2章 世界は表と裏でできている ⑤
お待たせして本当に申し訳ない……。
「概念系の特徴は、能力の発動に特化していること。そこに尽きる」
「……」
この場にいる概念系の能力者であるアリシアは、うんうんと弧月の言葉に頷いている……ように在人には見えた。しかし、クッキーをサクサクと頬張っていたため、観咲には可愛らしく食べているだけのように思えた。
「さっきの例でいうと、概念系の発火能力は、仮に酸素がなくても発動する。火は確実に点くのさ」
「それは、『火』って言っていいものなんですか?」
在人の疑問は、超能力が物理法則に則ったものであるという前提が無意識に出ていることよるものなので、その意味では的外れな質問であった。
しかし、内容を理解するためには適切な質問だったのかもしれない。
「間違いなく、『火』と言っていいものだよ。触れれば熱いし、燃え移ることもあるだろう。もしその場に酸素があれば、酸素を消費していくだろうね」
「??? ……ええっと、よくわからなくなってきたよ?」
環奈の頭の上に疑問符がたくさん並んでいるのが見えるようだった。
「つまりだ。現象系では必要なものを調達してでも能力を発動させようとするが、概念系はないままでも発動しちゃうんだ。『発火させる』ことには変わりないから、結局どちらも火が点くわけだ。結果だけは、同じだと」
「え? じゃあ概念系の方が優秀じゃない?」
環奈の言葉に、アリシアはちょっと誇らしげな顔をしていた。
「ところがそうとは限らない。概念系で生まれた炎は、『火が点く』能力で点いたものだから、能力が止まれば消えてしまう。まあ、燃え広がった分はともかく。
対して、現象系は火が点いてしまえば、それは物理現象としての炎だ。シンプルに、水でもかけて消すのがいいかな。
……そして、そちらは概念系の方が強いかな。概念系の能力は……なんというか、強度が高い、とでも言えばいいのかな。発動している限りは、外的要因に良くも悪くも左右されない。酸素をなくそうが、水をかけようが、燃え続けるだろうね」
「……現象系の能力で対抗しても、ですか?」
在人の言葉を聞いて、弧月は一瞬、驚いていたが、少し嬉しそうに答えを紡いだ。
「いいね。随分と頭が回る。それともわかってきたのかな? いずれにせよ、考えることは大事さ。能力戦ではね。
そう。現象系は発生する結果が物理現象に過ぎないからか、真っ向から勝負すれば、概念系の発動を止めることはできない。残念ながら」
「え? じゃあやっぱり概念系の方がよさげ?」
「まぁ、その点ではね。ただ、概念系では発動し続ける都合上、ちょっと疲れやすい。軽い言い方だが、能力者の負担は意外と無視できないから、その辺で差が出ることもあるよ」
一概には言えないけどね、と補足を入れるが、環奈は渋い顔でふ〜ん、とお菓子を食べながら答える。やはり、環奈の中ではまだ概念系の方が優れていると捉えられているようだ。
「じゃあ、現象系のすごいところについて話そうか」
どうやらそのことに気付いていたらしい弧月から、そんな提案をされる。
「現象系には能力のランクのようなものがある。確認されている限り最大2回のパワーアップがあるのさ」
「パワーアップ?」
環奈が目を輝かせ、身を乗り出す。とても心に響いたらしい。
「能力の出力が上がったり、効率よく使えるようになったりとかは、普通にトレーニングしててもあるんだけどね。現象系の能力者は能力自体がさらに強化され、別の能力が発現することがままある。
我々はそれを、第二階梯、あるいは第三階梯と呼んでいる」
「……かいてい?」
「階段とかはしごみたいなイメージだな」
首を傾げる環奈に、在人が補足する。
「う〜ん、まぁ、響きはイイ感じだから、とりあえずよし」
「何様だ、お前は……」
在人の呆れ声に、環奈がてへへ、と笑う。仲のいい兄妹だった。
「第二階梯の能力は基本的に能力の補完というか、それまで使っていた能力が単純に強化されたり、できそうでできなかったことが可能になったりとかが多いね。念動力者が、自分より重いものを持ち上げられるようになった、とか」
「え。なんか地味……」
「やめなさい」
とはいえ、在人自身も少しそう思っていた。
「あくまで一例だよ。それに、他にも上位能力が一部解禁されることもある」
今の言葉で、また環奈がうずうずし始めた。
「上位能力はさらなる可能性の塊。能力の解釈次第であらゆる奇跡を起こしうるとされる領域だ。ともすれば、概念系とほぼ同じ効力を持つことだってある。
第二階梯で使えるのは、大抵触りだけ。上位能力が完全に使用できるのは第三階梯になる。それ以上は今のところ確認されていないね」
