序章 boot up : waiting... ⑪
並木道は広く、長い。遮蔽物は道沿いに植えられた木々ぐらいだ。
そのような場所で隠密活動の真似事をしたところで、余程のことがなければ見つかるのがオチだろうが、在人は目標を視認できるところまで接近できていた。それというのも、どうやら彼らは仲間割れを起こしているようなのだ。
「やめようって! 確かにすげぇけどさ、なんかヤバいってそれ!」
「なんっだよ、るせぇな! 俺ぁ、あいつをぶっ飛ばさねぇとよぉ……、落ち着かねぇんだよぉ!」
「いいじゃんか、兄貴がやるってんだし……。それに、ムカつくやつが吹っ飛ぶの、絶対気持ちいいと思うんだよ!」
「なんかおかしいぜ兄貴! 昨日だって――」
在人は少し離れた木の陰で会話を聞いていた。その声には聞き覚えがある、どころか、そもそも見覚えがある。
(昨日の奴ら……、もしかして、ムカつくやつってのは、俺のことじゃないだろうな……)
そう、乗り込んできた不審者は昨日在人が撃退した力づくナンパ3人組だった。
気のせいかもしれないが、昨日と同じ服装で――いや、若干ボロボロにはなっているが――やって来た彼らは、まるで昨日のことを根に持っているとアピールしているように在人には感じられた。
(目的が違っていたとしても、ま、どうやら挑発はできそうだ)
次に手段について考え始めた在人は、隣の樹の根元にある箱のようなものに目を付けた。見覚えのあったそれは、もし、以前と同様のものであれば、この状況には丁度いいものであった。
在人は身を潜めて3人が近づいてくるのを待った。3人は未だ軽い言い争いをしており、距離を測りやすくて助かる、と心の中で笑う。
目をつぶり、音が出ないよう一呼吸。
(心の準備……OK。そんじゃ、行きますか)
素早く動き出した在人は、三人組に背を向けるように木々の合間を走り出した。そして、通り過ぎざまに例の箱に蹴りを入れた。すると、パァンというやや大きい音とともに、箱からバネのついたおもちゃが飛び出していた。いわゆるびっくり箱である。
在人の記憶では、その箱は以前咲耶が行った宝探しの宝箱に似ていた。各所に置かれた宝箱はいくつかのヒントをもとにして探せるものの、宝箱自体はすべてびっくり箱。本物の宝は箱の中にはないというオチがあった。開けた時の音が大きく、気の弱い女の子が開けて気絶してしまったりもしたが、今の状況には丁度良い。おそらく勧誘期間用に設置したのだろうが、その辺の色々はとりあえず後回しにした。
突然の大きな音に三人組は驚き、ひょろっとした男などはヒィッと頭を抱えていたが、兄貴と呼ばれていた男は音の原因に気付き、走り去る影にも気づいた。その間に距離を開けていた在人は、男の激しい炎を内包したような剣呑な視線を受け止めていた。
「てめぇ……、見つけたぜこらぁ!」
どうやら、男の目的はやはり在人だったらしい。荒々しい声を上げて近づいてくる。周りの2人も、状況を理解して、それぞれのリアクションを取っていた。
「あ! お、お前……」
「ひ……、ひひひひっ! いたいたいたぁ?」
小太りの男は、戸惑ったように。痩せ型の男は、非常に興奮して。
小太りの男の反応も気になるが、在人が気になったのは自分を追う男の方だった。昨日会った時はまさしく短気な不良、といった感じで、他人を傷つけるつもりはあっても、粋がっているだけというか、あのように暗く、それでいて周り全てをひたすら焼き尽くすような害意を振りまく印象はなかったはずだった。今の彼が放つのは、今まで感じたことなどないにもかかわらず、在人に殺気、というものを自然に想起させた。
「てめぇ! 逃げんなこらぁ!」
