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2章 世界は表と裏でできている ③

「すごっ! おにぃちゃんすごっ!」


 室内の大画面モニターに表示されたのは在人の戦闘時の映像だった。俯瞰した映像なので、ドローンあたりを使用したのだと在人は考えた。

 環奈は目を輝かせて映像に夢中になっている。どうやらすっかり厨二心を刺激されたらしい。


 映像が流れる中、弧月は説明の続きを語り始めた。

「人間の体はそのスペックを100%発揮していない、という話は聞いたことがあるかな?」

 在人達が顔を見合わせて、揃って頷くと、

「その中で、脳における普段は十全に機能していないものの1つが、超能力と呼ばれるものだ。これ自体は、誰でも持っているもので……」

「マジで? わたしにも?」

「落ち着け」

 興奮が収まらない妹の手綱を握りながら、集中させてほしいな……、と兄はちょっと悲しくなっていた。


「勿論、君もだ。全ての人間があらゆる能力を使える可能性があるのか、そこまではわからないが、少なくともある程度は脳の機能として共通していると考えられている。実際、念動力なんかの能力は程度の差はあれ、複数の人が発現しているからね」

「ど、どうすれば……、どうすれば覚醒できるのでしょうか?」

「え? 敬語?」

 環奈の声は震えている。口調すらも変わっていた。


「さて、君たちはその時の事を憶えているかい?」

 弧月は在人達に目を向け、問いかけてきた。勿論、環奈も二人を見つめている。


 ただ、当の在人たちは考え込んでしまう。なぜなら、

「あの時のことは結構憶えているはずですけど、きっかけになりそうなことに心当たりはないんですけど……」

 観咲の言葉に在人が頷く。もっとも、在人は意識が朦朧としていた時間もあったのだが。

「ふむ、そうか。まぁそんなものだろう」

 そう言ってメモを取る弧月のそっけない返しに在人は少し苛立ちを覚えた。


「それで、結局きっかけって何なんですか?」

「きっかけ……というものはハッキリとはわからない。なにせ、能力が使えるようになる瞬間のデータを取ることはできていないし、本人も使えるようになった、という自覚しか生まれないからね」

 ペンを置いて、弧月はそう答える。


「ただ、学者の間では何かしらの兆候がある者が、強い感情を引き金にして発現する、と考えられている。実際、状況と照らし合わせてもそう考えるのが自然なんだ」


「兆候と、感情……」


「兆候としては、能力に関係する感覚を感じられることが多いかな」

「感覚……。ああ、もしかして俺があいつの爆発を避けれたのは……」

 最初に男から逃げていた時は能力が使えるという感覚はなかった。在人がグラウンドに着く前に爆発の気配を感じていたことは、きっとその影響だったのだろう。


「そして、おそらくは強い感情が、使われていなかった脳機能の回路に電気を通す役割を果たすのだろう。普段と違う電気信号を普段使わない部分に流すことで、超能力の回路をアクティブにする。一度通してしまえば、そこには問題なく電気信号が通れるようになるというわけだ。推測の域を出ないがね」


 この学説は状況の再現と聞き取りによるデータによってまとめられたもので、肯定するにも否定するにも有効な証拠はない。少なくとも公式には。

(覚醒の瞬間をコントロールできない以上、データを取るには四六時中監視する必要がある。が、そんな状況で感情が大きく振れるかは怪しいところ。それを確実にするには……、さらに非人道的な手段が必要になる……)

 もしかしたら、世界のどこか、一部の機関ではそういった研究を行っているのかもしれない。

 ないことを信じたい、と思う程度には弧月は良心的であった。


「今のところはきっかけが偶発的に発生するものだと思っておけばいい。いずれにせよ、よくわかっていない分野だ」

「分野……。秘密の研究の割に結構色々やってるのか?」

「まぁ色々わからないからね。学校のように順序立てて学んだりできないから、興味も研究者で大きく違ってくるし、そもそも研究材料が少ないから1つのことに没頭することも難しいんだ。わたしは色々知れるからそれでもいいがね」

