序章 boot up : waiting... ①
朝。カーテンの隙間から差し込む光で、それを理解する。
「………………く……ぁ……」
次いで、目が覚めたのだと気付いて、ようやく頭が回り始めた。
(……ああ……、本、読んでたんだっけ)
おそらくは寝落ちしたのだろう。寝ていたという自覚すら薄いあたり、よほど強烈な眠気と戦いながら読んでいたのだろうか……。そのあたりの記憶がないなら、本を読んだと言えるかどうかも怪しいものであるが。
御劔在人は特別読書が好きなわけではないが、暇な時間は本を読むことが多い。友人にそのことを話すと、大抵何でか尋ねられるが、正直大した意味はない。まぁ読んで損はないし、と無難な返しをすることになるが、その場に付き合いの長い幼馴染みがいると、無趣味なだけでしょ、と確信を突かれて微妙な顔をすることになるのだ。
とはいえ、好きな作家自体はいるわけで、始業式前日に出たそれを買って読むにあたって、休みのうちに読みきろうという無駄な使命感に燃えた結果がこれである。休みの間に頑張りどころがおかしくなったとしか思えない。
「そうか……。今日始業式だっけ」
ベッドから身を起こしつつ、状況把握ができていることで起きたことを実感する。
(となると、制服か)
そう思って壁を見ると、約半月着なかった制服がクリーニングのビニールに包まれて掛けられていた。
「……本を読む前にやっておけば良かった……」
たかが包装を解くだけのことが、妙に面倒に感じられるのは寝起きマジックというべきか。時計を見ると、まだ時間はある。というより、目覚ましより若干早い。
在人は朝の澄んだ空気の中にため息を一つ混ぜて、制服に手を伸ばした。
御劔家は2階建ての一軒家であるが、現在は今日から高校2年の在人と今日から中学3年の妹の2人暮らしである。母親は在人が小さい頃に亡くなっているし、父親は基本、家にいない。何をやっているんだかは知らないが、一応仕事で色んな所に行っているらしい。
らしい、というのは、仕事の内容もどこに行っているのかもわからないからだ。帰宅する際にはよくお土産を買ってくるのだが、何かの儀式で使いそうな怪しい仮面とか、見たことない植物とか、場所の見当すらつかないものばかりなので、数回目からは考えるだけ無駄だと悟ったのだ。ちなみに最初の頃は直接尋ねたこともあるが、未開の部族に会っただの、人食い鮫との死闘だの、眉唾な話ばかりされた。(しかも、内容は微妙。)
そんなわけで専ら妹と2人で生活しているのだが、2人のうち大抵家事は在人が行っている。本来なら分担すべきなのだろうが、妹は部活をしているため、いつの間にか在人が中心になっていた。今日もまた、朝食の準備をすべく、制服に着替えた在人は、軽く欠伸をしつつ階段を下りてキッチンのあるリビングへ向かった。すると、すでに調理の音といい匂いがしている。この時間にこの家の台所に立つ人物は在人以外ではまず1人だけだった。在人はドアを開けながら、相手を確認する前に挨拶をした。
「おはよう、観咲」
「あら、おはよう在人。ちゃんと起きれたのね」
予想通り、キッチンで挨拶を返しながら手を動かしていたのは小さい頃から付き合いのある幼馴染み、叶芽観咲だった。シンプルな白ベースのセーラー服の上にエプロンを付けた姿で軽く微笑む。料理のためか、腰の上まである長い髪をアップにして軽くまとめている。
観咲は家が隣同士で、赤ん坊のころからよく一緒に遊んでいた。今はほとんど兄妹2人暮らしのこの家でよく家事を手伝ってくれる。本人曰く、家事の修行を兼ねてるし、在人たちの父親に頼まれたし、とのことだ。もともと家事スキルが高いため、よくお世話になっている。なお、花嫁修業、という言い方をすると、観咲の父親がキレるので注意が必要だ。
