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序章 boot up : waiting... ⑥

 始業式も終わり、一部生徒以外が教室に戻ってきた後、そのまま休憩時間となり、大多数の生徒が自分の部活に向かい始め……ようとしていた。


「環奈ちゃんから?」

「部室で待ってるとさ」

 返ってきたメールを見ていると、拓志が教室に入ってきた。


「お〜い、アルトぉ。お、いたな。頼んでた件はどうなった?」

「は? 何、頼んでた件って」

「おいおい。頼んだだろう? オレの、女の子の情報が詰まったマル秘メモ」

「………………、ああ〜。………………、うん、ここだここ」

 手帳のことは、完全に忘れていたようだった。


 机の中にあったメモ帳を取り出して手渡す在人。

「ほら、特に追加情報はないぞ」

「いや待て、名前すら書いてないのに新情報なしはおかしい。お前、まさかサボったわけじゃないよな?」

 ジト目で睨み付ける拓志に、在人は真顔でこう返した。

「サボってねぇよ。特に受けた覚えもないからスルーしただけだ」

「確かにやるとは言わなかったけども! いいじゃん書いてくれてもよ〜」

「なら、自分で行って来いよ」

 そうして指さされた方を見ると、ちょっとした人だかりができていた。


「茅根さんって、どうしてここに来たの?」

「個人的な都合だ。ちょっとややこしいから、あまり聞かないでくれ」

「前の学校ってこの町じゃないの?」

「ああ、結構離れている。ここほど都会ではなかったよ」

「じゃあじゃあ―」

 人だかりの中心には冬華がおり、クラスメイト達による質問攻めにあっていた。部活に行く前に済ませるつもりなので、中々勢いがある。


「ワーオ。こりゃすごい。みんなどんだけ興味あるんだよ」

「お前が言うセリフではないがな」

「美少女相手に興味を失うことなんて、男として、ありえないだろ?」

「否定はしないでおいてやるが。タクよ、メモ帳とペンを握りしめているお前がなぜモテないのか考えて言えよ?」

 少なくとも、その姿は紳士とは言えなかった。仮に言えるとしたら、それは恐らく特殊な紳士であろう。

 ちなみに、在人は興味がないわけではないが、根掘り葉掘り聞く趣味がないだけである。


「まぁ質問しているのはほぼ女の子だけどね。最近の男子はシャイだもの」

 観咲の言う通り、中心近くはほぼ女子で、男子はやや外側に配置されている。

「フッ。問題ない。オレには同志たち(モテない男子)の魂がついている! この流れ、変えて見せるぜぇ!」

 そう言って人だかりに進む拓志に、在人は、

「ほどほどにな」

 とやんわり注意だけしておいた。


「それじゃ、私は行くわね。環奈ちゃんによろしく」

「あいよ。よろしくは言わないが、どうせあっちがよろしくしてくるだろうよ」

 そうね、と軽く笑って部活に向かう観咲に適当に手を振りながら、在人はとりあえずもう少し人だかりが落ち着くのを待つのだった。




 しばらくして、廊下を歩く在人の横で、冬華は疲労困憊、といった表情であった。

「ま、疲れるよなぁ、あれは。特に途中から入ってきた男子とか、鬱陶しかったら謝るよ。一応友達なんでね」

「いや、みんな、私と仲良くしようとしてくれているのだからな。……あまり邪険にはしたくないさ」

 あの後、人がそこそこはけてきたタイミングで、在人が用事があることを伝えてお開きとなった。最後まで食い下がった拓志は引きはがした。


「無理はしなくていいと思うけど、行く? 剣道部」

「……ああ、大丈夫だ」


 そのまま歩くことしばし、体育館の一つのそばにある剣道場へと2人はやってきた。剣道部の部室は剣道場内に併設されているため、とりあえず靴を脱いで中へ入った。

「ほう……。ずいぶん立派な道場だな」

「ま、講堂もしかり、この手の施設は立派なんだよ。この学校は」

 男女合同で使用するとはいえ、面積だけなら小さめの体育館ぐらいある剣道場は一般的なものに比べて広く、そのシンプルな赤茶色の木でできた空間は独特の雰囲気を感じさせた。


 2人は女の子の賑やかな声のする方へと進んでいった。在人にとっては慣れた道である。

 女子剣道部と書かれたプレートのついた扉の前で止まって、在人は軽くノックをした。

「在人です。入っても大丈夫ですか?」

 どうぞ〜、という声が黄色い歓声の中に混じって聞こえたため、一つため息をついて扉を開けた。


「はろ〜、おにぃちゃん。待ってたよ〜」

 見ると、奥の方で環奈が手を振っていた。準備や打ち合わせはすでに目途が立っているのか、お菓子やジュースが散乱しており、どうやらおしゃべりを楽しんでいたようだった。

「ごめんね、着替えとかしてなくて。見たかった?」

「入学式もあるのに今着替えるやつがどこにいるんだ……」


 妹の冗談に頭を痛めていると、女子部員に両側から腕をとられて、空いてる席へと案内された。

「御劔先輩。どうぞこちらへ」

「お菓子もありますよ〜」

「いや、ちょっ……」

 有無を言わさず座らされ、使い捨てのコップに注がれた飲み物で歓待される。環奈の兄である在人は時折女子剣道部に関わることがあり、部員のみんなからは結構慕われている。特に後輩からはまるで自分たちの兄のように想われている。

