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序章 boot up : waiting... ⑤

「は〜い。じゃあとりあえずの連絡事項は以上で〜す。じゃ、みんな講堂に向かってね〜」

 いくつかの連絡事項が伝えられた後、朝美のその言葉を受けて生徒たちが一斉に講堂へ向かい始めた。


「ええと、……みつるぎ……だったか?」

 隣から聞こえた声に、在人はまだきちんと挨拶していなかったことを思い出し、体ごと冬華に向き直った。

「ああ、そっか。俺はアルト。御劔在人だ。改めてよろしく」

「こちらこそ、よろしく頼む。……すまないな。しばらくは頼りにさせてもらう」

「構わないよ。遠慮なくどうぞ」

 冬華が差し出した手に、握手で答える。級友同士にはやや固いが、在人は『らしいな』という印象を受けていた。


「早速だが、講堂まで連れて行ってくれないか? 一応紫藤先生には先日案内してもらったのだが、いかんせんここは広すぎてな……」

 それも無理からぬことだった。そもそも生徒数からして規模が違う上懸高校はその敷地規模も段違いに広い。特別教室も1種類あたり複数あり、慣れてきた生徒であってもよく案内板に向かう人はいるくらいだ。運動場、体育館も併せて2桁存在するほどの敷地は、学校理事の地主の力をフル活用した結果であるが、必要以上である感も否めない。また、部活数の多さは、これが理由の一つであることは間違いないだろう。

「ん。しゃーねーよ。じゃ、行きますか」

そう言って2人が立ち上がったところで、観咲が声をかけてきた。


「ね、私の紹介はしてくれないの?」

「自分でしろよ……」

「聞いてみただけよ。私は叶芽観咲。何かわからないことがあったらいつでも聞いて。女の子の方が聞きやすいこともあるでしょうし」

「気を使ってもらってすまないな。よろしく頼む」

「よろしくね。それじゃ、一緒に行きましょう?」


 連れだって講堂に向かいだした2人の後に続く在人は、観咲の自然な気の回しように、ほんの少し懐かしさを感じていた。

(相変わらずおせっかいだよ、まったく……)

 観咲は、昔から周りへの気配りがよくできていた方だった。少し周りを気にしすぎていた時期もあったものの、今では比較的いい塩梅に落ち着いたと言えるだろう。


「在人。茅根さんの案内だけど、始業式の後、何ヵ所か回ってあげてくれる?」

「そりゃいいけど。何でわざわざ名乗り出ておいて俺に任せる方向なんだ?」

「放課後はほら、しばらくは大変でしょう?」

「何か用事でもあるのか? ならばそちらを優先してくれて一向に構わないのだが……」

「ああ、違うのよ。今日から部活の勧誘が始まるの。何ていうか、結構派手でね。ゆっくり案内って感じじゃないのよ。だからとりあえず少し慣らす感じで、落ち着いてからちゃんと回る方がいいかなって。その間は、誰かに聞きながらって感じになるけど、どうかな?」

 始業式の後は、講堂で入学式の準備が始まるので、その間は準備に駆り出される生徒以外は時間が空く。大抵の生徒は部活の勧誘準備に入るため、各自自分の部活へと向かうのだが、料理部に様子を見に行く観咲と違って、在人は帰宅部で用事もない。そうたくさん時間があるわけではないが、多少でも見て回っておくのがいいだろう、という考えだった。


「そこまで考えてもらって、何だか申し訳ないな……」

「気にしなくていいさ。こいつの性分だ」

「……わかった。そうさせてもらうよ」

 軽く微笑みながらそう返す冬華に、在人は心の中で少し驚いた。勝手なイメージではあったものの、どうも思っていたより人当たりの柔らかなタイプだったらしい。


「ああ、そうだ。なら、一つ我儘を言ってもいいかな?」

「? まぁ、できることなら」

「実は、剣道部に入部させてもらおうと思っていてな。部室までの道を教えてほしいのだ」

 それを聞いて、在人と観咲は少し面食らってしまった。その希望はどう安く見積もっても、我儘と評される内容ではなかった。

「なんだ。そういうことならむしろありがたいよ。どうせ全部回るわけじゃなし。行きたい所があるなら言ってくれ」

 謙虚とか自分に厳しいとか、あの佇まいとの相性は良さそうに見えるが、どうも先ほどから聞いていると、彼女は卑屈な性質(たち)なのではないか、と2人は感じている。編入してきたばかりで距離感を測っている、と言ってしまえばそうかもしれないが。


「じゃあもう入部しちゃうの?」

 勧誘前ではフライングのような気もするが、すでに決めている編入生が、わざわざあの人ごみに入る必要もない。活動までは少し間が開いてしまうかもしれないが、届け出くらいは出しておくのか、と思い観咲がそう尋ねると、