「そりゃ起きるでしょ。いつも通りだろ?」
「朝ごはん作る日ならね」
質問と答えが微妙にずれていること自体はスルーして、
「とりあえず洗面所。ちゃんと目を覚ましてきなさい」
と、在人の眠気はスルーしなかった。在人自身はビニールをむしり取っているうちにしっかり起きたつもりだったので、他人がはっきりと断言したことがちょっと釈然としない。
「……まぁ顔は洗いに行くつもりだったけど」
冷蔵庫の中身を確認してから、顔を洗いながらメニューをまとめるつもりだった在人は、そんな負け惜しみのように聞こえることを呟きつつ、先ほどの彼女の発言の中の違和感を指摘した。
「朝ごはん作る日なら、ってさ、そもそも今日作りに来てくれる日だったっけ?」
確か今日の担当は俺だったはずじゃ……、などと思っていると、
「だから目を覚ましてきなさいと言ったんじゃない。新刊読むから明日起きれないかも、って言うから来たのに」
「……あ〜……」
なるほど、朝食を作らない日のいつも通りは確かにもう少し遅い。長い付き合いのこの幼馴染みには、まだ少し寝ぼけていると判断するのに十分な材料だったのだろう。
在人は苦笑して、指示通り洗面所に向かうことにした。
「で、結局読み終わったの? どうだった?」
洗面所から戻ってきた在人にかけられたのはそんな言葉だった。
「たぶん、読み終わった。けど、あまり内容を覚えてない……」
目を逸らしてそう答える。さすがに冴えてきた在人はこの質問、ないしはこの先に来るだろう言葉を予想していたため、思い出そうとしていたが、序盤以外は浮かんでこない。
「昨夜はずっと電気点いてたみたいだけど?」
彼女の部屋は真向いだから、朝も電気が点いていたことは気づいただろう。というより、結論をわかったろうに、改めて聞かなくても……と在人は思ったが口にはしない。
「……察してくれよ……」
「わかってるわよ。でも、私も読むんだから早くしてよ?」
「はいはい」
予想通りのセリフだった。特に貸す約束はしないのだが、観咲は在人の本を共有物かのように持っていく。本を早めに読む理由の半分はこのためだったりするのだ。ちなみに逆の許可も得ているが、在人はあまり行使しない。
ただ、催促するようなことを言っても在人が読むのを待ってはくれる。そういうことを言わなくてもお互いわかっているので、在人はこの友人と気楽に話せるのだ。
「もう少し待ってて。まだかかるから。あ、でも暇するくらいなら手伝ってもらおうかな?」
ソファーに座ろうとした在人は、
「了解」
と、キッチンへ身をひるがえした。
「おふぁよ〜、おにぃちゃん」
「……おはよう環奈。とりあえず回れ右して洗面所へgoだ」
協力して朝食を作り始めてしばらくして起きてきた妹のひどい寝癖を見て、在人は挨拶と一緒に指示した。そんな人様にはお見せできない姿を何とかして来い、と。
「あ。観咲おねぇちゃんだ。おはよ〜」
「おはよう、環奈ちゃん」
兄の指示をスルーして挨拶をする環奈に笑顔で返す観咲。この2人も長い付き合いなので、まるで姉妹のように仲がいい。
在人の妹である環奈は、朝はそれほど強くない。一応運動部に所属しているため、朝練もあり、他の中学生基準でなら早い方だが、エンジンがかかるまで少し時間がかかる。
今日は言葉がハッキリしている分いつもよりましだろう。趣味で夜更かしした時はもう少しゆるい感じになる。
「今日はおねぇちゃんと一緒なの?珍しいね〜。
……にしてもあれだね。2人で作ってると夫婦って感じでいいね〜。やっぱり幼馴染みは強力なステータスだよね〜」
「あら、ありがと。環奈ちゃんが妹になるなら大歓迎よ」
「わたしも〜」
