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食堂にて

 エメラルド市は崩壊後の世界における人類最初の街であり、また人類最大の生活圏でもある。

 魔術の光で不夜城を築いている中心部――行政機関やら研究機関やらが立ち並んでいる――を、居住区が取り囲み、拡大を続けている。

 ドロシーが部屋を借りている共同住宅は、比較的中心部に近い場所に位置していた。

 立派な家を建てるにはそれなりの資産が必要な地区だが、独り身で住むなら、きちんと下調べさえすれば、そこそこのお値段でそこそこの暮らしを営むことは出来る。

 職業魔術師の認定を得て、自動人形をある程度安定して狩ることが出来るようになってからは、かなり生活に余裕がでてきた。周縁部、郊外に家を構える両親への仕送りすら可能になった程だ。


「おはよう、ジュリア」


 階下の食堂に足を運ぶ。カウンターの向こうの見慣れた顔の女性に、ドロシーは声をかけた。

「あら、おはようドロシー。今日は早いのね、珍しい」

「ね。自分でもびっくり。モーニングセット、まだ残ってる?」

「大丈夫よ。それじゃ、コーヒーでいいかしら」

「ええ、お願い」

「わかったわ。ドロシーにモーニングセットひとつ、コーヒーで……」

 ジュリアは奥の厨房へと消えていった。その背中を、ドロシーはぼんやりと見送る。


 見回さずともその閑散とした気配は肌で感じられたが、改めて確認してみても、人の数は少なかった。

 中央の席でひそひそと話に興じているおばさまグループが一つ、カウンターよりの隅の席で灰皿から紫煙を上らせながら、腕を組んで居眠りしているおっさんが一人、そして窓際で新聞を広げて、コーヒーを嗜んでいるスーツ姿の男が一人。


「おはよう。さすがのあんたも今日は遅起きだったみたいね」

「君よりは早いさ」

 程なくして出てきた朝食を受取り、ドロシーはその窓際の男、オスカーを一直線に目指した。相変わらず気取った表情を浮かべてはいるが、その目元には僅かながらに影がさしている。

「クマが出来そうよ」

「俺は繊細だからねえ。一晩寝ればピンピンなノーテンお嬢とは、ちょっと作りが違うんだよ」

「初耳ー。手品興行師としてビッグになってやるとか何とか言って、親をだまくらかして出てきた人間を繊細と形容する文化なんてあったしら」

「手品で収めるよりはちゃんと魔法を使えるようになった方がいいと思ったから、職業魔術師をやってるんだよ。俺をまるで早々に夢を諦めた人間のように言わないでくれ」

「てことは、興行師の夢は諦めてないの」

「当然だろ」

「なら、悪かったわね。ごめんなさい。……ねえ、ここ、いいかしら」

「今更断れないよ。どうぞ」

 正面の席に腰掛け、ドロシーは朝食に手を付けた。


 オスカー。


 目の前の男は、ドロシーにとっての幼馴染だ。彼女より二歳年上で、今年二十歳になる。

 親同士仲がよく、互いにきょうだいの居ない一人っ子同士だったこともあり、自然と昔から距離は近かった。

 結局二人揃って中心部へと上京し、結局二人揃って職業魔法使いの認定を受け、同じ共同住宅に下宿し、仕事で組む頻度も高い。

 ――が、だからといって、将来を前提に云々という感情があるという話でもなかった。

 ジュリアを始め、同業の職業魔法使いたちにも何度かその仲を揶揄されたこともあったが、その度に二人して、単なる腐れ縁だと返すことにしていた。

 ……本当の将来がどうなるかは分からない。だが、今の時点では、確かに幼馴染の腐れ縁でしかない。

(甘えてるのは、否定出来ないけどね……)

 新聞に真剣な様子で目を落とす青年の横顔を見やって、ドロシーは溜息を吐いた。何だかんだ言ってしまっているが、この幼馴染がいなかったら、ドロシーの上京生活は非常に心ともなく息苦しいものになっていただろう。なんでも、とはいかずとも、思ったことを言い合える相手がいてくれるというのは、大きい。

 感謝はしているのだ。向こうがこちらをどう思っているのかはわからないけれど。

「……ふうん」

「ん、何かあった?」

「いや。なんかね、虹の跡形の奥地で……」

 オスカーの口から出たのは、エメラルド市の郊外の西に広がる、行き慣れた廃墟群の名前だった。昨日バケモノ犬を倒した、灰色の空と白い瓦礫に覆われた戦場跡である。

「奥地? あそこって、大分調査進んでるんじゃないの」

「その調査隊からの報告だってさ。なんか妙にどでかい自動人形が出てきたとかで、ちょっと警戒してるらしい」

「どでかい?」

「人間タイプでも動物タイプでもない、機械タイプっていうか……ほら、鉄の巨人みたいな、ああいう」

「ああ……なるほどね」

「目立った傷もなくて、今にも動き出しそうなもんで、相当にでかいらしい……。で、安全のためにも、動き出さないなら動き出さないで、その場から遠ざけようって話になってるみたいだ」

「厄介ねー。でもそれなら、もしかして、募集かかるんじゃない? 同業組合の精鋭さんだって、そう数は多くないはずよ」

 ばさり。

 新聞を畳む音がした。にやり、オスカーが笑ったのが分かる。

「だろ? で、こういう危険度の高そうな仕事は、実入りも多い。どうかな、ドロシー」

「誘ってくれるわけ?」

「無断で行ったら、君、怒るじゃないか。あたしを出し抜く気かって」

「あはは、それは……そうかもしれないわね」

 パンの欠片を呑み込んでから、ドロシーは小さく吹き出した。とりあえず詳しい話を聞いてみようと思う。真正面から殴り飛ばすことに関しては、少しばかり自信があった。


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