「いや、話を聞く限り今日は忙しいのだろう? 場所だけ確認できれば、後日でも……」

「そんな気にしなくてもいいと思うぞ? どうせ行くんだ。ついでだ、ついで。」

「そ、そう……か?」

「そうよ。今日の忙しさは、入部歓迎のためなんだから」

 その言葉を受けて、頷く冬華に、微笑みで返す観咲。この組み合わせも、和風の落ち着いた雰囲気が出ていて、とても麗しいものだった。


「ん、ああ、じゃあ環奈にメールしとくか。その方が早そうだ」

「? かんな、というのは?」

「妹だよ、俺の。剣道部所属だから、連絡しとけば楽かな、と思ってね」

 ポケットから携帯を取り出してメールを打つ在人を見て、観咲が、何かを思いついたように手を叩いた。

「あ、ねぇ、よかったら、連絡先教えてくれない? せっかく同じクラスなんだし、どうかな?」


 すると、冬華は困ったような顔をして、

「申し訳ない。実は今携帯電話を新調しているところでな……。また今度でもいいだろうか?」

「ええ、もちろん。準備できたら言ってね」

(新調している……? ああ、在庫切れとかか。ん? でも仮の携帯もないのか……?)

 機種変更とかならともかく、在庫待ち状態とはいえメーカーからの貸し出しくらいはないのだろうか、と在人は気になったが、元々詳しくない在人にはそれ以上考えることはできなかった。

 簡潔にまとめたメールを打ち終えて、送信完了を確認した後、在人は携帯をしまって会話をしながら歩く2人と一緒に講堂へ向かった。




「さて、ここが講堂だ」

 歩くこと数分。3人は講堂へ到着した。

 入口を通る前から、冬華は言葉を失っていた。


「外から見てもそう思ったが、中は本当に広いな……」

「ま、全校生徒+αを収容しても多少余裕があるくらいの設計だからな。引くほど広いと内外から評判だ」

 在人や観咲だけでなく、ほとんどの人は最初にここに来たとき思わず気後れするのだ。

 現在在人たちは階段を上り、上階の席を取ろうと動いていた。冬華に上階から全体を見渡してもらおうという観咲の意見を採用したためだ。


 講堂はライブホールのような構造をしており、下の階の席を囲むように、コの字型の上階がある。基本的に生徒だけでは多少席が余る構造になっているため、座席は自由になっている。在人たちは冬華を挟むように空き席に座った。


「これほどの設備が必要なのか……?」

 やや呆れたような口調で呟く冬華。

「まぁみんな集まれる施設はあった方がいいだろ。一応よく何かのイベントで使ってるし、市民サービスも十分ってことだな」

 在人の言うように、休日は文化系のイベントがよく開かれており、半ば一般開放されている。地獄坂の途中から道が分かれており、そこから講堂近くの駐車場へと入ることができるのだ。もちろんイベントがなければ関係者以外立ち入り禁止だが。


 他愛もない話をしているうちに周りの席が埋まっていき、ほどなくして始業式が開かれた。

 校長や生徒指導の先生から新学期の豊富や入学式・新歓期間の注意事項等、眠気を誘うような話を聞かされた後、生徒会長の挨拶として、咲耶が壇上に上がっていた。その姿は堂々としており、まさしくカリスマを感じさせるような、人の上に立つ者の姿だった。


「――というわけでだ。最近、事故もそうだが、妙な輩に絡まれる事件があり、本校の生徒にも被害が出ている。警察の話では、危ない薬を使用している疑いもあるそうだから、各自、登下校だけでなく休日に出歩く際も十分に注意するようにしてくれ。以上」

 そう言って壇上から離れたのをきっかけにするように、周りから話し声が聞こえ始めた。

「隣のクラスの――さんが絡まれて――」

「後輩の子がヤバかったって――」

「なんかもう話してる内容が意味不明だったとか――」

 どうやらこの件は結構広まっているらしく、誰かの体験談がどんどん拡散している。


 在人はこの件が思ったより大事(おおごと)らしいことを察した。というのも、

「こういった問題は生徒会が対処することなのか?」

 隣の冬華がその理由を疑問に思い、口にしていた。

「普通は違うな」

 在人がそう答えると、冬華は不思議そうな顔で在人の方を向いた。

「多分話を聞いた咲耶さん、……会長が中心になって警察に協力しているんだろう。あの人一応町一番のお嬢様だから、そっちのパイプを使ってるんじゃないか?」


 生徒指導の先生からではなく生徒会、いや咲耶から、というのは恐らくそういうことだろう。しかし、

(……大園家が協力してるのに不審者への注意を呼びかけるのか……。たかがヤク中捕まえるのがそう手間になるとは思えないけど……)

 何かあったのか、と疑問に思ったが、在人はそれ以上は無駄だと思い、考えるのを止めた。

「会長殿の家というのはそれほどのものなのか?」

「ああ……まぁ、この学校にいりゃわかるよ」


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