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1章 想いの発露 ②

「ざけんな!」


 声が聞こえたと同時に気配に気付いた在人は、傍にいた観咲を素早く抱えて後ろへ跳んだ。

 先程まで2人がいたところを爆発が襲う光景を、在人達は数十メートル以上も離れた空中から眺めていた。


 一度の跳躍でこれほど移動したことに驚きながらも着地する在人は、その衝撃に顔を歪める。どうやら体のあちこちにダメージがあったらしいと気づいた。

 それもそのはず、元々爆発に吹き飛ばされた後に、まともじゃない体の使われ方をしたせいで、体中ボロボロだったのだ。

 歯を食いしばって耐えた在人は、爆発のあった方に目を向ける。今の爆発が誰によるものかはもちろんわかっていた。


「ねぇ、今、何が爆発したと思う?」

「……さて、なんとなくそんな気がするってくらいだな。よくわからんが。どうも、そういうことができるらしいぜ、俺は」

「よくわからない話ね。でもわかるわ。

 私もね、さっきからなんだか視界がおかしいの。色々見えすぎちゃって」

「これも会長の仕業じゃないだろうな」

「なかなか面白い仮説じゃない」

 お互いに軽口を叩きあいながらも、2人は一つの事実を共有する。

 どうやら、自分たちはいつの間にかおかしくなってしまったらしい、ということを。


「……私のはちょっと戦いには向かないかも。なんとなくわかるの。そっちは?」

「なんとなくわかるよ。たぶんいける。

 使い方もさっきのあいつが多少使ってたみたいだから、ある程度は。あとはまぁ、なんとかなるだろ」

「……あんまり、感謝したくないわね。

 ……わかってる? あなたの体のこと。具体的に言いましょうか? そっちの腕とこっちの足。それから肋骨3本に筋肉が悲鳴上げてる。間違いなく入院コース」

「ああ、お前のはそういうのがわかるのか。便利だなぁ……」

 在人達に宿った妙な力は、その正体はわからないものの、どうやら使うことはできると、そういう感覚があった。あとは、やるかどうかを決めるだけ。


 問題は、在人の体だ。この状態で無理をすべきことなのか、いや、わざわざ在人が戦わなければならないことなのか。

「ふざけんな……。ふざけんなよぉ!」

 その時、爆発の向こうから聞こえてきた声は、抑えがたい怒りに満ちていた。


 男は、爆風の中から在人達の方へ向かってきた。一歩一歩がズシンと音がするかのように重く、ケガなど物ともしていない。強烈な攻撃を受けたはずなのだが、随分とタフである。いや、もしくは怒りが痛みを凌駕しているだけかもしれない。


「おかしいだろぉ……。ムカつくやつをぶっ飛ばして! ぶちのめして、ぶち壊して! それができる力だろうが……。そうじゃなきゃいけねぇ力だろうが! そうだろ!?」


 知らねぇよ、と在人は吐き捨てる。

 その言葉にはただの苛立ちしか込められていない。しかし、苛立ちを(うそぶ)くその辺の不良と違って、男の台詞は一種の狂気のようにも感じられた。

 だからこそ、在人は最初に見た時に思ったことを思い出す。やはり、あいつは前に会った時と何かが致命的におかしくなっている……、と。


「全部全部、ムカつくんだよ! てめぇも、あの女どもも! ほかの奴らも全部、全部だ!

 全部まとめて、殺してやるよ!」


 その言葉が響いた時、在人は前に進み出た。

「在人?」

「下がってろ、観咲。なるべく早く、終わらせる」




 頭が痛い。体中が痛い。もう今すぐ倒れてしまいたい。


 いい加減、応援も来てくれるだろうし、適当に時間を稼げば、それでいいだろうか。


 在人はそう投げやりに考えてもいた。


 しかし、バカみたいな声が聞こえるのだ。ムカつく、と叫ぶ声が。


 怨嗟ではない。憎悪でもない。ただ、苛立ちだけで出来た声だった。


 その中で、女ども、と聞こえた。


 誰のことを言っているのか、ぼんやりと浮かんだ答えが正しいかはわからなかった。


 ただ、一つだけ。在人の脳裏に浮かんだのだ。


 ああ、ムカつく、と。




「お前のイラつきなんざ知らねぇよ」

「ああ?」


 在人は一歩一歩ゆっくり進みながら、呼吸を整えようと試みる。しかし、逆にむせてしまい、口から血反吐が出る。


「……いい加減こっちもしんどいんだ。お前の事なんか放り出して、ベッドで寝たいし、もうやれるもんならやってみろとか言い捨ててやろうかとかちょっとは考えたけどよぉ……」

