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2章 世界は表と裏でできている ①

すっかり遅くなってしまいました。申し訳ないです……。

「おはよう」

 目を覚ました在人の視界には、見慣れない天井と見慣れた美人の顔があった。


「………………」

 まだ頭が回っていないのか、ポヤッとした顔で見てくるので、観咲は少しおかしくなって、顔をほころばせた。

「ふふっ、どうしたの? もしかして見惚れちゃった?」

「……今更、それはないな。起き抜けに見るのは、悪くないけど」

「よろしい」

 在人の視界から観咲がいなくなり、ギシッとわずかに音がする。在人がそちらに顔を向けると、観咲はそこに置かれた椅子に座っていた。


「……なんか俺、入院患者みたいだな」

「みたいじゃなくその通りじゃない。憶えてないの?」

 その言葉に、在人は顔をしかめた。確かに目を覚ました時は少しぼんやりとしていたが、観咲に悪態とフォローをない交ぜにして答えた時にはもうその時のことが頭に浮かんでいた。しかし、一旦落ち着いてみると、信じがたい内容だと思ってしまうのも無理はないだろう。


「変な力に目覚めて悪漢をぼこぼこにしましたって? 実は俺はずっと入院していて、そんな少年漫画チックな夢を見てただけって方がありそうだが」

「腕に穴が開くようなことがまともな実生活で起こる方が、どうかしてそうなものじゃない?」

 在人は包帯が巻かれた腕をゆっくりと少しだけ持ち上げてみる。まだ少し痛むが、一応は回復していると言えるだろう。何より、そのわずかな痛みが夢ではないことを証明してくれていた。


 観咲はベッド横の机上に置かれた林檎(りんご)を1つ手に取って、

「食べる? 旬を過ぎたわりには結構いいものよ」

「……そうだな。頼むわ」

 観咲の手つきは慣れたもので、シュルシュルと淀みなく林檎を剥いていく。客観的に見ると、映画などで使われそうなくらい絵になる光景だった。


「俺、今目ぇ覚ましたばっかりだと思うんだけど、なんでフルーツが置いてあるんだ?」

 お見舞いにフルーツはイメージ的にピッタリだが、まだ意識不明の相手に持ってくるのはどうなのだろう。もしかして自分の容態は秘密にでもされているのだろうか……などと在人が思考を飛ばすと、流石に観咲も少し意味を理解するのに時間がかかったのか、一瞬不思議そうにしてから答えた。

「ああ。これお見舞いじゃないわよ。私のだから」

「は?」

「私、ずっとここにいたから。ここの人、結構色々用意してくれるのよね」

「ふ〜ん、ここの人、ねぇ……」

 在人は、枕元に置かれた、病院にあるナースコール用のボタンらしきものや、ドア横のインターホンのようなものに視線を送り、天井を向いて1つ息を吐いた。


 意識もはっきりした今、倒れる直前のことも思い出してきている。その時の事、そして、この窓1つない病室。ここが普通の病院でないのは察しが付く。


 在人は横になったまま、林檎を切り分ける観咲に問いかける。

「……呼ばないのか? 人を」

「……落ち着いてからでいいって言われてるから。思ったより話の通じる人達だったよ」

 シャリシャリと林檎を切る音だけが響く。とても穏やかな時間だった。


「……結構心配したのよ? 傷は大体ふさがったみたいだけど、あの時はズタボロだったから」

「ひどい言われようだな。……まぁ間違ってないけど」

 苦い顔をする在人。


「もう割と大丈夫みたいだけど、俺そんなに寝てたのか?」

「そうね……。丁度切り分けたし、食べながら話しましょ?」

 上げても大丈夫か確認を取りつつ、観咲はベッドの上半身側の高さを上げた。

 綺麗に切り分けられた林檎をつまみつつ、2人はあの時からのことを話し始めた。


「あの後、倒れた在人と一緒にここに連れられて、治療してもらったの。翌日からこの部屋に移動して、今日でえっと……3日目かしら」

「3日? たったの?」

 あれだけのケガが3日でほとんど治っているなど明らかな異常だった。

 これも自分の能力なのだろうか……と在人が考えていると、

「そう。たったの。そういう治療がここではできるんだって」

「ここの設備ってことか? ……そもそもここはどこなんだ?」

「さぁ? ここの自前の救急車みたいなのに在人の付き添いで乗ったんだけど、場所はわからないわね。外が見えなかったから」

「教えてくれなかったのか?」

「話は2人揃ってから、って私が言ったからね。聞かなかったの。一応そんなにあそこから遠くなかったのと、ここが地下だってことはわかるんだけど」

 そっか、と在人は呟く。どうせ場所が分かったところで逃げる気は今のところない。多少信用できなかろうが、まず話を聞いてから判断しようと在人は思っていた。


「環奈ちゃんもわからないって。一応秘密の場所だからって言われたらしいわ」

「ふ〜ん、そ……、いや待て。なんで環奈が。まさか人質とか」

 慌てる在人を、落ち着いて、と優しくなだめる観咲。その穏やかな様子に、在人は冷静さを取り戻すことができた。


「あなたが倒れるからじゃない。私もこっちにいるし、家に1人じゃ危ないでしょ? それに、学校で色々聞かれても面倒だろうって、咲耶さんが気を利かせてくれたらしいわ」

「え? あの人何か知ってんの? ……いや、知ってるか。知っててもおかしくないわ、よく考えると」

「本当にね」

 2人揃って呆れたようにため息を吐く。


「でもちょっと口利きできるくらいらしくて、あの人とは関係ないらしいの。それで、環奈ちゃんが向こうで説明するからって言われて、在人と自分の荷物、それと私の荷物も持ってここに来てくれたの。私の家には在人がケガしてしばらく付き添いをしてるって咲耶さんが伝えてくれたらしいわ。私たちこの隣の部屋で泊まり込みしてたの」