男が大きく片腕を振る。在人はそれを見てはいなかった。だが、不意に、自分の右側の空気が震えたように感じて、反射的に、勢いのまま左に転がるように飛び退く。
衝撃。
それが爆発によるものだと在人が分かったのは、爆風で派手に吹き飛ばされ、ガンガンと耳鳴りのする中、なんとか立ち上がったころだった。正確には爆発物の存在を思い出した、だが。
在人の体は大きなケガこそないものの、軽い擦り傷と土で見た目はボロボロだ。
爆発のあった方に目を向けた在人が見たものは、道の一部に空いた穴だった。景観を損なわない程度とはいえ、舗装された道を吹っ飛ばす程の威力の爆発で、その程度で済んだことは上出来と言えるだろう。
異変に気付くことと反射的に逃げること、どちらかができていなければ、どうなっていたか。……異変に気付くことができた理由は、在人にとってもよくわかってはいなかったが、そこに思い至れるほどの余裕は残念ながらなかった。
なぜなら、考えるべき問題は別にあったからだ。それは、
(っつぅ……。何っだ、今の? 吹っ飛ぶ前、何かが投げられ……なかった、はず。というより、タイミングがおかしい。時速何キロで投げたことになんだよ……)
在人は息を整えながら思考を整理する。
元々在人が距離を取った理由は爆発物が何なのか確認するためだ。何を持っているにしろ、離れていれば爆発するまでにモノを確認する余裕はあると思っていたのだ。何せ先ほどまでそれらしき物を持っていなかったのだから、取り出して準備するまでにも時間がかかる。多少細かく振り向けば確認くらいは理論上できる。
だが、気が付いたら爆発していた。これはおかしい。仮に全力投球しようとも二人の間には木もあるのだから普通の人間なら投げることにも一瞬時間を取られるはずだろう。まるで地雷でも踏んだのかと疑いたくなるくらいだ。
在人は考えをまとめながら立ち上がって駆けだした。幸いなことに大したケガもなく、スムーズに走り出せた。
こうなってくると方針を変えざるを得ない。在人は観咲が見ていてくれたことを信じて、高笑いを聞き流しながら自分を見失わせない程度に走った。
『それで?』
「……わかりません。それらしき物がまったく見えませんでした。一体どうなっているのか……」
観咲は混乱しつつも電話での報告を済ませた。相手はもちろん咲耶だ。
報告と言っても内容は、何もわからない、なのだから不甲斐ないと彼女は思っていた。在人が危険な役をやっているというのに。
だが、確かに爆発物は見えなかったのだ。より正確には、そもそも何かを手にしてすらいなかった。にもかかわらず、在人の隣で爆発が起きたのだ。混乱するのは無理もないだろう。
『……ふむ……。正体がつかめないとなると、どうしたものか。狙いは彼なのだろう?』
「みたいです。……在人が奥に走っていきました。多分、坂に飛び降りてグラウンドに行くんだと思います」
動き出した在人の考えはその方向ですぐにわかった。木々の広がるエリアの端は道路と接している。高等部側の端は坂の下へ向かう道だ。坂の下には高等部が主に体育で使用するグラウンドがある。
『グラウンドに? 大丈夫なのか?』
「爆発物の正体を掴むために遮蔽物のない所で真っ向勝負するつもりでしょう。咲耶さん、救援は来ますか?」
『連絡済みだ。爆弾用の装備のせいで準備に少し手間取っているようだが……』
「……気づかれないように追いかけます。こっちから連絡しますので」
『……わかった。くれぐれも気を付けてくれ』
電話を切って呼吸を整える。自分はなるべくちょっかいをかけずにゆっくり距離を置いて追いかける。観咲は自分の役割をしっかりと理解していた。
あくまで報告に徹する。在人のことは心配だったが、それ以上に、観咲は在人のことを信じていた。
在人は登下校用の坂道を下って、上懸高校のグラウンドにたどり着いた。