 しかし、今回は在人が真っ先に歓迎されるべきではないだろう。


「今日はさぁ―」

「わかってるって。その人? メールに書いてた人」

 みんなの視線が扉に向けられる。そこには勢いに押されて呆然とした冬華がいた。

「……ああ。入部希望者。うちのクラスの編入生だよ。……えっと、茅根さん?」

 その言葉にハッとなって、咳払いをした冬華は名乗りを挙げた。


「茅根冬華だ。剣道……というか、家で剣術を習っていた。……実は、家の用事で急に参加できなくなることが時々あるかもしれないのだが、もしよければ入部させてもらえないだろうか?」

 そう言って頭を下げる冬華に、部長の沢は笑って答えた。

「OK、OK。もう全然オッケー! ウチはそんな厳しくやってるわけじゃないからさ。連絡くらいは入れてくれればそれでいいよ。よろしくね、冬華ちゃん」

「え、ええ。よろしく……お願い、します」

 入部の許可と共に突然ハグをされて戸惑う冬華。周りの女の子たちも拍手をして歓迎する。勿論、在人も拍手をしていた。




 在人が不本意ながら接待を受けていると、冬華もすっかり馴染んできたところで、環奈が声をかけてきた。


「ね、今日のお買い物だけどさ―」

「え、何? 買い物行くの? あたしも先輩と一緒にお買い物した〜い!」

「あ、わたしも! ね、わたしと2人で、どうかな? 在人君」

 わたしも、わたしも、と色めきだす中、在人が対応に困っていると、

「相変わらずモテモテだぁ。けど今日はダ〜メ! 観咲おねぇちゃんも一緒だから、他の人の参加は認めません! ほらほら、話をさせてよ〜」

 残念そうに人が離れていき、環奈は空いた在人の隣に腰を下ろした。


「さてさて、女の子に囲まれて鼻の下を伸ばしているおにぃちゃんには悪いけど、真面目な話をしましょう!」

「伸ばしてねぇし……」

 好意を持ってもらえるにこしたことはないのだろうが、女の子ばかりの所に自分一人というのは、男子としてはさすがに少々居心地が悪い。


「今日は終わったら校門のとこで集合ね。い〜い? 終わったらすぐだよ? ASAP(なるはや)だよ?」

「気取った言い方しやがって……。どこで覚えてきた日本っ子」

「わたしは、ぷりみてぃぶで、いのべ〜しょんな女ですから」

(……うわぁ……バカっぽい……)

 胸を張って自信満々に話す妹の姿は、兄の目には涙でぼやけて映った。

「とにかく、おねぇちゃんにも伝えといてね。いい?」

「わかってるよ」

 目頭を押さえていた手をどけてそう答えた在人は、注がれていたジュースの残りをあおった。


「それとね、冬華先輩のことだけど、これからみんなで親睦を兼ねて食堂行こうって話してたんだけど、なんかおにぃちゃんと学校案内の約束があるって。それって、こっちで引き受けちゃダメ?」

「いや、全然いいけど」

 というより、その方がいいだろう。そう思った在人は即座に答えた。

「ホント? せんぱ〜い、おにぃちゃんOKだって〜!」

 一気に盛り上がる周りに対して、冬華は在人に申し訳なさそうな顔をしていたが、気にするな、とでも言うように微笑んだ。


「で、どこ行くつもりだったの?」

「案内板と食堂、購買。後は時間次第で」

「なんだ。つまりノープランだね」

「ここ以外は特に希望もなかったからな。実用重視だ」

「ん、りょ〜かい」

「よし、んじゃ、俺も行くわ」

 在人がそう言って立ち上がると、部員たちの残念そうな声が聞こえたが、少し困ったような笑みを浮かべて扉に向かった。


「それじゃ、邪魔したな」

と、扉に手をかけたところで、冬華が声をかけてきた。

「御劔、助かった。ありがとう」

 在人は、振り向かずに軽く手を振りながら、

「どういたしまして。また後で」




「さて、これからどうするか……」

 剣道場を出た後、校舎へ戻る道を歩きながら、在人は呟いた。時間的にはそろそろ昼食を食べ始めてもいい頃ではあるが、総合的に見ると悩みどころだった。

 普段在人は観咲や環奈、もしくは友人などと共に食べることが多いのだが、今日は大体が部活に行っている。弁当はあるものの、冬華の世話を焼いていたため誰とも約束をしていなかったのだ。


 食べた後も時間が空いてしまったので、それも含めてどうするか考えていると、ふと、窓の外の木陰が目に映った。

「……そうだ。あそこ行くか」

 そう口にした在人は、教室へ向かい、自分の弁当と、一応持ってきておいた昨夜の本を鞄から取り出し、そのまま外へ出た。


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