 そう言って観咲は隣の部屋の方を指さした。

 在人は複雑な表情を浮かべていたが、それでも少しホッとしたようだった。


「で、あいつは?」

「しばらく前に茅根さんが戻ってきて、稽古つけてもらうって、一緒に行ったわ」


「茅根冬華、ね……」

 倒れる直前のことを思い出す。彼女たちがやって来たことは驚きだったが、それ以上に、彼女たちの持っていた武器は本物のようだった。そんなものを振り回せる組織が自分たちをどうするのか……。

 いや、もしかすると彼女たちも、もしかしたらそれ以外にも自分たちのような力を持った人たちが集まっているのだろうか……。


 在人は不思議な感覚にとらわれていた。思考がどうもいろんな所に飛んでいく。これから話を聞こうというのに、もっと深い所の疑問が浮かび上がってくる。今、そんなことを考えても意味がないのに、頭だけが妙に回りすぎている。


 そんな在人の思考を知ってか知らずか、観咲が少し話題を変えてきた。

「アリシアちゃん、だっけ。やっぱり可愛いなぁ、あの子。どうしてもっと早く紹介してくれなかったの?」

「ん? ああ、いやだから、わざわざ紹介するようなタイミングが――。……やっぱり?」

「うん。見たことはあったの。なんか可愛い子だなって思って。結構ここに様子見に来てくれてたから、話す機会が多くって」

「シアが……」

 気にしてくれていたのだろうか、と在人は思う。いや、そうであってほしいと思ってしまうのは、やはりおかしくなったということなのだろうか。


 在人には自分がそこまで疑り深くなった覚えがなかった。


「シア……、いいわね。今度そう呼んでいいか聞いてみようっと」

 楽しそうな笑顔で語る観咲に、なんとなく安心を覚えて、在人は林檎に手を伸ばす。

「っ!」

 その時、伸ばした腕に痛みが走った。

 幸い、その痛みは一瞬だけで、後を引くようなものではなかったが、観咲には気付かれてしまったようだった。

「大丈夫? 食べさせてあげようか?」

 気付かれた……、とは言っても、心配しているわけではないと、その顔が語っていたが。


「そんなひどいもんじゃない……ん、だよな? 俺の病状って結局どうなの?」

 観咲は記憶を探るように口元に指をあてて少し考える仕草をした後、答え始めた。

「倒れた時は結構ひどいものだったんだけど、ここの設備を使って、一応傷は塞いだみたい」

「みたいって……」


「在人が入ったのはここに置いてある特殊な設備らしくて、生物の治癒力を大幅に高めるものらしいの。それを使って一晩くらいでとりあえず見た目は治したの」

「はぁ、見た目……ね」

「そう。通常の細胞分裂なんかを誘発させる設備らしくて、その性質上、筋肉の疲労や折れた骨なんかはきちんと回復しないらしいの」

 つまり、緊急度の高い応急処置用のものなのだろう、と在人は理解していた。

「後は点滴やら輸血やらして目が覚めるのを待ったの。というわけで、しばらくは安静にね」

 そう言いながら観咲が口元に差し出した林檎を、在人は口にした。


「なるほど、ありがと」

「……私は、信用してもいいと思うよ」

 何を、とは聞く必要がない。だが、在人はそっか、と口にしただけで、楽観視するつもりはなかった。在人自身にはそう判断する材料がないのだから。

 ただそれは、いざとなったら動く覚悟をするだけで済むことだった。観咲の想いを切り捨てるつもりは、在人にはなかった。


「まずは、話を聞いてみて――――」

 ガラッ、と、扉が開かれた。そこにいたのは、汗を流してから来たのか、ほんのりと上気した姿の環奈だった。

「おにぃちゃん……?」

「よっ」

 軽く腕を上げて答える在人を見ながら少しの間立ち尽くした環奈は、そのままゆっくりと在人に近寄って、在人の胸に顔を(うず)めた。

「よかった……」

 在人は環奈の頭に手を置くと、安心させるようにゆっくり撫でてあげた。


 しばらくそうしてやったところで、環奈が口を開いた。

「ちょっとだけ、おねぇちゃんに聞いた。……ごめんね」

「何謝ってるんだ?」

「……ううん、わたしがいたら、きっとボコボコにしてやったのにって」

「バイオレンスだな……。気にすんな。兄としては、女子らしくしててくれた方が嬉しい」

「……うん」

 呟いた環奈の表情は、在人には見ることができなかった。


 そこに、コンコン、とノックの音が響いた。

 3人が扉の方を向くと、1人の男が立っていた。


「どうも。落ち着いたか?」

 男は三十代くらいで、しっかりした大人、という印象だったが、立ち振る舞いの隙のなさの割に親しみやすい雰囲気を持った人だった。


「あなたは……?」

 少しの警戒を込めて問いかけた在人に対して、フッ、と軽く受け流して男は答えた。

「ここで答えてもいいが、どうせならもっと雰囲気のあるところで話を聞いてみないか?」

「取り調べとかはお断りしたいんですけど……?」

 その答えに、男は笑って、

「はっはっは! そんなことするつもりはないって。個人的には歓迎してるんだからよ」

「歓迎?」

「おうよ。ま、動けるなら、ってとこだが、どうするね?」

 在人は、病人扱いに軽くため息を吐いて、

「わかりましたよ。行きましょう」

「よし、じゃあついてきてくれ。ああ、じゃあまずは……」


「ようこそ、ここが世界が隠す箱庭の1つだ」


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