にこやかに笑顔を向け合う2人。観咲は一人っ子なので、子供のころから付き合いのある環奈に本当の妹のように接しているし、そんな彼女に環奈も懐いている。結果、本当の兄はしばしば蚊帳の外となる。
その後、きちんと洗面所に向かった環奈はきちんと寝癖を梳かして戻ってきた。が、眠そうな雰囲気は変わらなかった。ちなみに、今現在彼女はお気に入りの薄い黄色のパジャマ姿でいるが、いつものことなのでお客の前だろうと急いで着替えろとまでは言わない。代わりに、リビングのソファでうとうとしてる妹に、在人は声をかけた。
「環奈。今日は早く出ないのか? 入学式もあるし、勧誘の準備とかするんだろ?」
始業式の後には入学式があり、新1年生が入ってくる。そして、放課後からは熾烈な勧誘合戦が半ば名物と化している。
3人が暮らす上懸市は都心から少し離れた、いわゆる郊外に位置する町だ。住宅地として発展してきたこの町は、人口がそれなりに多いが、面積も広く、適度な人口密度になっている。最近では駅周辺で様々な施設がオープンしており、より住みやすい町として住民の評判は高い。
そんな上懸市唯一の公立高校が在人たちが通う上懸高校である。公立高校ではあるが、1学年あたり12クラスというマンモス校で、更に中等部まであるため、規模はかなり大きい(なお、中等部は1学年あたり5クラスで、環奈はこちらに通っている)。
また、理事長が存在していたりと、公立校としては異例な学校だが、これは以前私立の学校と公立の学校が合併してできた学校であるから、ということにされている。しかしどう考えても納得のいく説明ではないため、合併当初は裏の理由が都市伝説のように数多く飛び交ったという。
そんな規模の大きい学校だからこそ、部活の数もかなり多い。新入生獲得のための戦いは、さながら戦争のように激しくなる。在校生ですら、巻き添えを食わないよう注意するほどだ。環奈も去年は大忙しだったはずだが、と去年の惨状を思い出してげんなりしつつ聞いてみると、
「だ〜いじょ〜ぶ。そういうのは2年生ズのお仕事。3年生になったわたしはいっちばんえらいからそんなことしなくても平気なのデス! ドヤぁ!」
「そんなことでドヤ顔するな、中学3年。高3になってから出直して来い」
「ふっふっふ。そんなこと言っていいのかなぁ? 高3にもなれば、わたしは真の力に目覚めているだろうに。そう、〈勝利へと誘う一閃〉という名の力に!」
「……まぁ審判の旗は上がってくれるにこしたことはないけど。普通に強くなってくれるのはいいことだけど。3年になったのに厨二はまだ残ってるのか……」
環奈は剣道部に所属している。子供の頃から近くの道場で教わっており、実力もあるため、部内ではエースとして活躍しているのだが、それと同時に漫画やアニメが好きな、いわゆるオタクで、若干中二病の気がある。
それほどひどくはないのでさして心配はしていないのだが、たまに生活リズムが崩れるので、そのあたりも家事をあまり担当しない理由となっている。
また、そんな妹と暮らしてきた兄はいつの間にか厨二言語を多少理解するに至ったため、一時期自分のことも少し不安になったことがあったりする。とはいえ、兄妹間のコミュニケーションに問題が起きないところは喜ぶべきことだろう。
在人は何とも複雑な気持ちでため息をついて、朝食の仕上げにかかった。
「「「いただきます」」」
3人で手を合わせて食べ始める。今日は観咲がメインの作り手なので、彼女の得意な和風の献立になっている。
炊き立てのご飯と豆腐とわかめの味噌汁。そして焼き鮭とほうれん草のおひたしに納豆と、ザ・朝食といったラインナップだ。
「ん〜、おいし〜い! さすが、おねぇちゃん。相変わらずいい仕事してる!」
「環奈ちゃんも相変わらずおいしそうに食べてくれるのね。作り甲斐があっていいわ。シフト増やそうかしら?」