 口の中の血を吐き捨てて進む在人。何歩か進むころにはようやく呼吸も落ち着いていた。


「やっぱ駄目だわ。お前より、学校のみんなも、あいつらも、優先度が高いんでね。お前の希望を通してやる気、よく考えたらないわ」

 その言葉は、よく聞いてみれば、男と負けず劣らずの身勝手さだ。


「何より、お前をぶちのめしたの、正確には俺じゃないし。やられた借りを返したわけじゃないんだよな」

 さらには、まともじゃなかったからノーカウント、などともはや男以上の勝手を呟いた。


 男から少し離れた位置で歩みを止める。その距離は数十メートル。


「お前が何にムカついてるかとかどうでもいいし、興味もない」

 なんとなくわかる、能力(ちから)の使い方。体に鞭打つように、筋肉に電気が流れる。


「もう好きにしろよ。けど、こっちも好きにやらせてもらう。

 みんなを守るなんてカッコつける気はない。お前がムカつくから殴るし、叩きつぶす。

 おまえの思うとおりになるとか絶対に嫌だ。

 お前が好き勝手やるっていうのなら――――」


「――――ぶちのめしてでも、止めてやるよ」




「しゃらくせぇ!」

 男が腕を振るうと、在人の周囲で連続の爆発が起こった。

 だが、在人は爆発の直前にはもうその場から離れており、次の瞬間には男の近くに移動していた。

「なにぃ!?」

 そのことに男が気づいた直後、在人は使える方の腕を振りぬいていた。


「ぐぼぉっ……!?!?!?」

 男の身体はバウンドしながら吹っ飛ばされる。何があったのかを理解することはできていなかった。在人のスピードもパワーも、明らかに普通の人間とは段違いだったからだ。


 その光景を、少し離れたところから観咲が見ていた。

 観咲の目には2人の姿だけでなく、それがどれほどのスピードだったか、どれだけの威力だったのかなど、様々な情報が映っている。どうやらそれが、自分の力なのだと彼女は理解していた。


 別に在人の姿を目で追えていたわけではない。方向と動きがわかるだけだ。

 これは戦闘向きじゃない。手伝ってはあげられない。

 けれど観咲にとっては在人を信じてあげられる根拠になるだけで十分だった。無理をしないよう、目を離さなければいいのだから。


 ダンッ、と地面を殴りつけるように立ち上がった男は血走った目で辺りを見回す。見失った在人を探しているのだ。

 当の在人はどこにいるのか。その答えは、爆風の中から現れた何かによって明かされた。


「ぐああああああっ!」

 先程起きた爆発によって巻き上げられた砂煙の中から飛び出してきたものが男の両腕に刺さった。

 それは、透明な剣のような形のものだった。不安定なのか像が歪んでいるが、かろうじて輪郭はわかる。それが男の腕に1本ずつ刺さっているが、刺さりが浅いのか、先端から数センチ程だけが埋まっていた。

 それが圧縮された空気の塊であることは観咲にはわかっていた。それも、目が教えてくれたのだ。


 晴れていく砂煙の中から何かを投擲したように片腕を前に突き出した在人の姿が現れる。やはりあれは在人の能力の一部だったようだ。観咲にはまだ在人の能力の全容はわからないが、彼の言う通りかなり戦闘向きらしい、と思った。

 ただ、やはりその姿は痛々しい。在人はボロボロの姿で、その場で動かずに辛そうな表情で荒く息を吐く。さらには、だらん、と下ろした腕には、先程自ら貫いた穴が開いている。