上懸高校のグラウンドはいくつかある。上懸高校よりやや標高の高いところにある2つ以外は坂の下に点在しており、ほとんどは放課後に部活動で使用される以外、基本的に一般開放されている。
在人が向かったのは、坂の下で最も学校に近いグラウンド。このグラウンドは一般開放されていない。普段から高等部の体育の授業で使用されているからだ。学内で2番目の大きさを誇っている。
ここに来るまで、何度か爆撃が行われたため、道路にはところどころ破壊の後が生まれていた。住宅街の外れとはいえ、付近には住んでいる人もいるのだが、爆発によるパニックなどは目につかない。パトカーなども見えるので、おそらくは先行で来ていた警察が付近の住人を避難させていたのだろう。在人の意図を汲んでの指示だろうから、どうやら観咲は察してくれたらしい。咲耶の手際も流石であった。
当の在人は制服の一部も破れており、目立ったケガはなくともボロボロだった。坂に飛び降りた時に勢いを殺すため転がったり、爆風にあおられたりしたため、体が地味に痛いが、それ以外は問題ないようだった。
「逃げんのはおしまいかぁ?」
男は苛立たし気にグラウンドに入ってきた。取り巻きの2人の姿はない。置き去りにしてきたのだろうか。
「……」
在人は長めに息を吐くと、しっかりと相手を見据えた。さっきまでは逃げ回っていたが、これからするのは真っ向勝負だ。
在人が逃走中にわかったことは、なんとなく爆発しそうなことがわかることだけ。その感覚がどういったものなのかはわからないが、それだけが生命線だった。
やるべきことは決まっていた。何とか爆発を避けて接近戦でぶちのめす。キチンと相手を見ていれば、爆発物も見逃さないだろう、と高を括って。さっきまでと目的自体はさほど変わらないが、命の危険は跳ね上がることももちろん理解していた。
正直、確実に行える自信は在人にはなかった。しかし、逃げ回ったところで逃げ切れる保証もないし、被害も広がってしまう。どうせ賭けるなら、観咲を信じて戦う方がましだと判断したのだ。
「ムカつくなぁ……、てめぇのその目。壊したくてぶっ飛ばしたくてしょうがなくなっちまうんだよぉ!」
それに在人には、これが自分のせいで起きた問題かもしれない、という負い目が多少なりともあった。関係ない、と切り捨てるには派手に周りを巻き込んでしまったから。
「ああ……そうだ。てめぇとやりあった理由なんざよく憶えてねぇがよ。どうでもいいよなそんなことぉ!」
自分の問題は自分の問題のうちに片付けるに限る。余計なことまで背負わなくて済むのだから。
「散々ムカつかせた落とし前はつけてもらおうじゃねぇか!」
彼我の距離は約100メートル。大声でも出さなければまともに相手の声は聞こえないだろう。だから在人は一言、自分の覚悟を固めるように呟く。
「……こちらの台詞ってやつだよ、それは」
直後、在人は勢いよく走り出す。散々走ったため既に疲労度は高く、走り出しで少しバランスが崩れてしまったが、なんとか持ちこたえた。
在人の運動能力は決して低くない。この距離なら10数秒で問題なく詰められるはずだ。なら爆発物だってせいぜい一つか二つ避ければいい。そう、思っていた。
「くらえやぁ!」
だから、その台詞が聞こえるのとほぼ同時に反射的に左へ体をそらした時、疑問は置き去りになった。
直後、爆発が起こる。突然の爆風に煽られた体は完全にバランスを崩し、転がるように左側へ飛ばされた。もし体をそらしていなければ、少なくとも右腕は持っていかれていただろう。
在人は吹き飛びながらも、追いついてきた疑問に思考を取られていた。
(おかしい! 爆発物なんてあいつは使っちゃいないぞ!? どういうことだ!?)