「バイトみたいな言い方だな……。というかそれはなしだ。おじさんに悲しそうな目で見られるからな……」
げんなりした様子で言う在人に、「あれは別な意味で大人の本気って感じだったね……」と兄と同じ表情で同意する妹。
観咲の父親はしっかりした大人の男という感じなのだが、娘を溺愛しているため、観咲が絡むとその表情が途端に崩れてしまう。娘の意思は尊重する、という比較的理解のある親ではあるため、怒り出すようなことはしないのだが、なんというか、とても悲しそうな顔をするのだ。泣き出しそう、というのとはまた違ったその表情は、悪いことをしたわけでもないのにこちらをいたたまれなくさせる。特に、在人たち兄妹は観咲の両親にはいろいろと恩があるため、あれを出されたら大抵のことは折れてしまいそうになる。
ただし、当の娘は、「気にするほどのことはないじゃない」と、観咲の母親曰く、あれこれ話そうとする父親をあしらっているとか。実際、今の当番を決めるときにも扱いが適当すぎて御劔兄妹は見ていて辛かった。
「お父さんのことは別に気にしなくていいのに……」
「「さすがに無理」」
「……そう?」
真顔で口を揃えた兄妹の台詞に不思議そうに首をかしげる観咲の姿に、在人は心の中で彼女の父親に黙祷した。
ふと、そこでテレビから駅前での爆発事故についてのニュースが聞こえてきた。
「……なんか最近ちょっと増えたよな、事故とか」
「そうね……。さすがにお母さんもちょっと心配してたわ」
上懸市は開発が進められているとはいえ、ペースはそう変わらない。にもかかわらず、最近ちょっとした事故が増えている。ただ、基本的に住宅の少ない駅前の開発中の地区で起こるため、住民の不安感はそう高くはなかったのだが、こう何度も起こるとさすがに気になってくる。
今回の件では、工事の機材やらが現場に散乱しており、撤去次第捜査を進めるが、今のところは機材トラブルによるものとの見方であるそうだ。
「そういえばさ、最近周りで噂になってるみたいだよ? なんでも、屋根の上を飛び回る人を見たとか、勝手に物が動いていたとか。きっと何か事故に関係あるって」
「学校の話と同レベルな都市伝説じゃないのか?」
「あれと違って、ホントに見たって言ってる人がそこそこいるみたい。どっちにしろ噂レベルだけど」
「ふ〜ん。まぁこういうわけわからん話には噂が付き物だしな」
みんなが理由をつけたがる……というよりも面白がって話題を作ってるようなものか、と在人は結論付けた。画面に視線を戻すと、右上に表示されている時間が意外と立っていることに気付いた。
「おっと、急ごうか。余裕があるとはいえ、ゆっくりしすぎもよくないしな」
「そうね」
3人は残り少ない朝食を片付けると、それぞれ学校に向かう準備を始めた。
初めまして、三澄圭です。初投稿になります。
一応趣味みたいなもので始めてみましたが、初めて書くのでご指摘等ありましたらよろしくお願いします。
文章力とか、かなり不安なもので……。
序章分はとりあえず連投しますが、それ以降は不定期更新します。
週に1~2回は投稿できるようにするつもりですが……。
あと、構成ですが、サブタイトルの、
●●編〇〇 △△章□□
●●編〇〇で一つのまとまったエピソードだと思ってもらえれば。
ある程度話をまとめる目安として、〇〇までで200~300ページのライトノベルくらいの文量で収まるように考えています。
●●編という名前が複数にまたがることもあります。
一応バトルなどをしていくことにはなるんですが、肝心の盛り上がるバトルが1章からなので、そこはご容赦ください。
初心者なのでしばらく手探りが続くことになると思っていますが、気長によろしくお願いします。