「条件とかあるんですか?」
在人が尋ねる。
「階梯を上がるための、かい? 明確なものはわかっていない。おそらくは能力、いや第一階梯の時と同じで、何かしらの感情によるきっかけ、というのが通説だね」
「はいはい! それって、概念系の方にはないの?」
「……全くない、とは私も思っていない。ごくわずかだが、概念系としか思えない能力がその力を変えた、という文献が残っていた。
だが、これまで現象系の能力者が階梯を上げたことは結構確認しているんだけど、概念系の話はまるで聞かない。うちの所属だけでもそこそこいるんだけどねぇ。まぁ、概念系の能力は大体具体的だから、階梯が上がるとどうなるかはちょっと想像つかないけど。
どうせわからないことだらけ、とりあえずはないと思っていいと思うよ。だから、これが現象系の大きなアドバンテージと言えるかもしれないね」
「う〜ん、なるほど。夢が広がるなぁ」
環奈はもうすっかり能力に夢を見ているようで、うっとりとしている。
「さて、次は君たちの能力についてだ」
そう言って弧月は端末を操作する。
「君たちは、一体どんな能力を手に入れたのか。教えてくれないか」
手を止めない弧月以外、みんなの視線を集めながら、まず観咲が答えた。
「……私の能力は、『視界に入ったものの情報を得る』能力だと、思います」
「まぁ、予想通りっちゃ、予想通りだな。現象系か、概念系かは?」
在人が問う。
「う〜んと……」
「おそらく概念系ではないかな。そういう具体的な現象を発生させるものじゃないのは大概そうなんだよ」
「……ま、どっちでもいいか」
「それもそうね」
観咲の能力は自分の目の中で完結している。先日の戦いでは能力の発動を感知していたし、元より他人の能力に干渉する能力ではない。どちらでも大きな違いはない、と在人たちは考えた。
「それで、おにぃちゃんは?」
「……あ〜、俺か……。俺のは、そうだな……」
口元に手を当てて考え込む態勢に入る在人。そのままの態勢で考えること数秒……。
「……よくわからん」
「あらま」
聞いておいて、随分投げやりな返答である。
「一応君の戦いを分析したが、随分色々やっていたようだね。空気を圧縮した剣、電撃、運動能力も強化していたし、まさかと思ったが、血が流れ出るのも止めていたみたいだ」
「うへ、何それ。おにぃちゃん万能なの?」
「そこまでじゃないと思うが……」
「1つ、言えることは、まず間違いなく現象系だということだ。空気の剣を解き放った後、周辺の大気が随分荒れたようだからね」
「現象系……、う〜んと……」
能力を理解する取っ掛かりになるかと期待したが、在人にはいまいちピンと来なかった。
「さっきの説明では言っていなかったが、実は自分の能力の内容がピンと来ないのは現象系の方が多かったりするんだ」
「そうなんですか? なんだか概念系の方がややこしそうな能力って印象の説明だったから、ちょっと意外ですね」
そんな感想を口にしたのは、観咲だった。
「さっき言った上位能力。むしろそちらが能力の本質に近い、という場合があってね。そういう人が第一階梯で能力を把握しづらいという事例はそれなりにあるんだ」
「つまり、おにぃちゃんはあと2回変身してからが本番ってこと?」
「地球人に変身機能はない」
勿論、在人は地球外の戦闘民族などでもない。
「ん〜、でも、そうだな……。……『自……然』……?」
「『自然』?」
「ああ。強いて言うなら、『自然を操る』能力、が近いか? と思って」
「……そうだね。随分抽象的だが、空気、いや、風かな? それに電気、血液という水分。辻褄は合うね。君がそう思うなら……、それでとりあえずは正解だろう」
弧月はそう冷静に論評したが、内心ではかなり驚いていた。
(その能力がどれだけ正しいかはわからないが、現状確認されているだけでも、汎用性が高すぎる能力だ。……これは、少しまずいか?)
弧月はチラッと富嶽の方を見る。
富嶽は、わかっている、とわずかな仕草で返す。その顔はとても真面目な、司令官の顔だった。
それを確認した弧月は少しだけ目を伏せ、改めて端末と向き合う。端末には、新着通知を示すアイコンが現れていた。
「さて、じゃあ次は名前だ」
「名前?」
「名前? 能力名? 大事大事! カッコいいの考えちゃうよ! 任せて!」
「いや、なんかお前に任せるのは、ちょっと……」
またもやテンションが急上昇する妹に引き気味になっていると……、
「すまないね。それはこちらで決めているんだ」
そう、弧月は口にした。