そう、在人は見ていないのだ。爆発したはずの何かを。
ギリギリ躱せたのは、ただ爆発の感覚に慣れただけ。
男の手にも、爆心地付近にも、爆発するようなものはなかったはずだ。
信じられないことだが、何もない空間が爆発したのだ。そういうものだと考えるしかない。
男は、自由に爆発を起こせるのだ。
だが、その事実を次に生かすことはできそうにない。
なぜなら、態勢を立て直す前に、この先で爆発が起こると感じ取れてしまったからだ。
観咲は校門から坂に出ていた。
在人が学校を出てから少し間が空いてしまったため、焦る気持ちが表情に表れていた。
時間がかかってしまったのは様子を見ていたからだった。もちろん在人たちや生徒会のではない。実は在人を追って一番大きい男が去った後も、しばらく残りの二人はその場で口論をしていたからだった。
距離があって話の内容はわからなかったが、どうやら小太りの男はあまり乗り気でなかったらしく、まるで残った一人を押さえているようだった。
気づかれないようゆっくり近づくと、二人は在人達が去った方へと向かっていった。痩せ型の男が少し前に出ていたため、小太りの男が追いかけるような形に見えた。
二人を追うことも考えたが、観咲は校門の方へ向かうことを選んだ。爆発の音が響き、木々が揺れる並木道を走り、校門を出る頃には、在人は多分グラウンドに着いているだろうと思い、焦る気持ちが出てきていた。
在人は別に、自分の助けを求めはしないと分かっている。そう、幼なじみのことは理解しているし、信じている。
だが、同じように向こうも信じてくれている。だから、託された目的はきちんと果たしたい。いや、果たすのだと、荒い呼吸の中、その思いが観咲を駆り立てる。
在人が向かったであろうグラウンドは、高等部がよく使用するグラウンド。つまりは一番近いグラウンドだ。
在人達はわざわざ坂を下っていったが、坂にはグラウンドに直接降りられる階段が二箇所あり、校門付近からならそのうちの一つから降りるのが早い。在人が使わなかったのは、スペースがあれば爆発回避がしやすくなるためだ。もちろん、観咲の到着を合わせやすくするためでもあるが。
観咲は迷わず階段へ向かう。階段の上からでも、広いグラウンドは見渡せるような配置だ。まずは報告を行えるかどうか確認しなければならない。
観咲はガードレールに手をかけてグラウンドを覗き見る。高低差に少しだけ震えるが、足に力を入れなおして在人の姿を探した。
距離があるためとても見づらいが、人影は確認できた。まず見つけたのは立っている一人の姿。在人の体格ではないので、相手の男だろう。どこかに向けて歩いているようだった。
そして、男の向かう先に視線を向けると、もう一つ、今度は動かず、まるで倒れているように……。
「――っ!」
爆発の直撃を受けた在人は無惨な姿で倒れこんでいた。
肉が焼け、骨が砕け、苦痛によって意識は飲み込まれた。
近づいてくる男の存在など認識できない。いや、そもそも自分がどうなっているのか、考えることもない。
しかし、少年の周りには――闇があった。
『――痛い――壊れた――熱い――辛い――動かない――燃える――終わる――沈む――暗い――暗い――暗い』
落ちていく闇は深く、底が見えない。
きっと手を伸ばしても、果てに届くことはない。
『――守る――守れない――できない――違う――知っていた――間違えた――そうだ』
少年はすでに自分のことを見失っているのかもしれない。
だからここにある思いは、もはや彼のものではないのかもしれない。
『――守れない――なら――壊すしかない――』
この闇は、彼の心が生み出したものなのかもしれない。
だから、広がった闇は、本当の想いが歪んだだけなのかもしれない。
――それでも、
――たとえ、願いが、望みが、汚れてしまったのだとしても、
――少年は、止まらない想いに身を焦がす。
『――ああ、俺は、あいつを――』
『――殺したい――』
連投最終分です。
改めて、これからよろしくお願いします。




