるで関係を断つかのように視線を外した。

 2人の邂逅は時間にして1分にも満たず、他の誰の目にも留まることはなかった。



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