 不思議なことに、その穴からはほとんど、いや全くと言っていいほど血が出ていない。それも在人の能力らしいことはわかっているが、だとすると在人の能力は随分と幅が広い。

「らしいというべきなのかしらね……、色々できるのは」

 喜ぶべきかは、あの姿を見ると悩むところであった。


「くそっ……。くそっ、くそっ。ざけんなこのボロぞうきんがぁ!」

 男の叫びとともに、在人に向かって連鎖的な爆発が起きた。

 空気の剣はやはりしっかりとは刺さっていなかったようで、男が痛みに任せて激しく体を振り回しただけで、簡単に抜けてしまっていた。

 在人は後ろに大きく跳んで躱していたのだが、元居た場所で大きな爆発が起こったところで爆発が止まってしまった。どうやら男は煙で在人を視界から外してしまったらしい。


 男が使っている爆発の正体は、観咲には筒抜けだった。

 爆発のたびにその場の水分量が変化していることは目が教えてくれている。おそらくあれは空気中の水分を水素と酸素に分解して瞬間的に爆弾として利用しているのだろう。

 水素と酸素の化合物による小規模な爆発は学校の理科実験で大抵の人が見たことがあるだろうが、あれだけの規模では「危険」という言葉がより身近になる。


 そしてあの爆発はその場の水分量によって規模が変わっているわけではない。明らかに男の意思で爆発の規模が決まっている。

 つまり、あれは「爆発」に重点が置かれた能力なのだろう、と観咲は感じていた。

 在人が爆発を察知して避けられているのは、おそらくその空気の変化を感じ取ているからだろう。先程の剣のように、在人の能力は空気にまつわる部分があるのだから、その変化を感じ取れても不思議はない。いや、むしろ水分の変化だろうか……。


 ともあれ、状況は在人にとって有利だ。相手の攻撃を察知して躱すことができる在人に対して、男は煙で在人を見失うなど、むしろ自分の能力に振り回されている。

 心配の種は在人の状態だが……。


「うおおおおおおおおおお!」

 すると、在人は男の真正面から突っ込んで殴りかかった。弾丸のような速度で迫りくる在人を前に、男は一瞬だけ驚いたような表情の後、睨みつけるように在人を見据え、

「おらぁ!」

「ぐっ……!」

 自分を巻き込むような距離で爆発を起こした。

 吹き飛ばされる両者。だが、爆発は在人にやや近く、男は少し後ろに転がったぐらいなのに対して、在人は大きく距離を開けてしまった。


「ハッ……。どうだよ……」

 よろよろと立ち上がる男は勝ち誇ったような顔で在人が飛ばされた方を見る。瞬間的に切り替えた自爆戦術は成功した。これで勝ったはず、そう思っただろう。

 だが、すぐに晴れた煙の向こうには、あまり変わらない姿の在人がいた。

「なん……だとぉ……!」

 在人は爆発の直前、自分の前に空気を固めた障壁を作っていた。直撃は避けたものの、障壁ごと勢いに押されて下がってしまっただけだったのだ。


「ああ……、いいね、その位置」

 にやり、と嗤う在人に、男はますます頭に血がのぼる。

「今度こそ――――」

 男は腕を振るおうとしたが、その前に男の後ろで爆発が起こった。

「な――――」

 何が、とは言えなかった。きっと、何が起きたか理解できなかっただろう。


 男の後ろには、剣があった。空気で出来た、無色の剣が。

 少し前に男の腕から抜けたものだった。

 剣の正体は圧縮され、固められた空気だ。ならば、解き放ってしまえば、空気は拡散するために一時的に暴威を振るう。


 暴風によって飛ばされた男の体は、在人に向かって放物線を描いて落ちていく。

「ちゃんと、やり返せたって気がするよ」

 在人の腕の周りでバチバチとはじけるような音がする。


「じゃあな。おとなしく寝とけ」

 在人は飛んできた男に掌底を入れた。瞬間、バヂィ、と電撃が男の背中を抜けていった。

 男は白目を向いて地面に落ちていった。



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