 やっぱ研究者って変わってるな……、と在人は心の中で思った。


「わたしが主に研究しているのは、工学分野への利用かな。……というより、お偉いさんのオーダーがそれなんでね」

「お偉いさん?」

「そ、たいして進まない理論の研究より、使える技術を開発しろとね」

「大事なことさ。特にここじゃあ、な」

 それまで説明を弧月に任せていた富嶽が口を開く。


「さっきも言った通り、俺たち『BeSPsyD(ビサイド)』は研究チーム付きの部隊でな。超能力が関係していると思われる事件を解決したりするのがお仕事さ」

「あるある、そういう設定の秘密組織」

 うんうん、と頷く環奈をよそに、在人は富嶽たちに疑問をぶつけた。


「……具体的にはどんな風に解決を?」

 司令官のような席でふてぶてしく座る富嶽は、待っていた、という風に笑い、こう答えた。

「そりゃあ、目には目を、歯には歯を。超能力には超能力をってな。当然だろ?」

「……ま、そうよなぁ……」

 ため息を吐く在人は、ふと、観咲を見た。

 それに気づいた観咲はにっこりとほほ笑む。その顔には不安なんてまるでなかった。

 彼女にも、この後の話の流れは予想ができているだろうに、在人に自分の意思を伝えるでもなく、ただ、信頼を示した。


「どうだろう? 俺たちに協力してくれないか?」


「……」

(質問は予想通り。問題は……)


「断ったら、どうなる?」

 知らず、在人の表情が強張る。

 在人自身は、あくまで選択のリスクを確認したかっただけの質問……のつもりだった、本人にとっては。だが、警戒や不審の色が出てしまったのは、思ったより緊張していたのだろうか。


「……意外と、女の子たちの前ではカッコつけたいタイプか?」


「? ……っ! ……そっか、ダメだ、やっぱどうかしてるな、俺。……すみません、助けてもらったのに、嫌な言い方しました」

 在人は顔を押さえて呻いた。治療してもらっておきながら、その分の信用すら頭から吹き飛んでいた。

最悪、自分の力で切り抜ける、と、そんな思いが前に出過ぎていた。


その様子を見ていた弧月は、得心したように頷いた。

「なるほど、君も少し戸惑っていたようだね。大丈夫だ。能力が使えるようになると、以前より脳が活発に働くようになるから、色々考えちゃうのさ。そのうち慣れるよ」

「いや、それでも……、今のは俺が悪いので」

 素直に頭を下げた在人を見て、富嶽は笑う。お嬢さんが気に入るだけはある、と。


「ま、断ったからってとって食ったりはしないさ。大園のお嬢さんにも言われてるしな。

 どちらかというと、俺らの知らないところで変なのに捕まんねえかとか、暴れたりしねえかとかが問題でな。監視、って程じゃないが、色々制限が付くと思ってくれ」

「……そうですか」


「あとな、勘違いしないでほしいんだが、うちはあくまで研究室付きのチーム。軍隊じゃねぇ。超能力を公的に扱ってる唯一の部署だから関連する事件にも駆り出されるってだけでな。本来は超能力の研究データを提供するために能力を使っていくのが目的なんだ」

「研究データ……?」

「難しいことじゃない。ただ、君らが自分の力を磨いていけばいいんだ。自分の力くらいキチンと扱えないと大変だろ? ここなら俺たちが勝手に君たちのデータを取りつつ、今までの研究データでアドバイスもできる……かも、しれない。」

「自分の、力を……」

 そして、弧月が言葉を引き継いだ。


「君たちの能力は現に存在してしまっている。そう望んだかはともかく、得てしまったからには、それと向き合っていかなければならない。

 ここにいることが無駄だと思うのなら仕方ない。実際役に立つとも限らないのだからね。


 ただ、1つ言えることは、君たちに限らず、超能力は人間の可能性の形なのだということだ。ならば、できるだけ正しく使いたいと思わないか?」


 在人は2人の言葉を頭の中で反芻する。その意味を理解したからこそ、考える。

 在人の能力は戦闘に向いていた。なら、力と向き合っていく必要はどうしても出てくる。

 しかし、観咲は違う。無理に自分に合わせてもらう必要はないかもしれない。なら、観咲だけでも……。


 その時、在人の手が温かいものに包まれた。


 その手を、観咲が両手で包み込んでいた。

「馬鹿ね。好きにしていいの。私はちゃんとついていくから。在人に任せたけど、別に背負ってほしいわけじゃないのよ?」


「……やっぱ今日の俺は考えすぎだな」

 そう言って自嘲気味に笑う在人の顔は、少しスッキリとしているようだった。


「わかりました。俺らもやらせてください。『BeSPsyD』で」


 その言葉を聞いて、今までほとんど表情を見せなかった冬華とアリシアが、ほんの少し、嬉しそうに笑っていた。


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